第2話:おちょくる先生と転校生の正体
「……今日が、登校日じゃない?」
「はい、今日はまだお休みです。あなたが登校するべきは明日以降になりますね」
教室の机に横並びに座っている狐狸が「残念でしたね」と、机に突っ伏すナルに慰めの言葉をかける。
ギィと木の床が軋んだ音を出した。
「で、でも、登校初日は今日だって伝えられたんです。だからわたし、制服が届かなくても、こんな恰好で……」
「ふむ、それはおかしいですね。その連絡はどなたから聞いたんですか?」
「……遠い親せ――いえ……家族からです」
若干どもりながら話すナルの言葉に、狐狸は再度「ふむ」と声を発しながら頭の横を掻いた。
「ここに転校生向けに書かれた連絡プリントがありますが、ご覧になりますか?」
どこから取り出したのか。
多少折れてクシャクシャになったプリントを差し出されて、ナルが文面に目を落とす。そこには確かに明日の日付が載っていた。
「はぅぅ……」
可愛らしくも恥ずかしそうに、ナルの顔が増々ずーんと沈んでいく。なんとも憐れなご様子だ。
「そんなに気を落とさないで大丈夫ですよ。ちょっとした不幸な入れ違いじゃないですか」
「……違うんです。わたし、いつもこんな感じで……」
「というと?」
「生まれつきの不幸体質と言いますか……運が悪いんです。だから、色々と失敗ばかりで……周りから呆れられて……少しでも迷惑にならないように目立たなくしようと……でもまさか初日から登校日を間違えるなんて大ポカを……」
「ナルちゃん。どんよりした負のオーラが割増しで漂ってきてますよ」
「ふふふっ、いいんです。わたしなんか芋ジャージネガティブ娘で十分なんですよ。こんなんだから、家族からも意地悪されるんです」
「おや、家族とは険悪なんですか?」
「険悪というか……一方的に嫌われてます。その、わたしが一族の出来損ないなので……」
今考えれば、ナルに登校日を教えてくれたのも変だったのだ。
絶対に間違えないようにと、叔母は何度も念押しして日付を伝えてくれた。それでも、まさか渡してくれたプリントまで偽造するとは思ってもみなかった。
鞄に入れてきたそのプリントは、ナルがどれだけ嫌われているかの証明になってしまっている。
「あー、なるほど。これはまた手の込んだ悪戯ですね」
「ちょっ!?」
横の席に座っていた狐狸の手元には、何故かナルの学生鞄があった。さらにはそこに入れていたはずの連絡プリントまでしげしげと眺めているのだから、ナルが「いつのまに?!」と焦るのも無理はない。
「人の鞄を勝手に漁るなんてッ」
「すいません、見せてもらえますか」
「事後承諾!?」
「うーん、どうしてそこまでしますかね? たとえあなたがぶっちぎりで無能の地味ダサドジッ子に見えたとしても」
さすがにそこまでは言ってない。
ナルはそう反応したかったが、出来なかった。
それよりも早く、目の前の男がじっと彼女の瞳を覗きこんできたからだ。
「そんなのは勘違いだと、気づきそうなものですが」
眼鏡越しに、綺麗な目が自分を見つめてくる事に対してナルの肌がゾクリと粟立った。
何故か目を離せない。不思議な力のようなものに目を背けるなと命じられているかのようだ。
「ナルちゃん」
そう呼ばれた少女は最初から感じていたが、何故この人はわたしをちゃん付けするのだろうと改めて想った。ちょっとムッともしていたが、そんな心情を毛ほども気にしないで狐狸は言葉を続けてくる。
まるで、孫をあやす祖父のように優しく、彼の文言がすんなりと心に入り込んでくる。
「あなたは自分がダメな子だと思い込んでるだけですよ。言うなれば自分自身への嘘つきです」
「……嘘つき」
「はい、本当のキミはそんな姿ではないんですよ。閉じこもってないで解放すればいい。ココはそれが許される場所です」
いつの間にか手を握られていた。手に触れたのはもう二度目になる。
女子とは違う、大きくて力強い男の手だ。
初対面の男にこうして触れられてるはずなのに、ナルに不快感はない。むしろ安心感に近いものすら感じている。
「先生は……人間ですか?」
「どうしてそんな事を?」
「その……どこにも特徴が見られないので。わたしが不勉強なだけかもしれないですけど」
もし、その質問を普通の人間に訊かれたら、さぞ不思議に思われただろう。けれどこの学校では不思議でもない。
有真ナルが転校してきたこの学校は、普通とは異なる学び舎で――人ならざる者達が集まる場所なのだから。
「私はヒトですよ。キミ達に人間について教えるための特別教師です」
「そうなんですね……」
「あ、嘘ですから信じないでくださいね?」
「嘘!? 信じられない、どうしてこのタイミングでそんな事いうんですか?!」
怒りながら手をふり払って立ち上がる。
その拍子に座っていた椅子どころか、勢い余って背後に並んでいたいくつかの机達が吹っ飛んでいった。
「なに、ちょっとした耐久テストみたいなものですよ」
「耐久テストぉ……?」
「どうやらあなたは、現代でよく聞くコミュ症の類いではないようですね。それから感情が高ぶると隠しきれなくなるようだ」
「何を……」
「気づいてないんですか。そんなに可愛らしい翼なのに」
そこまで言われて、ナルはようやくハッと気付いた。
背中から蝙蝠のソレに似た一対の大きな翼が飛び出している事に。後ろで転がっている机は、その翼にぶつかってそうなっているのだ。
それが有真ナルが人間ではない証明だった。
つまり有真ナルはこの世界で生きる人外の一人であり、その種族は糧となる血を求め、夜闇を愛する者。
吸血鬼ヴァンパイアである。
「事前に校長から話しは聞いていましたが、この東方で吸血鬼とは珍しい。不慣れな事も多いでしょうが、色々とよろしくお願いしますね」
「な、なんでデリカシーのないあなたとよろしくしないと……」
「それはですねぇ」
ニコニコ笑いながら、狐狸が返答をもったいぶる。
だがその目はまったくニコニコしていない。むしろ、愉しい玩具を見つけた時の猫のようなソレに近かった。
「僕があなたの担任、狐狸先生だからですよ」
「え…………?」
いきなりの新事実発覚に、ナルは翼を出したまま固まった。
ゆえに気づいていない。
教室の窓から入りこんだ日光によって生まれた狐狸の影が、口元だけ意地悪そうな笑みを浮かべていたことに。
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