屋上へ行く

バタフライナイフを構えた状態で俺は向かって来る狼男に対してナイフを突き刺す。

狼男はその刃物を肩に突き刺された事で猛烈に悶えている。

その隙に狼男の頭部を掴んだ、握力の限りを尽くして、俺は狼男の口を無理やり開かせると、顎の関節を破壊してやる。


「ヴぉおおおおおおおッ!!」


痛みを訴える狼男に対して、残る二体が俺の方へと向かって来る。

俺は近くに武器が無いか探すが何もない、だから仕方が無く、武器の代わりとして悶えている狼男を片腕で持ち上げる。


かなり重たいが、常人ならばまず持ち上げる事は不可能だろう。

今の俺は本当に、常人を超えた力が備わっている事が分かる。

狼男を持ち上げて思い切り投げつける。

すると狼男は地面を蹴って壁の方に移動、そのまま壁を蹴ると共に狼男を避ける。

空中へと避けた狼男に向けて、俺は握り拳を固めて狼男の顔面を殴った。

一撃は重く。頬を打たれた狼男は廊下を転がる。

しかし残る狼男が牙を剥いて俺の腕に噛み付いた。


「ぐううッ!!」


痛い、だが、何故だろうか、衣類は牙によって貫かれたが、俺の皮膚が牙を食い込ませぬ様にして、筋肉によってそれ以上牙が通らぬ様になっている。


「ぐ、おおおおッ!」


俺は、噛み付かれた腕ごと狼男を持ち上げると共に、窓に向けて狼男を投げる。

硝子が割れる音が響き出して、其処から狼男は一階へと向かって落ちていく。

そして、ドサリと大きな荷物が地面に落下した時と同じ音が響いて、狼男は二回、三回ほどの痙攣を済ませた後、そのまま動かなくなった。


俺は、近くで未だに悶える狼男を見る。

拳で窓を割り、ガラスの破片を握り締めると、狼男に近づいて、柔らかな首筋に硝子を突き立てた。


「く、ぐうッ」


腕が痛い、俺は腕を抑えながら脳内で響くレベルアップの音を聞くと共に、廊下を走っていく。

千幸が待つ場所へと俺は向かい出していく、狼男の餌食なってないか、俺は心配して千幸の方へと向かうと、千幸の拘束は解かれていた。

二階の踊り場付近で、階段から転んで、首を折ったであろう狼男に近づいて、腸を引き摺り出して、千幸は肉を喰らっていた。


「ううぅ」


ぐちゃぐちゃと、顔面を血の色で真っ赤にさせて、千幸は肉体に変色も無く、食事を開始している。


「良かった…千幸、大丈夫だったんだな」


「うぅぅ…わん」


と。

千幸が俺の声に反応して、その様に声を漏らした。

ううう、とか、あー、とかそれくらいしか喋れなかった千幸が、だ。

そして、俺は驚くべき事に、千幸の体に異変が起きている所を発見した。

彼女の体には無かったであろう、白銀の尻尾と、狼の様にツンと尖った耳が生え出していた。


一旦、俺は千幸を狼男の死体から引き剥がすと、女子生徒の死体からハンカチを取り出して口元を拭きながら、レベルアップした情報を確認する。



【LEVELUP.+2:LV14】

【筋肉強化率/20.98%上昇】【骨格強化率/14.42%上昇】

【神経強化率/39.10%上昇】【皮膚強化率/20.09%上昇】

【器官強化率/09.74%上昇】【脳髄強化率/03.91%上昇】


LV【14】

【肉体情報】

筋肉強化率/303.80%→324.78%

骨格強化率/299.32%→313.74%

神経強化率/278.42%→317.52%

皮膚強化率/249.39%→269.48%

器官強化率/292.33%→302.07%

脳髄強化率/177.16%→181.07%


これで皮膚強化率と脳髄強化率以外の肉体情報は300%を超えている。

つまりは、常人の三倍、力を引き出す事が出来る、と言うワケだ。


「あー…なんだこれ」


俺は目を細めて、新しい項目に視線を合わせる。


【取得因子】

狼の因子/11.78%



新しい項目と言うのか、取得因子、と言うのが増えている。

先程の狼男…あれが着込んでいた衣服は学生服だった。

と言う事は、あれは元々学生で、ゾンビから狼男になった、と言う事なのだろうか。

今、千幸が頭部から狼の様な尻尾や耳が生えていると言う事は、ゾンビの状態から、その様に進化する可能性もある、と考えても良いのかも知れない。

恐らく、その進化の鍵となるのが、この取得因子と呼ばれる項目。

俺が狼男を倒した事で、狼の因子…と呼ばれるものを手に入れる事が出来たのだろう。


「…俺も狼男みたいになるのか?」


俺はそう考えて身震いをする。

あんな毛むくじゃらの様な姿などなりたくはない。

そんな事を考えながら俺は千幸の顔面を拭い終えると、千幸は俺の手を噛んで来る。


「はぷ、はぷ」


親指、人差し指を噛んでいき、中指薬指を口に咥えると、舌先で舐め出した。

唾液塗れになった俺の指、掌を広げさせて、千幸は頬ずりしてきた。


「…」


なんだか、行動が犬っぽくなってきたな。

それもそうか、狼男を喰らって、因子を取得したんだろうし、それによって肉体が狼よりになったのだろう。

半狼半人の人狼、と言った所か。


「…しかし」


本当にナノマシンって言うのは凄い技術だ。

ゾンビにさせるだけでなく、遺伝子情報を組み替えて他の生物の細胞に変質させている、のだろう。

そりゃあ、肉体の細胞を機械細胞に置換出来るのだから、他の生物の細胞に置換するなど、ワケないだろうしな。


しかし、狼男が出てくると言う事は…別の生物の細胞を持った化物が出てくる可能性が浮かんできた。

出来る事ならば、出会いたくはないと俺は思った。


「おにーちゃんんん」


廊下の奥から柊がやって来た。

一人でいる事があまりにも怖かったらしい。

俺の体を強く抱き締めて、恐怖で体を震わせている。


「ぐうう」


千幸は牙を剥いて、柊の方を睨んでいる。


「やめとけ千幸」


噛み付いてきそうだったので、千幸の口に俺は指を伸ばす。

千幸は柊の方を睨みながら、俺の指をおしゃぶりの様に舐めていた。


「噛んだらダメだからな、千幸」


俺はその様に千幸に言う。

こうして千幸がゾンビになってしまったが、今では狼としての性質が高い。

ゾンビよりも狼の方が人の事を聞きやすくなるのでは無いのか、と俺はそう思って千幸に言うのだった。


「…さて」


俺は当初の目的を思い出す。

屋上で、外の情勢を確認する、と言う事。

俺の予想では、殆どの人間は死亡したものだと思っていたが、どうやら屋上には人がいるらしい。

俺は背中に乗る柊を連れて屋上へと向かう。


「千幸、そこで待っててくれ」


如何に、千幸が狼になりかけているとは言え、もともとはゾンビだ。

話がこじれる可能性があるので、彼女を待機させる事にしたのだ。

俺の言い分に、千幸は頷いてその場で待機している。

どうやら、聞き分けが良いらしい、もしかしたら、千幸は元に戻るかも知れないと、俺は思った。


さて、俺は屋上へと続く階段を昇り、扉を叩く。

扉には鍵がかかっていた、外側から施錠しているのだろう。


「おい、居るんだろ?開けてくれ」


俺がそう言うと、外には声が漏れだす。

複数の人間が話していた。そして一人が扉の外で俺に話しかけた。


「誰だ、お前は、名前を言え」


その言葉に、俺は面倒臭い奴だと思った。

この状況で自己紹介をさせるのか?後ろにゾンビが居た状態でも、こうして世間話をさせるつもりか?


「おい、良いから開けろ、生存者だぞ」


俺は噛まれたけど、人間の意識はある。感染耐性も持っているしな。

すると、扉の小さな窓から、こちらを覗き込んでいる男の目があった。


「だったら、其処で脱げ、本当に噛まれてないかだ、其処に居る柊も、だ」


…面倒臭ェ。

俺は一つ、警告をする事にした。


「俺は別にこの扉を蹴り壊しても良いんだぞ?」


壊せるかどうかは分からないけど、それでも、人間の意思で扉を破壊しようとすれば、その時点で扉は破損しやすくなる。

扉に向けて、俺は思い切り蹴った。

ドゴン、と音を鳴らして、鉄製の扉が少し歪んだ様な気がした。

俺の行動に、扉の先に居る門番は驚いた。


「ばっ!や、止めろ、今開ける、だから待って!」


と、そう言って施錠を外そうとしていた。

最初からそうしろって話だ。

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