クッカーニャ祭り。

 ナポリに到着して直ぐ、恐ろしい光景を目にした。


 サド侯爵でもドン引きするレベルの祭り、cuccagnaクッカーニャ festival。


 ワインの噴水、ビールの池。

 油の塗りたくられた木には、パウンドケーキ等の柔らかい甘いお菓子が吊り下げられ、必死に登って取ろうとする貧しい姿の人達が。


 そしてパンやチーズで出来た家には人が殺到し、呻き声や怒号と共に家も人も崩れ。

 その傍らでは、立派な角の牡牛や、七面鳥を粗末な槍で追う者の姿が。


 道端では獲得した食糧を奪い合う者、血塗れとなり倒れ込む者、息をしていないのか動かぬ者も。


 正に酒池肉林。

 その酒池肉林に溺れる平民を見て、楽しむ王侯貴族達。


 何故、こんな事を。


 その気持ちをグッと堪え、仕立て屋でそのまま着替え、王宮へ。




「ルツ」

《部屋で》


 この時代にはまだ成立していない筈のブルボン家、しかも名はカルロス3世、パルマ公と名乗る男が王宮を取り仕切っていた。

 私達が正史と呼んでいるモノだとすると、約300年後に生まれる者。


「つまりは最低でも1700年代以降の知識を持つ者、けど、クッカーニャ祭りについての情報は?」

《いえ》


『あの、私が』

「はいネオス」


『知ってるモノとかなり違うので、もしかしたら記憶違いなのかも知れないんですが』

《結構ですよ、続けて下さい》


 本来は謝肉祭カーニバルと呼ばれる断食前の祭りで、食べ物で飾られた移動式屋台をクッカーニャと呼んでいたらしい、しかも無料では無く有料。

 平和で賑わいの有る美味しい祭りだ、と。


「けど、そのパルマ公は、クーちゃんの危険人物リストには入って無いんでしょ?」

《寧ろ良き治世者、身分の低い者にも挨拶をして回る様な者だ、と》

『はい、コチラでもその様に伝わっています、私の知る限りでは、ですけど』

『念の為に聞いてみたら?』


『はい』


 伝書紙が届くには最低でも1日、返事が来るのは最低でも2日後、念入りに調べるなら3日後でしょうか。

 それまで近寄らず、ローシュに近寄らせず、が可能なら良いんですが。




 ルツが心配してた通りになっちゃった。


「招待状ぉ」

《英文、しかも王家からでは断れませんね》

『完全に王族が傀儡化してるとは知らなくて、すみません』


《いえ、敢えて情報封殺をしていたのでしょう、人も神々も》


 ルツが不機嫌になると同時に、神様が現れた。

 ヘルメスってよばれてたり、メルクリウスって呼ばれてる、商人と旅の神様。


《薄くとも、既に人権の概念は知れ渡ってしまっている。なら人を逃がさない、入れない。地理的にこの王都の痴態を知る者、迎合しない者は例え無事に国に帰っても、あの悪夢に勝手に潰れるか。迎合する者は再びこの地に戻り、金を落とすか》


「貴族用の観光地、にしても下船が殆ど少なかったのは」

《コチラ側の湾を使う国の者は仕入れだけ、なのでしょう》

《ココまで来ないと安く仕入れられる交渉が不可能だからだ、なら受け入れるか拒絶か。そして人は低きに流れる、朱に交われば朱くなり、いつかは慣れ黒く染まる》


「新参者だから遠巻きで助かってただけか」

《仮面越しでも印章を付けていたが、見慣れぬ印章腕。常連なら見知った者や利益となりそうな者に集まるが、ローシュは突然にもルーマニアから来たと名乗る貴族。その情報だけ、警戒して離れて見ていたに過ぎない》


 本当に、ずっと見てるんだよね、神様って。


《しかも向こうの世界からの情報を知り得ていたなら、ルーマニアが鎖国状態になっている事を疑問には思わない、だから尋ねない。この時代では海を越えた国、しかも国交が無ければ名を知らない者も多いですから、寧ろ本来ならパルマ公が聞きたがる筈なんですよ。何故、鎖国しているのか、と》


《そう、本来ならあの様には流さない筈。身なりや立ち居振る舞いは充分だった、だからコレはある意味、合格通知だよローシュ》


「最悪の合格通知ですわぁ」

《アレも人をしっかりと資源とはみなしてはいる、そう手を出さない、筈だ》

《筈、では困るんですがメルクリウス様。ネオス、この短剣を差し上げますから以降は帯刀していて下さい。ココでは刃物を持っているのが常識そうですから》

『はい』


 僕、今回は全然役に立たないかも。


「私も欲しい」

《ルツ、アレが有るだろう、シャトレーンだ》

《あぁ、はい》


《この裁縫道具の針だ、覚えているな》

「麻痺、昏睡、死」


《そう、刺す具合で程度が変わる。それとモノクルも付けておきなさい、見えないのだろう、魔法が》

「でもこの前の場所と同じなら」

『いえ、今朝確認に行った時は消えていました、なのであの時は敷地全てに魔法を禁止する結界が張られていただけかと、混乱を避ける為に』

《若しくは楽しむ為か、両方か、それ以外の何かか》

『付き添いは僕かルツか、どっちが良いんだろ?』


《興味を示していたのはルツの方だ》

《あぁ、そんな気はしてました、やけに目が合うので》

『なら言葉が分かるネオスが付き添い?』

『ですけど、この外見ですし』


《なら一時だけ治すのはどうだろうか、この指輪だ、付けている間だけ元の状態になる》


 ネオス、何で悩むんだろう。


『僕は役に立ちたくても立てなくて嫌なのに悩むの?無理なら帰ったら?邪魔だよ?』

「アーリス」


『だって出来るのにしないならウチでだって要らないよ、絶対に足手まといになるって分かってるなら、重要な仕事は何も任せたくないもの』




 そう思われて当然。

 付き従うと決めたのに、死ねと言われたワケでは無いのに、怖い。


 襲われる事だけじゃない。

 もし、万が一にも、ローシュに。


 ローシュに惚れられるワケが無いのに、そんな事が起こってしまうのが怖い。


 けど、いや、なら帰れば良い。

 この国の現状を伝え、僻地に行こう、そこで静かに死のう。


『試してみても、宜しいでしょうか』

《あぁ、構わない》


 好かれたく無い。

 少なくとも、今、綺麗な顔だと言われた容姿を愛されたく無い。


「ぉお、イケメン、確かに目立つかもな」

《私より、ですかね》


「んー、赤髪でルツの勝ち、元の金で良い勝負だな」

《ルツ、染料は有るだろう、濃く染め直させれば良い》

《はい》

『良いなぁ、僕も役に立ちたい』


《お前はお前で鍛錬でもしていなさい、元が強いのだとバッカスから聞いているよ、ほら剣だ》

『分かった、じゃあそうする。ローシュをお願いねネオス、深手を負わせたら許さないから』

「ほら脅し過ぎない、緊張し過ぎて失敗したら意味が無いんだから」


『はーぃ』


 それからは、ある意味で期待通りだった。

 ローシュは前と変わらずに接してくれる、私に色目を使う事も無く、化粧が濃くなる事も無く。


 自然、前と同じまま。


「どうよ、顔に違和感は」

『いえ、何とか』


「本当に引き攣れとか大丈夫なのね?」

『はい』


「にしても、そんなに金髪碧眼って、まぁ、確かに珍しいか」


 今は買い物に出ている最中。

 周りを見渡しても、確かに数は少ない。


『北に多いと、聞いてます』

「あぁ、そうよね、成程、確かに。似た人が居るから紹介するよ、ちゃんと男だから大丈夫」


 どうしてなのかガッカリしてしまった。

 自分以外にも居る筈なのに、居ると分かっているのに。


『その人は』

「ムサい、漢臭い、超筋肉質でデカい」


『私と真逆ですね』

「真逆って程でも、ちょっと斜め横って感じだわな。声質が、ガザガザ、木こりだからって叫び過ぎなんだわアイツ」


 好かれたい。

 不意にそう思ってしまった。


 今みたいに笑いながら自分の事を思って欲しい、考えて欲しい、話して欲しいと思ってしまった。

 望みたく無かったのに、好かれたく無かった筈なのに。




『では、失礼します、おやすみなさい』

「ちょっと、嫌なら今からでも止めて良いんだよ?」


 つい、無責任にも言ってしまったせいなのか。

 もう、ポロポロと涙を。


『いえ、違うんです、付き添いは嫌では無いんです』


 買い物から帰って来てからネオスまぁ、暗くて暗くて。


 だから何を落ち込んでるのか、嫌なのか。

 思い当たる事は1つ、顔の事だけなんだけど、他にも何か有るのかなと。


「えー、っと、じゃあ、何が嫌なのかな?」


『自分が、です』


 えー、分からん。

 何だ、何でだ。


《ローシュ、私が引き受けても?》

「あぁ、うん、お願いルツ」


 そして話し合いが終わっても、ルツからは心配無い、とだけで。

 明日には会場に行かなきゃならんのに、大丈夫だ、と。


《男の子には色々と有るんです》

「あぁ、はい」


 ピュティアちゃんの事かしら、それとも家族の事か。

 なら何でハッキリ言ってくれないのか。


 分からん、オバさんには何も分からん。

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