パルマ公。

『良かれと思って』


 全く目が笑っていない笑顔で、悪気が無い様な素振りで、彼は言った。


「だけ、ですか」

『民衆の反乱や反感を買わない様に、も有るね』


「こうなる、とは」

『うん、知ってたよ』


 なら何故、この悪習を敢えて、実行したのか。

 それは。


―――伝統の踏襲。


「踏襲」

『うん、それに、実際に本当にそうなるのか気になったし。どう?面白いでしょう?』


「もう飽きたのでは?」

『ね、やっぱり最初が1番だよね』


 3年前から始め、大規模なモノは前述ので6度目。

 今、目の前で繰り広げるられている小規模なモノは、もう数え切れない程らしい。


「あぁ、でしょうね」

『けどコレが無かったらパレードやブラジルのカーニバルが発展しないかもだし、大事な事じゃない?』


 そう、何故、悪しき因習でも復活させるべきだと思うのか。

 魔女狩り狩りを追い払った時から、ずっと疑問に思っていた。


 いや、納得したくなかった。

 必要だ、と。


 そして今も、全く、納得が出来無い。


「そうかも知れませんし、意外とそうでも無いかも知れない。と言うか、パレードやカーニバルがそこまで大事ですかね?」

『足りなくて困るより、有った方が良くない?』


 あぁ、論点そこじゃないんですよ。

 こんだけ死傷者を出す程に意義や意味が有るかで、あぁ、そこですか。


 意味や意義が有るかも知れない、と。


「他の方法でも良かったのでは?」

『要因の拾い溢しが有るかもじゃない?』


 要因や事象の方が今を生きる現地民の命より、重い、と。

 それが正解か、不正解かは後にならなければ分からない。


 けれど。


「そうですね」

『あ、そうだ、今日はこのまま泊まっていって。まだまだ話したい事が有るんだ』


 伝統的には泊まって然るべき。

 なら。


「ありがとうございます。では、今日はもう下がらせて頂きますね」

『うん、お疲れ様』


 様子見も兼ねているんだろうけれど、泊まるなら今日はこの程度で切り上げるのが正解。


 伝統の踏襲が彼にとっての正解。


 人は資産、資源。

 だからこそ疎かにすれば牙を剥く、処理を誤れば毒となり、広まる。


 なのに。


「どうして、似非十字軍はココを無視したんでしょうね」

《同じ宗派だからでは》


「あぁ、歴史を守ろう委員会の方、だと」

《成程、向こうに確認させておきますね》


「うん、宜しく」


 潰すべきか活かすべきか、殺すべきか放置すべきか。


 凄いなフィクションの中の人間は、直ぐに判断が下せるって。

 いや、それだけ頭が良いって事なのか。


 羨ましい。


 世界を救えた主人公達の平均知能指数は、幾つ位なんだろうか。

 それから補佐役の知能も、でしょう、それと。


《切り替えは難しそうですか》

「あぁ、いや、創話の中の主人公達が羨ましいなと。即断即決即解決だから、羨ましいな、と」


《成程、切り替えが難しそうですね》

「あ、いや」

『栄養補給させて、ね』




 ちょっと警戒してたんだけど。

 アレを見た後であんなに盛れるなら、大丈夫そうかな。


『昨夜はお楽しみでしたね』

「あら、安眠妨害をしてしまったならお詫びしますが」


 ほら、揺さぶりが全然効かないんだもん。

 顔色1つ変えないし、全然動揺もしない。


『ううん、全然大丈夫。それより避妊具は?それとも生?』

「避妊具ですよ、薄い膜状ので、ココのはどうなんですかね?」


『ウチはラムスキンだよ、盲腸。洗って天日干しで乾かして、戻してから度数の高いアルコールに浸して、軽く洗い流してから使う。って感じかな』

「あぁ、ウチも殆ど同じですね、色々と試してる最中なんですよ」


『自分の体で?』

「ですね、けど販売が目的では無いので、趣味に近いかと」


『あぁ、そうなんだ』

「性行為を売りモノにするにはまだ、難しいでしょうし」


『耐性菌ね』

「ですね」


『あ、そっちってペニシリン有る?』

「ギリギリ、ですね、やっぱり高いので」


『ちょっと分けてあげるよ、君だけに』

「個人用って事ですか?」


『うん、君には死んで欲しくないし』

「ありがとうございます」


『良いね、結婚しよう』


「は?」

『あ、側室はやっぱり嫌?』


「嫌と言うか、何故」

『アレ見て引いたり俺を殺そうとしないのって、貴重だなと思って』


「あぁ、ありがとうございます」

『分かってる通り財産が有るし、この時代のなら欲しい物は殆ど手に入るよ?』


「妾では無く、仕事仲間とかではダメなんすかね?」

『情の繋がりも無いとね、そこは不安は不安だから』


「分かります、裏切りは嫌ですしね」


 ほらね。

 コレで直ぐに妊娠してくれたら安泰なんだけど。


 問題は彼女が連れてる人間だよね、邪魔。


 会話が聞き取れて無い様子なのは良いんだけど、妨害されても困る。

 だから妨害する。


 嫌なら守れば良い、自分の身もローシュもね。


『そうそう、何も無しに信じ切る方がバカなんだよ』

「仰る通り」




 ええ、自分の性癖を俄かには信じ難いな、と。

 そうは思ってますよ。


『君は騙されてるんだよ、操られてるだけ、本来なら君の様な容姿は美しくない。様子見の単なる捨て駒、本当なら相手にされるワケが無いって、頭が良い君なら分かってるよね?』

「ですね」


『良かった、だからこうしてこんな場所に外遊させられて。けど大丈夫、俺がちゃんと守ってあげるよ。コレは破格な誘いだって分かるよね、俺なら金に糸目を付けないし、外遊なんて苦痛をさせない。例えその容姿でも俺なら大事にするよ、こんな危ない場所からちゃんと遠ざけてあげる』


 可愛い。

 パッとしない容姿はお互い様なのに、立場とか権力を必死に振り翳してるサイコパス。


 凄く可愛く見える。


「言うが易し、ですよね。アナタのもてなしを受けてみないと何とも、なんせ既に離縁は経験済みなので」

『分かった。けど俺は決して君を捨てたりしないから大丈夫、君が喜ぶもてなしをしてみせるよ』


「あら、例えば?」

『先ずはドレスを仕立てないとね、直ぐに仕立て屋を用意させるよ、地味過ぎだよローシュ。容姿を気にするならこそ、君には似合わないよ、そのドレス』


「ありがとうございます」

『直ぐに呼ぶから待ってて』


「はい、では」


 この容姿ですけど、縋る相手を振り解いてコッチから離婚したんですが。


 バカなサイコパス可愛いな、ボロが出ちゃってるんだもの。


 そも、サイコパスの知能指数が高いなんて嘘。

 それこそ個体差が有る、サイコパスで本当に頭が良い人も居れば、普通の人も居る。


 環境もだけど、素地が大事で。


 どうなんだろう、転生前は良い子だけどサイコパスの魂が入るって、どうなるのかしら。

 アレか、多重人格的な?


 いや、悲しみに暮れて死を選ぶか適当に生きる、か?

 どうなんだろうか。


《興味が?》

「奇抜な資源だけど資源は資源だし、加工が難しいからと言って破棄は貴重な資源を無駄にする可能性が有る。問題はどう扱うか、どう見極めるか、と」


《他にも、何か》

「可愛いじゃない?」


 流石のルツもネオスも、えーって顔。

 ですよね。




《悪趣味ですよね、本当に》

『けど蜂だって良く見たら可愛いよ?顔だけなら』


《あぁ、成程。適者生存の果てに悪趣味へと進化、してしまったんですね》

『あー、毒虫、害虫ばっかりの世界だったんだもんね』


《ですね》

『可哀想だけど、可愛い。うん、分かるかも』


《成程、簡単に捻り殺せる虫の可愛さですか》

『んー、特定の花の蜜しか吸えない蝶?』


《自己紹介ですか?》

『あぁ、似てるから好きなのかな?』


《それも有るかも知れませんね》

『ルツとローシュは何処が似てるんだろ』


《頑固さですかね》

『成程ね』


『あの、アレだけローシュが侮辱されたのに、許せるんですか?』

《いえ、怒るべき時の為に溜め込んでいるだけ、ですよ》

『頭が良いなら怒るべき時に怒る、時と場所を見極めて叱れる時に叱れって教えられてるからね』


《ですのでまぁ、この軽口は一種の誤魔化し、気を紛らわす為に敢えてですよ》

『ただ、殺せば良いだけかどうか見極めてる最中だから、ローシュを邪魔するのが1番ダメ。ローシュの我慢が無駄になっちゃうから』


 ローシュはベランダで一服中。

 イライラすると偶に吸う。


『ですけど、あの下着姿でベランダに立たせるのはどうかと』

『匂いが付くのが嫌なんだって、僕らにも、だから止められない』

《数少ない趣味ですし、適量であれば体に害は無いと神々のお墨付きですから》


『そうなんですか?』

《害を及ぼすのは殆どが農薬、ですがアレは無農薬ですし、品種改良もなされてますから》


『あぁ、そうなんですね』

《来訪者が例え専門家だったとしても、その時点でその者が知る知識に過ぎない、医学は特に常識と呼ばれるモノが引っ繰り返る。そう医学だけに留まらず、常識とは時に覆されるモノ、特にマナーは不安定な常識ですから》


『危うく流されかけましたけど、下着姿でベランダは』

《見なければ良いんですよ、見ないと死なないワケでは無いんですし、ココでは下働きが部屋を覗くのは御法度ですから》


 ネオスは好きって気持ちが良く分からないみたいで、ローシュを見ると良く溜息をつく。

 嫌な事があったのは分かるんだけど、それってローシュとは関係無いし、ローシュは悪く無いのに。


 同じ女ってだけで躊躇うなら、馬鹿過ぎる。


《“しっ、失礼しても?”》


 繰り返し同じ単語を聞いてるから、簡単なのは分かる様になったけど。

 何かするのはルツの役目。


《ローシュ、迎えが来ましたよ》

「“あぁ、外で待ってて下さい”」

《“は、はい”》


 ギリシャには愛が4種類有るって聞いてるけど、結局はどうしたいかで、愛かそうじゃないかが分かる筈なのにな。




「“あぁ、豪華ですこと”」

《“はぁ、左様で”》


 ローシュが全く喜んでいない事は、言葉が分からなくとも様子を見れば分かる筈なんですが。

 下の者が顔を見るだとか真意を尋ねるだとかは、マナー違反。


 何て馬鹿なマナーなんでしょうね。


「“あ、豪華過ぎて気に入らないと言ってるの。下品で若作り、私は服の為に存在しているワケでは無いの、私の為に服を仕立てに来たのよね?”」

《“はい、仰る通りで御座います。では、コチラを”》


 後期ゴシック~ルネサンス期の服装は使用人達が、そしてドレスはバロック~ロココの大ぶりな型、けれども宝石で飾り立てるまでは至ってはいない。

 クーリナのお陰で時代捕捉が細密になったのは良いんですが、コレだけ入り乱れているとは、一体何がしたいのか。


「“それも嫌、見慣れぬ人種なのは分かるわ、けれど折角なら似合う物が欲しいの。大事な民が作った布や糸、そして税金を使っている。血と汗と涙の結晶こそ血税、仕立てを断れないからこそ、ちゃんと長く着れる素敵なドレスにすべきだと思うの”」

《“仰る通りで、ではコチラ等は”》


「“あぁ、私を知る気が無いなら結構、他の者に仕立てさせるわ”」

《“そんな、決してその様な”》


「“2度言わないとダメなのかしら、躾がなって無いってパルマ公に”」

《“失礼しました、下がらせて頂きます”》


 パルマ公のお気に入りなんでしょうね、悔し気な表情を隠しもしないとは。


『あの、何故、人を変えさせたんですか?』

「お抱えが何人居るか、その内の中でマトモなのが居るか、よ。マトモな者が巻き添えで死ぬのは抑えたい、あの祭りを辞めさせれば民は救えるでしょうけど、根本解決には至らない。寧ろ止めさせた私が追い出されて終わり、救うとは何か。パルマ公だけ殺してもダメそうなんだもの、仕方無いわ、はぁ」


《にしても見事に下品でしたね、ピンクに金、ローシュが嫌いな要素ばかり》

「本当、しかも肌馴染みが悪いし、女には好みが存在しないとでも思ってるのかしらねパルマちゃん」


《濃い、青が良く似合いますからね》

「それに赤も、だけど好きじゃないのよ赤、名にしてるから勘違いされ易いけど。せめて紫」

『黒も灰色も似合うんだけどね』


「ね、地味な色が似合って何が悪いのよ、ぷち殺しますわよ」

『あの、緑も似合うと思いますよ、濃い緑』


「ありがとうネオス、けどココの緑はちょっとね」

《どんな染料が使われているか分かったモノではありませんから》

『あぁ、シェーレグリーンですか』

『別名パリグリーン。ホワイトフレークやシルバーホワイト。カドミウムレッド、クロムイエローにクロムグリーン。マンガニーズブルーとか、バリウムイエロー』


《挙げればキリが無いんですが、絵は勿論、壁の着色に使われる事も有る。そして布に使われ大惨事を起こしたのが》

『シェーレグリーンですね、そしてラジウムグリーン、ウランオレンジ』


《ラジウムグリーンの最初の犠牲者は梅毒と誤診された、だからこそ梅毒患者が怖いんですよ、様々な意味において》

「本当、地味最高。つかあまりネオスを脅すな、まだコッチ側になったばかりなんだから、ねぇ?」

『ぁあ、いえ、すみません』


 そう保護者の様に接しても、彼はもう喜べないと言うか。

 寧ろ、余計に悩ませてしまうだけなんですけどね。




『失礼しました、では』


 気位の高い仕立て人が寄越したのは、自他共に認める下民と呼ばれる立場の人間だった。

 けれどもローシュの言う事を良く理解し、彼女に合う服を直ぐにもデッサンした。


「当たりね、2回目で良い人に当たるとは。と言うか堪え性が無い仕立て人だったなぁ、前の人」

《あまり煽って身を危険に晒さないで下さいね》


「勿論」


 そしてローシュは、先程の人間に<気に入られなかったが仕立てを命令されてしまった、他の者を呼べと言われた>と、そう言う様にと指示をした。

 彼を守る為、ドレスを守る為に、もう1着仕立てる事に。


《失礼致します》


 乗せて落とす、上げて落とす。

 ローシュは見事なまでに情報を引き出し、仕立て人の選別を行った。


「5人居て1人か、まぁまぁだな」

《宿では良い者達ばかりでしたし、混乱させるのは惜しいかと》


「ね、どうにか上手く誘導させて王家は存続させたいな、じゃないと後世の治世に響く」


 その彼女の言葉にゾクリとした。

 王族や皇族すらも手駒だ、と本気で考えている。


 果ては国民の為、その中に生まれ出るかも知れない姪の為。

 盟友の為。


 私を使い倒して当然。

 全ては姪の為、盟友の為。


《あぁ、誤解しないで下さいねネオス、アナタを手駒だとは思ってませんから》

「あ、そうそう、君は君でコレを終えたら好きに生きて良いんだからね。大丈夫、身の安全を保証する」


 それはつまりは手駒にすらならない、とも受け取れる。

 彼女の善意だとは理解しているのに、寂しく、悲しいとすら思える。


 役に立とうと決めた筈なのに、役に立たなくても良い、と。

 残念で、悔しくて堪らない。

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