第5話:夜の相談が中々始まらなかったので散歩に出発した
夜。
ナルと狐狸は学園の正門前に集まっていた。
下校する直前。
ナルが「聞きたい事があるので直接お話する時間はありますか?」と尋ねたら「仕事が終わった後でよければ大丈夫ですよ。校門前で待ち合わせでもしますか」と話しがついたからだ。
夜更けに先生と生徒が逢瀬。あるいは逢引き。
普通ならそうとられかねない状況だが、吸血鬼にとって夜は本来活動時間。
狐狸はそれを知っていたからこそ、夜に会おうとしてくれたのだ。
「ご、ごめんなさい先生。少し待たせちゃったみたいで……」
「気にしなくていいですよ。むしろちょうどいいぐらいですから」
気温は高くも低くもなく、長袖を着ていればちょうどいい程度。
とはいえ一応学園前に集まるのであればと、ナルは律儀にようやく届いた制服を着て、その上には吸血鬼用の黒マントを羽織っていた。
「やあ、かくれんぼに強そうなマントですね」
「そんな発想するのは先生だけです。……コレは吸血鬼なら誰でも持ってる正装みたいなものなんですから」
「なるほど、吸血鬼を象徴する物であると同時に隠密行動向けなのですね。よくお似合いですよ」
狐狸の遠慮のない褒め言葉に、ナルの顔が耳まで赤くなった。
「あ、ありがとうございます。このマントはお婆ちゃんが作ってくれたもので、わたしも気に入ってます」
「ナルちゃんさえ良ければそのマントを着て学園に来るといい。服装に関する校則はとても緩いので問題なしです」
「あ、はい……考えておきます」
「是非。そのマントを羽織りながら“この学園は今日から有真ナル様の物だ。逆らうヤツは血ぃ吸ったるどー!”と闊歩するのが楽しみですね」
「しませんからね!? 先生の吸血鬼像おかしすぎですよ!」
狐狸の意味ワカラン高速パスに、ナルが吠える。
彼女は転校生であっても、別に西洋に長く居たわけではない。むしろ日本で暮らしている時間の方が長く、日本生まれ日本育ちの吸血鬼――。そんな一風変わった境遇だ。
だが、ナルは断言できる。
そんな変な吸血鬼はどこにもいない、と。
「……あの、先生。改めてお話したい事がありまして」
「お悩み相談ですか。僕が言うのもなんですが、よく僕に話そうと思いましたね?」
「ほ、他に……話し相手がいないのでっ」
ナルは半分以上を誤魔化した。
話せる相手が他にいなかったのもあるが、割合でいえば狐狸ならば相談してもよいと思えた方がずっと大きいのだ。
「ハッハッハッ、それは仕方のない理由ですね。では良い話し相手になれるよう出来る限り頑張りましょうか」
「あ、は、はい……いやその、えっと、別に本当は狐狸先生だと嫌だとかじゃないので……そこはその」
「無理はしなくていいですよ。さっ、それでは早速どうぞ」
「……はいぃ」
上手く気持ちを伝えられなかったナルがしょんぼりしてしまったが、狐狸に先を促されたのならそれ以上弁明をしても仕方ない。
「………………」
ただ、いざその時になってみると、ナルは言葉が上手くまとまらなかった。もどかしさが募り「早く何か言わなくちゃ」という気持ちが空回りして、無言の時間が続く。
何かに縋るように少女は夜空を見上げた。
山の木々が邪魔で、浮かんでいる月がよく見えない。正面にいる狐狸に視線を戻す事もできず、ナルはそのまま見上げる形で固まってしまった。
狐狸からすればこの子は一体何をしたいのだろうかと考えるのも当然な状態。訪れた変化は視界を通過する蝙蝠の影くらいのものだ。
(ああ……ダメだなぁわたしは)
ナルの心にネガティブな色が広がっていく。
もう諦めてしまいそうになる。自分からお願いしておきながら、怖気づいてしまう。
――秘・密・を明かして、もし狐狸にも遠い家族達のような目で見られたら……そう考えてしまう。
「よしッ」
パンッと手を叩く明るい音が響き、長い沈黙が打ち消された。
「どうやら相当切り出しづらい話しのご様子だ。ならば、少し散歩でもしましょうか」
「……え?」
てっきり「帰る」と言いだされると思っていたナルは、予想外の発案に目を丸くした。
「それでは出発です」
「え? あの、どちらへ……」
「せっかくの夜ですからね。イイところに連れていってあげましょう、ささっ、こっちですよ」
「ま、待ってください先生」
スタスタと先導する狐狸についていく形で、ナルは一般人なら震えてあがりそうな山道を進んでいく。
その後方で、
――様子をうかがっていた空飛ぶ蝙蝠の目が、怪しく光った。
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