ロッカーの中に見捨てられたヒロイン

粗方ゾンビの群れを倒した所で、俺の視覚に情報が表示される。


【LEVELUP.+7:LV12】

【筋肉強化率/130.22%上昇】【骨格強化率/98.23%上昇】

【神経強化率/101.91%上昇】【皮膚強化率/72.45%上昇】

【器官強化率/99.13%上昇】【脳髄強化率/40.00%上昇】



LV【12】

【肉体情報】

筋肉強化率/173.58%→303.80%

骨格強化率/169.10%→299.32%

神経強化率/176.51%→278.42%

皮膚強化率/176.94%→249.39%

器官強化率/193.20%→292.33%

脳髄強化率/137.16%→177.16%


一気にレベルが7も上昇した。

俺の考えが正しければ、この筋肉強化率、俺の筋力は常人の三倍の力を引き出せる、と言う事になる。


「…ん?」


何か物音が聞こえて来た。

その音がなんであるかを確かめる為に、俺は教室の中へと入った。

教室の中は凄惨だった、沢山の生徒が死んでいる。

その中で、物音がしてきたのは、ロッカーの中だった。

掃除用具入れの方に俺は手をかけて、中を開く。


すると、猛烈なアンモニア臭が俺の鼻を突いた。

ロッカーの中には、黒髪の、桃色のセーターを着た女子生徒が目を瞑っている。

ロッカーは、黄色い液体が流れていて、その女子生徒の下半身から流れていた。


「漏らしたのかよ…」


ゾンビが大量に発生していた為に、あまりにも恐ろしくて漏らしたのだろうか。

それは決して、恥ずかしがる事では無い、俺だって、ゾンビと相対した時は怖くて逃げた。


「…おい、大丈夫か?」


俺は女子生徒に声を掛ける。

肩を揺らして顔を見ると、それは見た事のある顔だった。


「柊璃月…?」


女子生徒の中ではとりわけ美人で評判な生徒だ。

教師からの評判も良く、眉目秀麗で、成績優秀な女子生徒であると、聞いている。

俺の様な不良生徒とは別の存在であり、大した接点が無い。


「おい、柊」


俺が肩を揺さぶって彼女を起こそうとする。

すると、柊はゆっくりと目を開いて、眼を擦った。


「んぅ…ここ、どこぉ?」


甘ったるい声を漏らしながら、柊璃月が聞いて来る。


「学校だけど、覚えて無いのか?」


俺がそう聞くと、柊璃月は、ぼう、と表情を惚けさせながら、目を細めた。

そしてロッカーから出ると、床に転がって、彼女は黒のタイツと、パンツを脱ぎ始める。


「濡れてる、やぁッ!」


そう言って、彼女は濡れた下着を脱ぎ捨てた。

そりゃ、失禁して濡れたのは気分が悪いだろうが、何も今、此処で脱がなくても良いだろ。


「おにーちゃん、ふく、欲しい、新しいの!」


駄々を捏ねて、柊が言う。

その口調はまるで、幼稚園児の様に思えた。

もしかして、柊、お前、あまりの怖さで、幼児退行したのか?


俺は彼女の待遇をどうするか考えた。

このまま、彼女を一緒に連れていく事は出来ない。

俺には、千幸がいる、彼女はゾンビであり、現状では人間を襲うモンスター。

ここで、千幸と柊を一緒に連れていくのは難しい。

千幸は柊を襲い出すかもしれないし、今の柊に千幸の状態を話しても理解すら出来ないだろう。


「…仕方がない、か」


俺は、柊の方にバットを構えた。

正直に言えば柊はお荷物になるだろうし、世界状況が理解出来ない以上、彼女は存在するだけで地雷にもなる。

それに、彼女はここで死んだ方が、幸せではないかと、俺個人がそう思った。


「おにいちゃん…?どうしたの、怖いよ?りつき、なにかしたの?おにいちゃん」


俺の考えを見通したのか、柊は怯えて涙目になりながら聞いてくる。

そんな顔をされても、少し罪悪感が沸いてしまうだろう。

出来ればそんな顔は見たくは無かった。

判断が鈍る前に、彼女に向けてバットを振り下ろそうとした時。


「なんだ、ゾンビが少なくなってるぞ…っ」


声が聞こえて来て、俺の手は止まった。

廊下から出ていくと共に、俺は声のする方へと向かっていく。

声は屋上に続く階段からだった。

階段の方に視線を向けると、生徒の姿があった。


「うわ、ゾンビっ」「いや違う、人間だッ」「驚いた、まだ生存者がいるなんて…」


男が二人、女が一人、その女は教師だった。

俺は生徒たちに声を掛ける。


「お前ら、生き残りか」


そう言うと、教室から柊が出て来た。

柊の姿を見て、生き残りの生徒たちは、驚いていた。


「嘘だろ、柊、生きてたのか」「絶対死んだと思ってたのに」


男子生徒はバツが悪そうな表情を浮かべる。

女教師も不味そうな顔をしていた。


「ご、ごめんなさい、柊さん、別に、貴方を見捨てたわけじゃないの、でも、あれほどのゾンビが多いと、もう手遅れだって、…あ、貴方なら分かるでしょ?」


…あぁ、なんとなくだが合点がいった。

どうやら、柊とこの生徒たちは逃げている時に、ゾンビの大群と出会い、そして柊は逃げ遅れ、生徒たちは柊を見捨てた、らしい。

仕方が無い事ではあるが、それが原因で、柊が幼児退行を起こしたのだと思うと、少しだけ不憫に思った。


「ゾンビしか出会って無いのか?他に居たんじゃないのか?」


男子生徒が俺に話しかけて来た。

ゾンビ以外…あの校庭に居たミノタウロスとかか?

そう思って声に出そうとした時。


廊下の奥から、何かが迫って来る。

俺はバットを構えた状態で、その迫り来るものを見据える。

四本足で走って来るそれは全身が毛むくじゃらだった。

黒とも白が交じり合う灰色の毛。頭部は変貌していて、口元が壺の様に伸びている。

鮫の様な鋭い視線が俺を認識すると共に、舌を出して俺の方へと接近してくる。


「狼男だッ」


生徒の一人が叫ぶと共に、階段へと昇っていく。

俺も階段へ登ろうとしたが、近くに居た柊が転んだ。


「う、うぅううッ」


蹲る柊、狼男は、転んだ柊に視線を向けて口を大きく開いて接近していく。

俺は屋上へと上がろうと思った、柊を置いて逃げようと、しかし、そう思って俺はバットを握り直す。


「たかが畜生じゃねぇかッ」


人間が狼みたいな姿に変わっただけの事、恐れる程じゃない。

そして何よりも…奴らは階段を使って三階へと登って来た。

だとすると、二階から三階までの間の手すりで待機させた千幸は一体どうなっているのか。

俺は、そちらの方を心配して、迫り来る狼男の顔面に向けてバットをフルスイングする。


バットが砕ける音と共に、視覚内にレベルアップの文字が浮かぶ。

俺は折れたバットを捨てて、バタフライナイフを取り出した。

狼男は一匹だけではない、廊下の奥から、群れを成した狼男たちが迫って来る。

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