パルちゃんの憂鬱。

『地味が根にまで染み付いてしまったのかな』

「あら似合いませんかね。コレ、顔色が良く見える色なのだけれど」


 俺は向こうの世界では女性に疎かった。

 だから正直、今でも顔色が良く見えるかどうかが分からない。


『染料の事で心配しているなら大丈夫、少なくとも鉱物は使って無いよ』

「あら草木染めか虫なのね、凄い、大変でしょう」


『まぁ、大した事は無いよ』


 殆どは先代達の情報を使ってココを支配している。

 けど、彼女は俺とも少し違うらしい。


「虫は嫌いだけど他の方法が見てみたいわ、それこそこのブルー、素敵だもの」

『あぁ、追々ね』


 単に頭が良いだけなのかと、けれど彼女はどうやら違うかも知れない。

 俺が転生者なら、彼女は転移者かも知れない。


 そう思わせる程、手際が良い。

 けど厄災の為に来るって言われてるけど、今の問題は魔女狩りか魔王位だし。


 あぁ、十字軍をちょっと助けたので来たのかな。

 でも、なら俺を殺せば良いのに、殺そうとする感じは無いし。


「疲れてらっしゃるみたいね、我儘を言ってごめんなさい、失礼させて貰うわ」

『あっ、いや、大丈夫。ただ少し、向こうが上手くいかなくて』


「正室の方が何か?」

『会わせろって五月蠅いんだよ、会っても意味が無いだろうに、会う意味が分からない』


「パルマ公の為を思い、女として見定めたいのでしょう」

『学の無い産む為だけの女に何が分かるんだ?』


「女の勘は鋭いそうですから、パルマ公はお気になさらず、私と会わせて下さって大丈夫ですよ」


 正直、会せるのも面倒なんだ。

 あのバカ女が何を言うか。


 いや、敢えて試すのも良いか、知識がどの程度かは深く探れていないしな。




《ご機嫌よう》


 まぁ、何て可愛らしい奥様。


「警戒なさらないで、パルマ公とは本当に何も無いし、妾になる気も無いの。この人は婚約者、ほら、ね?」


 あら純真。

 指輪を見せたらポロポロと涙を流して。


 即落ち2コマですわ。


《あの人、私を普通に抱けないのに、他の女をだなんて。だから、どんな女なのかと、思って》

「ぁあ、その噂は聞いてますわ、けど私は肌すらお見せしていませんし。それこそ、何回程、そうなんですの?」


《全てで、入ったかどうか分からぬモノを、押し付けられて終わりですわ》

「あら」


《なのに子供が出来ないのは私のせい、女は馬鹿だ、産むだけの道具だ。そんな男の妻なんてもう嫌、なのに実家はお金を貰ったからと、私がこの家を出る事も許さない。そしてあの人も、私をココから出してはくれない》


「ならお友達になりましょう。けどパルマ公は良い気はしないだろうから、アナタから子を成せる秘儀を教われると聞いた、と。私を褒めて良い気にさせるの、そうして話の分かる女だと思わせる、そうすれば私に会いに来れるかも知れないし、私がまた会いに来れるかも知れない」


《ぇえ、そうするわ》

「じゃあ、もう解散にしましょう。私は少しアナタを不機嫌にさせてしまった、けど本当に少しだけ、私の方もお詫びしたい。そう段取りをしましょう、でも決して縋らないで、直ぐに諦めるの。私がしつこく言うから、暫く我慢してね」


《ありがとうローシュ》

「良いのよ、程々に頑張って」


《はい》


 良い子。


「アレだけ、突然変異しちゃったのかしら」

《そうとしか思えませんね》


『お帰り、随分と早いけれど』

「少し突っ込んで聞いてしまって、なので改めて謝罪をさせて頂けないかしら、アナタの為にも」


『俺の為に?』

「正妻様にお子へ気遣いするのも妾の役目かと、ですが私が踏み込み過ぎてしまって、落ち着いて頂く為に切り上げました。どうかお許しを」


『あぁ、良いんだ、手間を掛けさせたね』

「いえ、パルマ公の為を思えばこそ、出過ぎた真似をしてしまいまして。なので改めて、ココにお招きは、難しいのかしら?」


『出来なくは無いけれど』

「私にばかり会っていては他の貴族の方にどう思われるか分かりませんし、睦まじさを見せる事も大事では?」


『あぁ、気遣ってくれてありがとう』

「いえ、手に負えなくなれば私に委ねて下さい、そこも妾の仕事でしょうから」


『ありがとう、手配させるよ』

「いえ、それよりちゃんとお休みになってらっしゃいますか?顔色が悪いですわよ」


『あぁ、あまり触れないでくれないか。君とはまだ単なる友人だ、君に悪い噂が立っても困る』

「いえ、失礼しました、ありがとうございます。では、失礼させて頂きます」


 彼がどうして王族にまで食い込む必要が有ったのか、分かったかも知れない。

 けれど、本当にそんな事?って感じなのよね。


 あぁ、自白剤が使えれば。


 いえ、良いのよね別に使っても、嫌だわ前の世界の常識とココとでは違うのに。

 危ないわね、思考のクセって直ぐには治らないんだもの。


《何を思い付いたのかな、ローシュ》

「ネオス、私が指示する者を落として頂戴」




 今日は珍しく僕とネオスとローシュで、王宮内を回る。

 そしてネオスに目が行った者の中から、役職的に内部の事情を良く知ってそうな者を選んで、ネオスに誘わせて。


『“部屋に、来てくれませんか?”』


 バカなら引っ掛からないんだけど、ローシュの従者だからって、1回目で引っ掛かってくれた。

 たどたどしいのが可愛いからだ、ってローシュが言ってたけど、バカはバカが好きって事だよね。


 そして、ヤる気満々で部屋に来て。


《“あの”》

『“大丈夫、先ずはコレを飲んで”』


《“美味しいわ”》

『“目を閉じて”』


 ローシュが針をほんの少し刺した。


「“大丈夫、恥ずかしがらないで、何でも声に出して良いのよ”」

《“彼は、どうして私に?”》


「“勿論、アナタだって思ったからよ”」

《“あぁ、嬉しい”》

『“先ずは、君の事を聞かせて”』


《“私は第2王太子様の侍女、マリエ”》

『“マリエ、良い名前だね。凄い仕事をしてるんだ、どんな事をしてるの?”』


 催眠術、だって。

 自白剤も有るのに、先ずは出来るか試してみたかったんだって。




「ありがとう、お疲れ様ネオス、今日はもうゆっくり休んで」


『あの、私にも飴を下さい』

「あぁ、ご褒美ね、そうよね。はい、他に何が良い?」


『食べさせて下さい』

「はい、あー。はい、それで、他には何が良い?あ、帰ってからでも良いのよ?」


『その、慣れる為に、ハグを』

「それはご褒美になるの?寧ろ修行じゃない?修練は帰ってからで良いのよ?」


『いえ、お願いします』

「なら良いけど、嫌になったら直ぐにタップして、離すから」


『はい』


 ハーレムを受け入れるかどうかの前に、コレですか。

 まぁ、良いでしょう、ある意味で既に答えは出ていると云う事でしょうし。


「ネオス?タップして良いのよ?」

『あ、はい、ありがとうございました』


「いえいえコチラこそ、今度はちゃんとしたご褒美を考えておいてね」

『はい、失礼します』


『僕もご褒美』

「はいはい、ハグハグ」

《どうするんですかローシュ、アレで好きになられてしまったかも知れませんよ》


「無いでしょうよ、あんなにガッチガチなんだもの、慣れる為よ。にしても可哀想に、こんなのしか手近に居ないだなんて」

《私にしてみたら最上位なんですけどね》

『僕も』


「はいはい、後でね、先ずは情報を整理させて頂戴」


 長子制度を廃止していたのにも関わらず、この10年程前から表立ってはいないが復活し始め、第1王太子を推す派閥が目立ち始めた。

 その裏に居るのがパルマ公、様々な知識を使い国中を整備し始めたが、同時に因習も復活させ始めた。


 小麦を引く為の水車小屋を有料化し、パン焼き窯も有料化。


 道路整備に上下水道の整備の為なのだ、と国民は受け入れた。

 そうしてジワジワと値上げし、不満が爆発しそうになった頃に、クッカーニャ祭りを始めたと。


《資金集めが切っ掛けで、あぁなりますかね》

「歴史の踏襲と言ってたから、クーちゃんみたいな子は知らない、裏の歴史か。若しくはイタリア人だったとか?」


《なら余計に避けるべきだと思うんですが》

「誤魔化したかったんだと思う、男しか相手が出来無いのを」


《そんな事で》

「ほら、まさかと思った時点で相手の勝ちよ。もう明らかに歴史に残るんだし、たかがパルマ公の男色がバレたって、霞むじゃない」


《ですけど》

「男に相手されないと射精出来無い、そも挿入もしたくない、私に触れられるのも嫌がった。寧ろ男色と言うより女嫌い、かも知れない」


《それでネオスを下げさせたんですか》

「まぁ、知らなくて良い悪い見本も有るし。けどまぁ、気付いてるかもだから、相談に乗ってあげてね」


《分かりました》

「で、王家でマトモなのは第3公女だけ、その庇護に有る四男は病気がちだって言うけど。喘息よね、多分」


《薬草の貼り薬と煎薬で抑えられるとは思いますが》

「ココ、明らかに旧時代的だから野菜不足の筈だし、人質って事でウチで預かろうと思うの」


《間違っても第3公女が堕落しない様に、ですか》

「恩と感じるか人質と感じるかは向こう次第だけれど、大事にしているそうだから、良いんじゃないかしらね」


《ですが長旅は無理かと》

「針を深く刺したままで、眠り姫になって貰うのはどうでしょうか、メルクリウス様」

《あぁ、仮死状態に陥るけれども問題は無い、けれど睡眠と麻痺の針を2つ暫く失う事になる。君の身を守るには少し心許ない》


「猫手が有りますからご心配無く」

《無い無いで困るよりは寧ろ請うて欲しいのだけれども、まだ、作戦会議中だったな》


《パルマ公は立ち入らせたく無いでしょうから、王族との接触は難しいかと》

「私に興味が有るのはパルマ公だけじゃ無いし」

《そう君に他の誰かの手垢が付くのは私も嫌なのだけれど》


「そんな、咥え込んだりしませんよ、バッチい。今日と同じ手法でいきます」

《なら酒に自白剤を少し混ぜた方が良い、前後の記憶が不安定になるからね》


「ありがとうございます」


 情報の種類を多く揃える為にも、ローシュが表立って男漁りをする事に。

 全く興味が無いと分かっていても、イライラしてしまうんですよね。




『ローシュ、随分と声を掛けてるみたいだね』


 パルマ公と呼ばれる男は、不機嫌さを滲ませながらも、ローシュに微笑んだ。

 実に新興宗教的概念、男尊女卑的な態度。


 新しく出来た一神教では長子制度、特に長男が最も権力を持つべき、家を継ぐべきだとしているけれど。

 その男の子供かどうか、本当に血を繋いでいるかどうかが分からない、そんな制度より確実に誰の子供か分かる女系制度の方が明確だと言うのに。


 女を蔑み軽んじる宗教を、このパルマ公は信じているらしい。


「染色や縫製に興味が有ったのでお声掛けしただけですけど、何か問題でも?」

『そこは追々で教えると言ったよね?』


「大変お忙しいでしょうからお手を煩わせるワケにはいかないかと、それに命には限りが御座いますし、国にも何かしらの成果を齎さなくてはいけませんし。ですけど私って文章が不得手で、聞くしか無く。ご迷惑だったなら謝罪しますが、であればどの方にお話をお聞きすれば宜しいですか?」


 娶る為だとは云えど、それはパルマ公の領分。

 享楽を得る為だけにココへ来た者とはワケが違う、ローシュが暇を持て余すのは当然の事、なのにあの不機嫌さ。


 根っからの男尊女卑、例え蔑むにしても、結局は女に産んで貰わねば子孫は繁栄しないと言うのに。


『染色や縫製だけかい』

「出来たら食器等も、生活に関わる全般ですわ。馴染むにしても知らなくては不便でしかありませんから」


『分かった、妻も会いたがっているし、人も寄越させるからウロウロしないでくれ』

「中庭もですか?」


『いや、内部だけだ。王族の方に万が一が有っては困るからね』

「では、その様に、失礼致します」


 ローシュには無駄が無い、有ったとしても些末な事、何をさせても上手い。

 手際が良い。


 他の世界の教育や知識が有ったからといって、クヌピがココまで至れるんだろうか。

 そしてローシュがクヌピの様な人生だったのなら、同じ道を辿るのか。


《お疲れ様です》

「はぁ、どうだったネオス」

『骨の髄まで一神教に染まり、男尊女卑が馴染んでいる、でしょうか』


「うん、はい」


《ネオス、他にも有るのでは?》

『いえ、些末な、私的な事なので』

「寧ろ今、言いなさい」


『クヌピとローシュの人生を入れ替えても、本当に同じ様な事になるのか、どうしても疑問なんです』

《パルマ公に関してもそうですね、ローシュは似た様な立場でありながらも、行動は全く違いますから》


「男嫌いだったら今頃は女の園にしてるかも知れないんだし、好みの差異は意外と人生に影響を及ぼす。それが性別ともなれば余計に、国によっては同性愛者は蔑みの対象、それこそ身分差も。名誉殺人と言って、殺されて当たり前、そう警戒して当たり前なのよ」


『同情しているんですか?』

「まぁ、半分は。あのイライラは本物だろうし、苦悩は有るんでしょう、苦悩すべき部分が凄いズレてる様に思えるけど。分からん、真意なんぞ本人でも理解してるかどうか分からん不確かなモノだし」

《途中までの政策は良かったですからね》


 男を長とする長子制度なら、無理にでも男に子作りをさせなければならない。

 その為の道具の調整役でもあるパルマ公、私利私欲を多分に含んだ政策で、性癖を覆い隠している。


「まぁ、出来るだけの事はしましょう、根が何処まで腐ってるか確認しないとね」

《全滅させるのは簡単ですからね》


「あ、ネオス、暫くは指輪を外したままで外で話を聞いて来て。コチラ側になりそうな民で、上位の者を探し出して接触して欲しいの」

『分かりました』


 この顔が最も安心する。

 そしてローシュから離れる事も。

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