猫手。

《ごめんなさいローシュ》


 3カ月は子作りを免除してやる、その言葉1つでパルマ公の奥方は私を売った。

 馬鹿な人、可愛らしいから助けたかったのに。


「確かにパルマ公が言う通り、愚かな人ね」


 ココで殺しをするとは思わなかったわ。

 2人は麻痺させたけど、他は殺すしか無かった。


 ぁあ、コレで今日は赤色のドレスをって、アポロン様が言ってたのね。


《ご、ごめんなさいローシュ》

「私が何をされるか知っていたのかしら?」


《いいえ、けど、分かっていたわ。でも、ごめんなさい、どうしても嫌で》

「そうね、愛の無い性行為は苦痛だもの、けど私は貴女を害して無い。なのに害す事に協力した、でも助けてあげる、私に合う侍女服とこのドレスが入る大きさのトランクを2つ用意させて。あ、余計な事を言わないで、良いわね?」


《わ、分かったわローシュ、直ぐに用意させるわ》


 そして私は侍女の服に着替え、彼女と共にパルマ公の元へ。




『あぁ、君か、忙しいんだ後に』

「そう奥様を邪険にするモノではありませんわ、パルマ公」


 顔に傷1つ無いローシュが、侍女の服を纏い、トランクを2つ持ち。

 3歩前に出るとトランクを置き、その1つを開けた。


『ローシュ、何か誤解が』

「あぁそうですか、であれば先ずは私の誤解を先に2つ解かせて下さい、先ずは1つ。名の由来が赤色なだけで、私は赤は好きじゃありませんの、コチラはお返ししますわ」


『あぁ、すまなかっ』

「そしてもう1つ、コチラもお返ししますわ。私、自分で選んだ者しか受け付けませんの、では失礼致しますね」


 ローシュに差し向けた者の鼻らしき何かが、6個。

 あぁ、差し向けた者も6人だったか。




《念の為、綺麗に洗い流しましょうね》

「そんなヘマはしないわよ、幾らアーリスの体液があるとしても、バッチいのは嫌だもの」

『意外と騒ぎにならないんだね?』


 寧ろ、やっと恐れられた、と言う事でしょうね。

 正史を知っているのであれば、ブラドが恐ろしい者だと知っている筈。


 なら、ローシュの今日の行為を咎められない、串刺し公ブラドの手先に手を出したのだから。


《騒げば殺されると思い、潜んで噂話でもしているのでしょう》

『公女に届いてると良いね、その噂』

「あっ、大丈夫かしら、怖がられるとか凄い悲しいのだけれど」


『力こぶで喜んだんでしょ?なら大丈夫じゃない?』

「だと良いんだけど」

《ファウストも凄いと興奮していたんですし、大丈夫かと》


「それもそれでどうなのよ」

《悪者を少し倒したと言ってあるだけですよ》

『たった4人だけね』


《生き証人が居てこそ、ですけど、なら奥方だけで充分では?》

「逃げる為だもの、それ以上は殺し過ぎだわ」

『優しいなぁ』


「面倒だっただけよ、それに鼻はこそいだし。あぁ、ネオスは」

《大丈夫です、ちゃんと彼も理解してますから、大人しく洗われて下さい》

『後で爪も研ごうね、綺麗に伸ばすのがマナーだって言うんだし』


「本当に面倒、馬鹿らしいマナー」

《それもですがローシュ、情報を与えますか、もう適当に雑草を抜きましょうか》


「一応、情報を与えてみましょう」




―パルマ公が滑った。

 パルマ公が落っこちた。

 王様のお馬と家来が全部かかっても。

 30人の医者と30人の職人を加えても。

 パルマ公をもう元には戻せない!


―パルマ公は何で出来てる?

 男娼と男娼と男娼と。

 オモチャとオモチャ。

 それがパルマ公の材料。


 ローシュ嬢は何で出来てる?

 血と骨と内臓と。

 そして素敵なもの全て。

 それがローシュ嬢の材料。


―ローシュ嬢は斧を取り。

 侍従を19回切り付けた。

 そして彼女は自分がした事に気付き。

 今度はパルマ公が20回目を受けた。


『ローシュ、いや赤黒いロッソネリ

「あら気に入りませんでしたか、失礼致しました。では何がお知りになりたいかを、どうか尋ねて下さいまし、魔法の言葉が無くてはドアは開きませんから」


『なら千の知恵でも授けてくれるのかな』

「千の知恵と成すかどうかは、持ち主次第。あぁ、ウチで試作した潤滑液でもお試しになってみます?油では無いので評判が良いんですのよ」


『あぁ、なら試させて貰おうか、今夜』

「ええ、是非」


『なら準備をさせてくる、失礼させて貰うよ』

「はい、行ってらっしゃいまし」


 あの事件以来、ローシュは赤黒いロッソネリ女主人パドローナ、と陰でそしりを受けている。

 私はローシュに言われた通り廊下で待っていて、悲劇が起きてしまった。


 慣れているから気にするな、と。

 私には人を打った事すらも経験が無い、だとしても。


『ローシュ』

「大丈夫よ、流石に私の相手は無理でしょう。男は穏やかじゃないと本来は機能が低下し、ぁあ、そこも知らないから苦しんでいるのかもしれないわね。偽の常識に囚われた可哀想な人」


『かも知れませんけど』

「奥の手は有るから大丈夫、心配しないでネオス、大丈夫」


『守る事も出来ず、すみません』

「その気概だけで結構よ。ココは正史通りの戦場、アナタは軍師、表立って戦う事が全てでは無いのだから。大丈夫、凄く役に立ってくれてるから心配しないで、とても役に立ってるから大丈夫よネオス」


 本当なら、私が守り慰める側になりたかった、なのに守られ慰められているのは私。


 私よりも恐ろしい目に遭ったのに、ローシュは怯える事も無く、堂々と部屋から出て来た。

 血塗れの赤黒いロッソネリドレスと、手にかけた者の鼻を詰めたカバンを手に、意気揚々とパルマ公の前に立った。


『ローシュ、貴女は素晴らしい人です』

「でしょ、良く言われるの」


 少し恥ずかしそうに笑う人。

 そんな貴女でも、私の願いを聞いたら、どんな顔をするんだろうか。




『確かに味も匂いも無い、良い品だねローシュ』

「ありがとうございます」


『原料は』

「奥様や他の方に聞かれるのは、ちょっと」


『あぁ、じゃあソレは後で。どうだい俺の愛しい人』


《はぃ、確かに、味も匂いも致しませんし。痛みや痒み等も御座いません》

「けれども丁寧に洗い落として下さいね、皮膚を傷付けても病気には成り得ますから」


『その病名は?』

「蜂窩織炎からの敗血症」


『敗血症は分かるけれど、蜂窩織炎?耳慣れないね』

「酷いと皮膚が腫れ上がりますが、小さく見えない傷も、体の弱い方には致命傷になりますから。特にガーデニングは最悪ですわ、土は細菌の宝庫ですから」


『聞けば良かったんだねローシュ、すまない』

「いえ、誤解が解けたなら嬉しいですわ」


『ならアレは?俺はプラグと読んでるんだけど』

「金属やガラスの加工がコレだけ上等なのですから、尿道用もお作りになっては?カテーテル治療にも使えるでしょうし、ココでの外科治療も更に進化するかと」


『流石だよローシュ、早速作らせるよ』

「あぁ、そう言えば、良いモノを思い出しましたわ」


『今度はどんな事かなローシュ』

「植物の茎を加工した品なんですの、見た目には良く編み込まれた工芸品。ですが食糧難となれば腹を満たせ、そうでなければそのまま。あぁ、そのままと言っても湯水で戻すのですけど、特別に滑らかになるんだそうで」


『あぁ、良いね、凄く良いよ』

「ただ、滑りの有る芋の茎でなければいけませんし、加工には手間が掛かるので。人手も水源もとなると、流石にウチでは作ってませんの」


『あぁ、ならウチで作らせるよ、君の居た国にまで届くかどうかは分からないけれどね』

「私は寧ろ食事が、アレ知りません?ソイソース、ビーンズペースト、かしら?」


『本当に、東洋人は大好きだね。けどウチには無いよ、試してみたけれど、どうにも全く同じ物は出来無いらしい』

「ぁあ、やっぱり、菌が違うらしいんですの。行ってみるしか無いのかしら」


『なら菌を輸入させよう』

「それはどうでしょう、気候や風土が違いますし、慣れねば違う菌を増やしてしまいますから。運ばれて来る完成品の方が安全ですし、高いですけど仕方無いですわね」


『そうか、だから赤黒いロッソネリと呼ばれても怒らないんだね』

「ぁあ、嫌ですわ、ただ寛容なだけですわよ」


『君へのプレゼントにはソイソースか、手配させるよ』

「気長に待たせて頂きますわ」


『本当に海運は、あぁ、もう下がって良いよ、愛しい人』


《はい、失礼致します》


 夫やローシュが何を話していたのか、殆ど分からなかった。

 そして裏切った私を、ローシュは一瞥する程度で、気にしてもくれなかった。


 私が裏切らなければ、こうはならなかった、と。


 本当なのだろうか、あの人があんなにも楽しそうに話す所を私は見た事が無い。

 それこそ初めて、女性と楽しそうに話している所を見た。


 コレは、寧ろ私が騙されたのだろうか。

 最初から、私が裏切られていたんじゃないだろうか。




『はぁ、凄い、本当にバカなんだね』

「お帰りアーリス、どうかしたの?」


『ルツに言われてアレの奥さんの部屋の前を通り過ぎたんだけど、何か、凄く恨んでるし怒ってる』


「ぁあ、私に騙されたとでも思い込み始めたって事ね」

『多分、誰かには分かんないけど、あの変なグチャグチャした感じがあの女と似てたから』


「あぁ、バカね、悪いのはパルマ公と自分なのに」

『本当のバカって珍しいと思ってたんだけど、意外と居るんだね』


「ウチは王が優秀だったからこそ、後でお礼を言っておきましょうね」

『ねぇ、殺してさっさと帰ろう?』


「そうなるとコチラ側の船で急いで出る事になるの、遠回りになってしまうわよ?」

『んー、飛べたらなぁ』


「そうね、凄く便利で勿体無い。飛びたい?」

『エッチが1番、飛ぶのは3番、ご飯が2番』


「眠るのは?」

『んー、ご飯と同じ』


「どちらも大事だものね」

『今はローシュが大事、ねぇ、しよう』


「どうして、他の者の欲情につられる性能を持ってるのかしらね?」

『巣が安全だと思えるからじゃない?』


「成程」

『お風呂は入ったでしょ、早く食べさせて』


「そうね、アレを見た後なのだし、盛っておくべきでしょうしね」


 前はウロウロすると何か言われてたんだけど、ローシュがたった数人殺した程度で、誰も何も言わなくなった。

 ウチの民じゃないのに、殺しまくったらダメだって、やっぱりローシュは優しいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る