それから。

 僕は現代語訳でマニュアルを、ローシュさんは貴族や王様に紹介されたお見合い相手と会う日々が続いて。


『ローシュさん』

「うん、ギブアップ」

《じゃあ私と婚約して下さい》


「復活」

『もう本当に、復活の呪文じゃないですか』


《何がそんなに嫌なんですか?》

「嫌じゃないから頑張ってるの。国の為に相手を見極めるか、低きに流れるか、なら今は王様と国民の為に頑張るべきでしょう。じゃあ一服してくるわ」


 吸うけど匂いが嫌いだからって、最近は入浴前の1回だけになった。

 それでも本当は止めて欲しい、けど止めるストレスの方が強かったら、結局は止める事の方が害悪になりかねないし。


 けど、でも、で。


『ローシュさん』

「ん?」


『志が高過ぎでは?』

「いや、コレは敢えて流行に乗ってんの、両片思い。ってヤツですな」


『両、片思い?』

「好きだけどすれ違い系?死なないロミジュリ?」


『あぁ、うん?』

「一方的な片思いのすれ違いより、ハッピーエンドの確率が高し君よ」


『ハッピーエンドじゃないのも有るんですか?』

「まぁ、メリバとかエモいからねぇ」


『メリバ』

「本人達だけ幸せ、に見える、傍から見たら不幸系」


『絶対にそうならないで下さいね?』

「考えとく」


『もー』

「冗談、善処しまう」


『絶対に回避して下さい』

「はいはい」


『もー』


 ローシュさんなら、何とかなる。

 この時まで、僕は無意識に思い込んでいた事を、後になって思い知らされる事になる。




「あぁ、どうも」

「やっと、お話したかったんです」


 娼館でフェロモンに刺激され、秒で手を出そうとしてきズメウだった。

 前回の記憶は無いらしいけど。


 絶倫の竜人族の三男さん。


 無理、ワシおばちゃんやし。


「何か?」

「お相手を探してらっしゃると聞いたので、候補に名乗り出ようかと」


「あぁ、ですがもう決まりかけてるので、生憎ですが受け付けは終わってしまっているんですよ」

「足りないなら補います、ですので何か助言を頂けませんか?」


「初物が大好きなんです、それこそ何もかも未経験だと尚良い。その条件に適合するのでしたら、是非、王と相談させて頂こうかと思いますけど」


「成程。ですが初めて同士よりは、経験者が相手になった方が良い面も有るかと」

「あら、ご助言をありがとうございます、改めて王との相談内容に組み込ませて頂きますね」


「はい、では」


 コイツは別に、普通に良いヤリ〇ンポなだけなのかな。

 とか、凄い呑気な事を考えていた。


 なので、まさか何かに巻き込まれるとか、マジで想像して無かった。

 だって、コッチはフったんだぜ?




《ローシュ》

「ごめん、それ以上は近寄らんでくれないか」


《ですが、せめて、怪我が無いかどうかだけでも》


「無い、それにクリーナに確認させるのはダメか」

《いえ》


「すまん」

《いえ》


『ローシュさん』

「すまん、サッと確認してくれ」


 私の目に触れる事も嫌なのか、薄絹の衝立を隔てた向こう側で、やっと服を脱いだ。


 以前よりも更に瘦せてしまっている。

 そして本人が気にしていない事が、何よりも気掛かりで仕方無いと言うのに。


『怪我は、無いですけど』

「大丈夫、下も無事だ。すまんね、手間を掛けさせて」


『いえ、ですけど、お医者さんに見て貰いましょう』

「居るでしょルツ」


《はい》

「見た、と言う事にして、クーリナと共に」


《はい》


 ズメウに片思いをしていた女が、自分に好意を抱く大臣の侍従を唆し、ローシュを襲わせた。

 ローシュを傾国の美女だ、悪女だ、女狐だと。


 だが手付けにさえすれば王にとっては安全になる、叩いて躾けるのが亜細亜の流儀なのだ、と。


『王様、亜細亜と言っても、国が違うんですが』

《おう、だよな、言葉が違うしな》


《引き渡して頂けませんかね、両名を》

《出来るワケ無いだろバカ、キチンと見せしめに嬲り殺すから》

『あの、それは待って貰えませんか?』


《理由は》

『ローシュさんにとって、死は楽になるのと同じなんです。だからどうか、生き地獄を味わせて下さい』


《あぁ、成程。ならそうしてやるか》


 そうして後日、公開拷問を行う事に。




「ごめん、襲われた直後にヤるとかマジ無理だわな、凄いよフィクション」


 ローシュさんが攫われ、襲われたけれど、直ぐにも無事に戻り。

 一晩立った次の日、僕が朝食を運んだ時だった。


『あの、ルツさんは』

「見られるのも、近寄られるのも無理になっちゃった」


『あ、僕』

「ごめん、大丈夫、何なら居て欲しい」


『一応、バリバリの異性愛者なんですけど』

「ですよね、でも性的に見て来ないし、仲間だし。そも外見がね、流石に格闘では勝てる様に見え。何か、すまん」


『いえ、僕は良いんですけど』


 何とかルツさんが大丈夫になってくれないか。

 僕はそんな自分勝手な事を言いそうになった。


 コレはローシュさんの為なんかじゃない、コレは僕の気持ちを楽にする為の言葉でしかない。


「どうせキズモノだし、直ぐに落ち着くから大丈夫」

『僕に、何かできませんか?』


「凄く可愛い格好をして欲しい、見てるだけで癒やされるし」


 本当は怪我したのに、ルツさんや僕を心配させない為に、神様に治して貰っただけだって。

 ルツさんは知らないけど、きっと、想定はしてると思う。


 見える怪我は治っても、見えない、心の傷は直ぐに治らない。


 どうすれば良かったんだろう。

 どう気を付けてれば良かったんだろう。


 どうしたら、どうすれば。

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