第3公女、スペランツァの憂鬱。

 私の上には第1王太子、第2王太子が。

 そして私が第3公女、下の弟は第4王太子となっている。


 そして国婿こくせいであった父は王に、母である女王は王妃に格下げられ。

 母の姉妹達も側室に格下げ、幼い従姉妹の継承権を取り上げられてしまった。


 全てはパルマ公の仕業、整地の技術や有能さから一気に勢力を拡大させ、不出来な第1と第2王太子を推し始めた。


 男色だけならいざ知らず、ウチの国では禁じた一神教の考えを教え、男尊女卑を植え付けた。

 このまま父が死ねば、この国は滅ぶ。


 本来なら私が継承権1位、次いで側室子女が同率2位、男子の末子が3位なのだけれど。

 パルマ公に逆転させられ、調子に乗った長男と次男が、今は王族派閥争いごっこを繰り広げている。


 では、私の母は何をしているのか。

 弟を産んで暫く産後の肥立ちが悪く、今は良くなったが弟に付きっきりで、そこもパルマ公に付け入られてしまった。


 私も、最初は素晴らし知識を持った為政者の仲間の1人、だと思っていたのだけれど。


『どうも、ご機嫌麗しく、スペランツァ様』

《どうもパルマ公、何か》


『またお勉強ですか、少しは運動もしなくては、お母様の様に産むだけですらも満足にこなせないかも知れませんよ』

《ご忠告痛み入りますパルマ公、他に用が無いなら下がって頂けますかしら》


『月の物が遅れてらっしゃると』

《あぁ、どなたとも関係してませんからご心配無く》


『もうご結婚されても良い時期ですよ』

《生憎と母に似て繊細なんですの、もう暫く丈夫に育ちましたら結婚させて頂きますわ》


 私が理想とする方は既に隣のローマに行ってしまっている、父であり王を支える為。

 そして私は婚約破棄をされ、パルマ公に有利な者との婚約をさせられてしまった。


『でしたら陽の光を適度に浴びて下さい』

《分かりました》


 前なら私も自由に中庭へ出れた、けれども今は淫らな場所になってしまい、侍女を大勢伴って行動しなければならない。

 宦官してまで仕えてくれていた者達は、軒並み側室の子女を守る為だ、とローマへと連れて行かれた。


 ココには馬鹿な兄が2人、自由に動けぬ母と弟が1人。

 完全に傀儡化したワケでは無いけれど、代替わりしてしまったら。


「あら可愛らしい方、さては公女様ですね」


 見事なお辞儀カーテシーだけれど、どう見ても異国の方。

 昨今流行りの高級娼婦かしら。


《だとしたら?》

「大変失礼しました、ルーマニアより外遊をさせて頂いているローシュと申します。何分新造の家紋ですが、王命を賜っております、どうぞお見知りおきを」


 腕輪の印章だなんて。


 しかも聞いて無いわよ。

 と言うかルーマニアって。


『お嬢様、黒海に面する、オスマン帝国と国交の有る国です』

《ぁあ、遠路はるばるお越し頂きまして、なのに碌なご挨拶も出来ずに失礼を》

「いえ、先触れも無しにココへ来てしまいましたし、色々とお忙しいでしょうし。私、ギリシャから参りましたの、その前はオスマン。中でもココは発展が凄まじいですわね」


 そう、表立ってこの国は成功している方。

 近代化と呼ばれるモノを率先して行い、道路に上下水道の整備を主要都市では殆ど終えている。


 が、それは搾り取られた血税、民の血で出来ている。


 そう絞り上げる事を許してしまっているのは、国を預かる筈の王族。

 なのに今は。


《であれば既にご存知でらっしゃるでしょう、パルマ公の手腕ですわ》

「ですね、非常に強引な手口で下品ですわ」

『アナタ』


《良いのよソフィア、尤もだもの》

「あら良いお名前ですわね、知恵、ですか」


《ぁあ、名乗りがまだでしたわね、私は第3公女スペランツァ》

「希望。因みに私の名は赤い色が由来なんです」


《ならロッサね、ローシュは少し呼び難いわ》

「私としては群青色オルトレマーレが好きなんですけどね」


《長いわ、ロッサ》

「では、ロッサで」


《ふふふ、上手ね言葉が、最初は高級娼婦かと思ったの。ごめんなさいね》

「いえ、どう言うワケかパルマ公にはそう勘違いされているらしく、妾にと奔走なさっておいでで。凄く困ってるんですの」


 ニコニコして、まるで困ってる様には見えないけれど。

 そう、こんなに早く手の内を出して下さるのね。


《あら、あの方とココで逢引きでも?》

「いえ、出来ればアナタにお会いしたかったんです。マトモなのは貴女位しか、いらっしゃらないと評判ですから」


 何を企んでるのかしら、この方。


《そうでも無いわ、女の分際で勉学ばかり、甘い菓子を好まぬ可愛げの無い子女ですわ》

「甘いお菓子ばかりでは健康に良く有りません、どうです見て下さい、この筋肉」


《まぁ素敵な力こぶ》

『スペランツァ様』

「まぁまぁ、私が信用ならないのは百も承知。ですがこの花冠を見ても、でしょうか」


 青々と茂る蔦の葉、コレは、葡萄かしら。

 それと。


《椿と、葡萄?》

「はい、ギリシャではアポロン様の神殿により、巫女と認定されました」


《そっ、ではバッカス様の》

「はい、今から私と貴女にだけ、お姿を見せて下さるかと」


 彼女ロッサが私の横に並び、手を下へと下ろすと。

 その手に手が、神の手が。


『強引だね、怒っているのかな?』

「とんでもない、それにしてもココでは幼いのですね、バッカス様」

《絵姿と、全く、同じでらっしゃる》


『まぁ、そう言う事だね。あ、礼は良いよ、本当に周りには見えてはいないのだから』


 そう言われ、ソフィアの顔を見ると。

 確かに、凄まじく怪訝な顔で中空を見ているだけ。


 そして他の者も、相変わらず私が騙されているのではと心配しつつも、目をキョロキョロと。


「では、このまま暫くお散歩しながらで」

《ちょっと、それだと、遭遇してしまったら気まずいわ》


「あら、では勉強の為に真正面から見させて貰いましょう。こなれましたら演技か本気か、賭けませんか?」

《そん、何を賭けるって言うの?》


「飴ですよ。さ、参りましょう、バッカス様も」

『僕にもくれるならね』


「あら、ならそうしましょう、では参りましょう」


《あの、貴女は》

「巫女とでも思って下されば結構ですわ」

『だね、お願いしてココへ来て貰った部分も有る』


《も、とは》

『新婚旅行にと、けれどもご覧の通り真面目でね。特に末の子の心配をしているんだよ』

「身動きが取れないのは、そこも大きいかと」


《まぁ、そうね、母も体調を崩したままだから》

「そうして王と分離させられた、で宜しいかしら」


《それと愛しい人共、破棄させられて婚約させられて、素早過ぎて止められなかったわ》

「まぁ、向こうも脅されての事でしょう」


 だとしても。


《私達を、罰しにいらしたのよね》

「寧ろ滅ぼすかどうか、と考えていたんですが、どうやら表面を何とかすれば大丈夫そうですわね」


《どうかしらね、私はココで囲われてしまって、外の情報は殆ど手に入らないの》

「パルマ公によって、ですわね」


《最初はアレさえ死ねば、と。けれども享楽に溺れる事を知ってしまった者を救い出すのは容易い事では、そう、何処まで剪定するかの見極めをしてらっしゃるのね》

「はい、ですが王族の情報が手に入らず、無理に来たので。あ、慇懃無礼な娼婦に出会ってしまったと罵って下さい、そして使いの者にはコレを」

『あぁ、探したよローシュ』


《パルマ公、何ですのこの方は》

『いや、彼女は』

「あらご紹介がまだでしたね、彼の側室予定ですの」


 あぁ、パルマ公の悪癖も把握済みですのね。


《散歩に出ろと言われてコレでは、失礼させて頂きますわ》

「あらあら、ご機嫌を損ねてしまいましたわね、ごめんなさいねパルマ公」

『あ、いや、君は兎に角だ、部屋に戻っていてくれ』


「はい、では、失礼致します」


《全く、何なんですの、あの慇懃無礼な娼婦は》

『一応、何処かの国の貴族だそうで、失礼がありましたならお詫び申し上げます』


《あらそうなの、だからお下品なのね、致してる場面に出くわしたら演技か本気か賭けをしましょうだなんて。本当、何処の国の方なの》

『近隣諸国では無いですし、そう名も聞かぬ国ですよ』


 あぁ、本当にこの人も良く知らない国なのかも知れないのね。


《そう、後で一応報告を頂戴、付き合わないにしても最低限の知識は必要だわ。女の社交としてね》


『分かりました。では、失礼致します』


 何処まで情報を出すかしら。

 いえ、そもそも無いのかどうか、からよね。


《ソフィア》

『はい、直ぐにお調べ致します』




 お姫様の中のお姫様、だって。


「あんなの殺せないわぁ、無理よ無理無理、絶対的に保護しなきゃダメよ。はぁ、良かった、本当にマシっぽくて」

『だと良いね』


「そう他人に興味が無さ過ぎると言うか、まぁ、アーリスが居れば簡単に見抜けるものね」

『僕らが囮だったからね』

《まさか呼んだ筈のアナタが居ないとは、ですけど直ぐに動かれてしまいましたね》

『警戒していたんでしょうね、色んな意味で』


「にしても早かったわねぇ、相当会わせたく無いって事よねぇ」

《でしょうね、来たみたいですし》


『“染色や縫製に興味が有ると言ってたのは嘘なのかなローシュ”』

「“有りましたよ、けど可愛らしい蝶の群れが見えたので気になってしまって。可愛らしい方でしたわね、お姫様かしら?”」


『“何を言ったのかは知らないけど、相当ご立腹だったよ、何を言ったのかな”』

「“大した事は言ってませんよ、警戒されてましたし。名乗って、それと何処の国なのか、と。まぁ、それと庭園遊びを提案させて頂きましたわ”」


 ローシュは嘘を言わないのが得意。

 他の国にも嘘を見抜く者が居るかも知れない、そうした道具が有るかも知れないから、言わないってだけで嘘をつかない様にしてる。


 今の所は出会っても無いけど、だからってココにも居ないのか無いのか分からない、なら言わないでいるのが安全策。


『“そこだろうね、怒ってらしたのは”』

「“あらウブでらしたのかしら、演技か本気か当てっこしましょう、って言っただけよ”」


『“また、1人で中庭を出歩いた事もだけど”』

「“私、閉じ込められてるワケでは無いのよね?守って下さるのは有り難いんですけど、暇ってとても苦手なんですの、ごめんなさいね?”」


『“分かってくれれば良いんだけど、勘違いしていないよね、君は珍しいから構われてるだけなんだからね”』

「“弁えているつもりですが、更に気を引き締めさせて頂きます”」


『“じゃあ、気を付けて行動しておくれね”』

「“はい、では”」


 全体の言葉は分からないけど、ファウストも協力してくれてるから単語は分かる。


『ファウスト、ローシュを侮辱してたよね?』

《うん、はい》

「良いのよ、気にしないで、女を侮辱しないと死んじゃうのよ彼」


『けど嫌だなぁ、ねぇ?ファウスト』

《侮辱はいけません》

「そうね、アナタは良い子だから真似しちゃダメよファウスト」


《はい》


『“失礼致します”』

「あ、私が出るわ」


『“あ、失礼しました、では”』

「“いえいえ、お構い無く”」


《間違い、では無さそうですね》

「何のメモかしら、“塔の騎士”」

《“騎士と淑女の教本ですね”》


「“あら良く知ってるわね、なら、ネーレの塔の事件は?”」

《“それも本です、フランク王国からの教本だから良く読む様にと。昔は、読めたんです”》


「“それは、何処で?”」

《“学園です、けどココでは体を鍛えろって”》


「“学園には何冊も有るのかしら”」

《“はい”》


「どうにか学園に入るか、“家に有る?”」

《“はい”》


「“ならコッソリ行って取って来て貰いましょうか”」


《“難しいと思います、両親は僕が道具になる事を喜んでたそうですから”》

「“侍従達も?”」


《“ベルナルドは反対してくれました、執事長です”》

「執事長のベルナルドに本を借りましょう」


《はい》


 ファウストには甘い。

 連れて帰るのかな?




「はい、頑張って読んで、ファウスト」

《はい》


 ローシュがファウストに読ませたのは、私の家にも伝わっている内容だった。


『少し良いですかローシュ』

「はいはい」


『出来れば、彼を下げて貰えませんか』

「“ファウスト、休憩してらっしゃい”」

《はい》


『この2つは全く同じでは無いのですが、王族としての教訓本、戒めとして伝わっています。ですがコレは、多分、女系制を貶める為に使われているかと』


「成程、続けて」

『特にネーレの塔の事件です。男を王族の長に据え、最悪の道筋を辿ったモノ、創話や寓話として私の家には伝わっています』


 3人の公女と2人の騎士爵を持つ姉弟が浮気、姦通の罪を犯したとして捕らえられ。

 女達は髪を短く切られ、ボロ布を着せられ、塔へと閉じ込められた。


 そして兄弟は去勢され、首吊り、内臓を抉られ、四つ裂きの刑に。

 それでも死なず、生きたまま皮剥ぎの刑に、そして車裂きの刑の後、更には絞首刑に。


 その間に告発者は反逆者になり、国民から姉妹を守らなかったと嫌われ、革命が失敗した後は愛人の死も有り発狂死した。


 そして不貞の罪を負わされた片方は病死、けれども離婚が叶わないとし、王の為に暗殺されたとも言われている。

 そうして最後の1人は、王位の為に離婚を迫られ離婚、長い幽閉生活の中で死去。


 そしてその後、其々に王位を得た王族だったが、そのどれもが滅亡した。


「もしかして、コレも悪用しようとしてる?」

『はい、この本を最後まで見てからですが。改変しても、このままでも、使えるかと』


「けど、塔の騎士の方は?」

『コチラはかなり違います、要するに一神教を使い男尊女卑こそが正しいとしている、本来は全く違います』


 騎士道とは、淑女とは何か。


 騎士道とは王と民への忠誠・悪との戦い・貴婦人への愛。

 淑女とは民への献身・名誉と礼節・弱者の保護。


「それらの解説本なのね」

『はい』


「覚えている限りで良いから書き記してみて、出来るだけ早く」

『はい』


「あ、それからご褒美も、ちゃんとしたのを考えておいてね」


 ご褒美。




ネーレの塔の事件コレは手を加えて無いけど、塔の騎士コレがソッチに伝わってる内容?』

「はい」


『君は、どう思うローシュ』

塔の騎士コレは綺麗に整えられたモノかと、そしてココに伝わる塔の騎士が本来の情報かと」


『けど、君は一神教は好きじゃないみたいだね』

「いえ、滅相も無い。その地で生き抜く者を導く為の教え、ただ、私には合わないだけで否定はしませんわ」


『淫らな君には合わない、そうだね』

「何をもってして淫らと言うか、から議論しましょうか」


『いや、今日はもう疲れたから今度にさせて貰うよ』

「そうですか、では、失礼致します」


 女を調子に乗らせ過ぎれば、男が痛い目に遭う、だから先んじて痛い目に遭わせるしか無い。

 ローシュは強い女だろうし、多少は強くしても大丈夫だろう。


 俺に有益をくれないのが悪いんだよローシュ、塔の騎士こんな情報をくれてもね、俺は知ってる情報だし。

 出し惜しみし過ぎなんだよローシュは、俺に認められたいなら情報を出すべきなのに。


『セバス、ローシュが俺に認められたいかどうか分からないから、程々に確認させておいて』

「畏まりました」


 コレで良い情報をくれないなら、薬を使うしか無いんだけど。

 まぁ、ルーマニアには適当に言っても問題無いだろう、正史と違ってブラドの名はそこまで轟いても無いんだし。




《コチラが正史と言われれば、まぁ、確かにそうだとは思いますが》

「ね、認めたくは無いモノだな、若さ故の過ちと言うモノは」

『何処の名将の言葉なの?』


「空、空の赤い星の名将の言葉よ。はぁ」

《その溜息はどの事についてですかね》


「話し合い難い方」

《ネオスの事ですか》


「またハグって、後は国に帰ってからって言うけど、ちゃんと報酬の概念は理解してるのよね?」

《はい、それに帰国後の事に関しても私が査定しますので、ご心配無く》


「にしても、まぁ、今はココよね。ちょっと今日は無理だわ」

《果ては王族を滅亡させようとしているかも知れない、ですがそれこそ思ってもいないかと》


「そう?」

《クッカーニャ祭りの主宰はパルマ公と言う事は周知の事実、王家の主宰としなかった点ですね》


「ぁあ、王族としては彼さえ死ねば良いモノね」

《だけで済めば良いんですが、民に内情は分かりませんからね》


「引き抜くべき根の選別って、後の方が良いのかしら」

《公式に断罪するなら前もって選別すべきでしょうね、巻き添えにと国益を考えぬ輩も出るでしょうから》


「クーちゃんが居ればね、もっと直ぐに動けたかも知れないのに」

《それでも彼が知らない情報なら同じ事、寧ろ守る相手が少ない方が安心ですし》

『トントンしてあげようか』


「それと何か話して、良い話し、楽しいやつ」

『えっとねー……』


 大きな決断を迫られている。

 そして如何に早く正確に捉え、決断するか。


 情報が揃うまでは我慢の時、ローシュの最も嫌がる時間。

 さっさとボロを出してくれると良いんですけどね。

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