第6話:夜の山を散歩中、先生に木ドンされた

「はぁ、はぁ……こ、狐狸先生。この道で本当に合ってるんですかぁ?」

「もちろんです。最短距離で進んでますよ」


 山道と呼ぶにも厳しいデコボコの斜面を二人は進む。

 先導する狐狸は疲れた様子もなく、まるで山自体が「どうぞこちらへ」と道を作っているかの如く前進している。

 一方ナルはといえば「お前はお呼びではないぺっぺっ」と嫌われてるかのように、背の高い草や立ち並ぶ木々が障害物となって四苦八苦していた。


「あの、もしかして迷ってたり……しませんよね」

「おや、ナルちゃんは夜中のドッキリサバイバルツアーがお好みでしたか?」

「なんですかその変なツアー。……むしろ、簡単なお散歩程度が好みです」

「もうすぐ着きますから頑張りましょう。どうしてもとあれば抱っこしてあげますが」


(……なんで抱っこになるんだろう)

 

 そこはせめておんぶではないのか。

 そんな考えが頭をよぎったが、ナルはすぐにブンブンと頭を振った。

 落ち着いて考えてみれば、どっちも無し寄りの無しだからだ。

 いつかそういった事を体験したい願望は乙女の一人として無きにしもあらず。

 けれども、


(……は、恥ずかしいし)


 狐狸にやって欲しいと願えば何の躊躇もなくやってのけるイメージしか沸かない。さらに言えば、ナルが想像する斜め上の行動をしかねない。

 そんな考えに至ったところで、彼女はちょっと不安になってきた。


「狐狸先生」

「はい?」

「あの……変な事考えてたりしませんよね?」


 なるべく軽いノリで尋ねたはずの質問に、狐狸が足を止めて振り返る。狐狸の表情は、獲物が罠にかかった時の肉食獣のようだった。


「変な事、とは?」

「いや、その……えっと……お、怒らないで欲しいんですけど。行き先があるようにみせかけて、暗がりに連れ込んで何かしようとしてる……とか」


 つい口から出たソレは、最近読んだちょっとえっちな少女漫画にそんなシーンがあったから連想してしまったものだった。

 しかし、自分で言っておいて『失礼千万だぁ!?』とツッコみたくなるようなその発言に狐狸が喰いついた。


「そんなイケナイ出来事に興味がおありですか? ナルちゃんもそういうお年頃なんですね」

「いえ! 今のは聞かなかったことにッ」


「僕がそういう事をする悪い人に見えたと?」

「はうぅ……」


 ゆっくり近づいてきた狐狸に反応して少女が後ずさると、背中がトンと大きな木の幹にぶつかった。上の方でガサガサと枝葉が揺れ、何かが落ちるような音がしたが、ナルはそれどころではない。


 次の瞬間、狐狸が伸ばした手が顔の横を通り過ぎて、木の幹にドンッと当たる音がする。当然こんな状態は吸血鬼あるなし関係なく初体験である。


「あああああ、あの、あの、そのッ、すいませんすいません、怒っちゃいましたよね、そうですよねぇ!」


 ビビっているのもあるが、とんでもなく近い距離に狐狸の顔がある事実にナルの心臓が暴走気味だった。


(よく見れば綺麗な顔をしてるなぁ……)


 などと呑気に思ったりもしたが、それは現実逃避であり、思考時間は0.01秒フラット。リアルの彼女は目尻に涙が溜まりまくっているし、頭が沸騰して煙を噴き出しそうになっているので余裕も何もない。


 おばあちゃんの「妖怪の甘い言葉には気をつけなさいね」というアドバイスが脳裏に蘇ったが、時既に遅し。


(ああ、おばあちゃん。わたし、もう顔向けできないかも)


 ナルが勝手に色んなものを想像して諦めかけたその時。


「ナルちゃん、安心してください。もう大丈夫ですよ」

「え……?」


 にっこり笑顔を浮かべている狐狸が顔を覗きこんでいた。

 そこに刺々しさはどこにもない――が、悪戯を考える子供のようではあった。


 ぬっと、顔の前に、慌てて身体をグネグネさせる蛇が突きだされる。「こんばんは♪」と挨拶する雰囲気ではない。


「はぅわーーーーーーー!?」


 絶叫が、夜山に響き渡った。


「やー、コイツに噛まれると痛いですからね。ナルちゃんの後ろに垂れ下がってるのが見えた時は焦りましたよ」

「ひいーーん?! 見せないで! 見せないでいいですから!! はやくはやく、ポイしてくださいーーーー!!!」


「ポーイ」

「なんでコッチに投げるのーーーーーー!!?」

 

 夜の山がナルの大騒ぎで一気に賑やかになる。

 

 それはそれとして。

 あわあわしながら蛇を追い払おうとするナルを尻目に、狐狸の耳が空中にいるナニカを捉えてピクリと動いた。

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