第3話:あだ名はネガティブダメ子ちゃん&無駄にセクハラ太陽先生?
(うぅ……最悪だぁ)
今度こそちゃんとした登校日を迎えたナルは、昨日のことを思い出しながら幻ではないボロイ木造校舎?に足を踏み入れた。
向かう先は教室だが、靴を脱ぐまでの足取りと表情は重い
(まさか、あんな人が先生で……ううん、先生なのはいいとしても担任なんて……)
思い返せば昨日の自分は、どうして初対面の男性にあんなにもペラペラと話をしてしまったのか。それはナルにもよくわかっていない。
ただ、狐狸の言葉は妙にすんなり心に入ってきた。合わせてあの瞳に見つめられると、なんとも抵抗感が薄れていったような気がしてならない。
(もしかして……何かされてた?)
人ならざる者――妖あやかし・妖怪と呼ばれる者は、それぞれ特殊な力を使える事が多い。かくゆうナルもそういう力は備わっており、机を薙ぎ倒してしまった翼がそれだ。
しかし狐狸からはそういった力の行使を感じさせる変化は何もなかた。少なくともナルから見てはだ。
翼や耳が生えたわけでも、炎や氷が生まれたわけでも、幻を見せられたわけでもない。
(うう~ん……わからない)
いつぞや『強力な妖怪は誰にも気取られずに術が使えたりする』と聞いたことはある。しかし、まったく圧を感じさせない平々凡々のふつーの人っぽい印象な狐狸が、強力な妖怪とはどーにも結びつかないのだ。
「……ちょっと強引で意地悪で、いきなり手を握ってくる辺り手が早そうではあるけど」
「おや、そんな人物に心当たりがおいでで?」
「はうぁ!?」
背後からその“心当たり”に声をかけられて、ナルは飛び上がった。ついでに背中の翼も少しだけ外にはみ出てしまう。机を倒した時よりもずっと小さい、マスコットキャラのようなちんまい翼だ。
「おはようございます、有真ナルちゃん」
「ひゃッ! ど、どこに触りながら挨拶してるんですか?」
「おっと失敬。背中の翼があまりにも興味ぶか――可愛らしかったもので」
ちょんちょんと突っつかれているだけだが、慣れない刺激にナルの背中がゾワゾワと震える。他人に翼を触られる機会なんて早々ないからだ。
見られるのすら躊躇われる、翼だからだ。
「……可愛くなんてないです。とても人様に見せられるものでもないんです」
「僕は可愛いと思いますけどね」
「……飛べなくてもですか?」
ナルの口からネガティブな事情が明かされると、狐狸は「ふむ?」と相槌を打ちながら昇降口という名の玄関口から廊下に上がる。
「何かおかしいですか? 僕は飛べませんよ」
「先生は吸血鬼じゃないですし」
「ええ、そうですね。得手不得手は誰にでもあるものですから」
「……私は家族よりも不得意なことばっかりですよ」
「ハッハッハッハ、あなたは朝っぱらからネガティブダメ子ちゃんですね~。それも吸血鬼だからですか? 朝は苦手で?」
ゆーっくり移動しながら立て続けに繰り出される質問によって狐狸との距離感がまったく掴めず、ナルは動揺した。
特にネガティブダメ子ちゃんなんてあだ名は御免こうむりたい。
「朝は苦手じゃないです。多分ふつーです」
「なるほど。それでは顔色が優れないのは女の子の事情でしょうか。無理はしなくて大丈夫ですよ」
「はぅっ、転校初日で緊張してるだけです!!」
「元気そうでなにより」
「狐狸先生。いつもそんな調子ですか? 朝から無駄に元気そうですね」
ちょっと刺々しい言い方もなんのその。
狐狸は至って平然と返した。
「新しい生徒が加わるのに、陰気な先生は嫌でしょう?」
「距離が近すぎる陽キャな先生も微妙です。今度から“無駄にセクハラ太陽先生”って呼びますね」
「ハッハッハッハッ! これはまたしっくりきそうなあだ名ですね」
ナルとしては物凄い悪口を言ったはずなのだが、狐狸は全く気にしてないどころか陰気さを笑い飛ばしてしまう。
(なんだか……ムッとするだけ無駄な気がしてきたかも)
しゅるしゅるとナルのムッとする度が萎んでいく。
余計な毒気はすっかり抜かれ、バカバカしくなっていた。
「ただ、あだ名にしてはソレは長いし不便でしょう。呼びづらい上に授業中に使ってしまえば教室が笑いの渦に包まれそうです。。そして、僕は校長室へドナドナされてしまうでしょう。これはよろしくない」
「……ふふっ。それじゃあ先生を追い出したい時に使うのが良さそうですね」
「出来ればご遠慮願いたいですが……まあ、ナルちゃんの気分が少しでも晴れるならどうぞお好きに」
「え?」
それは本当に使ってもいいのか? の意が、その「え?」に集約されていた。
「ささっ、緊張もほぐれたようですから、後は自己紹介用の小粋なジョークでも考えましょう。場を整えたら呼びますので、ちょっとだけ教室入口の横で待っててください」
「は、はい……」
確かに、既にナルの緊張は消えていた。
心なしか表情の暗さも和らいでいる。
「そうそう、ナルちゃん」
「まだ何か……?」
「ふつーの吸血鬼は翼で飛べるかもしれませんが、基本的に陽の光に弱く、何の対策も無しに日中を行動できません。それが可能なあなたは既にふつーの吸血鬼なんかよりも優れた点を1つお持ちですよ」
一瞬だけ眼鏡の向こうから妖しい瞳を覗かせながら、狐狸は今度こそ教室へと入っていった。
「…………変な先生」
残されたナルが、指示されたとおりに引き戸の横で待ち始める。
その間、彼女の胸には不思議な嬉しさが生まれていた。
ソレがなんなのか。ナルにはまだわからなかった。
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