レベルアップ
…そう、いえば。確か、授業で受けたな。
ナノマシンのテクノロジーはスマートフォン連動を可能にさせる。
細胞置換によって肉体を機械化した際、スマートフォンと連動させる事で、ハンドフリーでスマートフォンを操作する事が出来ると。
その際に、人間の眼球をモニターとして利用し、視覚情報に画面を表示させるのだ。
俺の視界に、ステータスが表示されているのは、恐らくは、ナノマシンによる影響。
そして、俺の肉体は確かに細胞置換された筈だが…他のゾンビとは違って、意識が残っている。
これが一番不可解な事ではあるが…もしかすれば、ゾンビになる、ならないには何かしらの条件があるのか、と俺は思った。
「うー」
トイレの中で、そんな呻き声が聞こえて来た。
そういえば…千幸が、と俺は思って振り向く。
「あー…」
口を開けて、涎を垂らしながら、千幸が俺の方に近づいて噛み付こうとする。
「千幸…」
俺はゾンビにはならなかった、けど、千幸はゾンビになってしまったらしい。
倒さなければ、と、俺は思ったが、それは出来なかった。
まだ、人間として生きていた頃の面影を感じた俺は、千幸の噛み付きを拒絶せずに、彼女に手を噛まれた。
彼女の歯が俺の手の柔らかな肉の部分を噛んだ、だが、人間の時よりも噛む力は弱く、歯型が付く程度の傷跡が出来た。
「…はは、千幸、それじゃあ殺せねぇよ」
噛まれても、痛みは無い。
しかし、彼女がもう、生きた死体となってしまった事がショックで、思わず塞ぎ込んでしまいそうだった。
「ぐああ」「ああああ」「ヴうぶぶ…」
…扉がガタガタと五月蠅い。
扉の蝶番が緩んで、今にでも壊れそうだった。
ゾンビが、無理やりこじ開けようとしているのだろう。
「まだ…俺の事を、人間と認識してるのか、ゾンビ共」
このまま、扉が破壊されたら…。
ゾンビは大量に押し寄せてくるだろう。
…それは、困る。
扉が破壊されて雪崩れ込んだ時、千幸もゾンビの群れに巻き込まれる可能性がある。
折角、生前のままの姿をしているのに…千幸が傷ついている所など、見たく無い。
「やめてくれよ、…やめてくれ…クソ、…ッ」
俺の言葉など、ゾンビは分からない。
千幸は、もうゾンビだ、だけど、それでもまだ、俺の友達だ。
このまま、彼女を失いたくないと、俺は思った、だから。
「うるせぇよ…殺してやる、ゾンビ共…ッ」
扉のドアノブに足を引っかけると、トイレの天井付近から小便器方面を見る。
ゾンビは、十体程だ。
小さなトイレの中だと、少し、動き辛い。
ゾンビたちは、俺を即座に発見すると、両手を開いて俺を求めている。
「お前らにくれてやるものなんて、何もねぇよ」
俺は、扉から降りて着地する。
ゾンビたちの方に目を向ける。
どうせ、噛まれた所で俺はゾンビにならない。
だったら、この特性を活かしてやる事にした。
「こっちは喧嘩で争いごとは慣れてんだよ…」
懐から一振りのバタフライナイフを取り出して俺は構える。
「ぶっ殺してやる」
そう俺は言い放つと共に、十体のゾンビに立ち向かった。
ただゾンビを殺すと言う作業、それでも俺の体力は削れていき、ようやく殺し切った時には体中の気力が抜けていた。
「はあ…はあ…」
俺は息切れをしながら、壁に凭れた。
ナイフを使って、ゾンビとなった生徒たちを、俺は倒した。
途中、何度も俺の体を噛み付いて来て、血が出てしまったが、それくらいの傷は我慢出来た。
俺が無我夢中でゾンビを殺し、そうしてやっと倒した事で、俺の視界には多くのメッセージが飛び出す。
【LEVELUP.+1:LV2】【筋肉強化率/020.24%上昇】【骨格強化率/023.92%上昇】【神経強化率/019.20%上昇】【皮膚強化率/021.11%上昇】【器官強化率/022.17%上昇】【脳髄強化率/010.55%上昇】
【LEVELUP.+1:LV3】【筋肉強化率/015.32%上昇】【骨格強化率/012.68%上昇】【神経強化率/018.49%上昇】【皮膚強化率/019.78%上昇】【器官強化率/029.75%上昇】【脳髄強化率/009.23%上昇】
【LEVELUP.+1:LV4】【筋肉強化率/017.91%上昇】【骨格強化率/010.21%上昇】【神経強化率/017.51%上昇】【皮膚強化率/011.51%上昇】【器官強化率/011.89%上昇】【脳髄強化率/009.61%上昇】
【LEVELUP.+1:LV5】【筋肉強化率/020.11%上昇】【骨格強化率/022.29%上昇】【神経強化率/021.31%上昇】【皮膚強化率/024.54%上昇】【器官強化率/029.39%上昇】【脳髄強化率/007.77%上昇】
LV【05】
【肉体情報】
筋肉強化率/100.00%→173.58%
骨格強化率/100.00%→169.10%
神経強化率/100.00%→176.51%
皮膚強化率/100.00%→176.94%
器官強化率/100.00%→193.20%
脳髄強化率/100.00%→137.16%
「…レベルが上がった?」
ゾンビを倒した事で、レベルが上がったのだろうか。
俺は、自らの能力値を見ながら、肉体に変化は無い事を確認した。
「…今は、いいか」
ステータスなど、後でも良い。
扉を壊して俺はトイレの中に入る。
俺の姿を確認して、口を開いて俺の方へと向かって来る千幸を俺は捕まえると、彼女に服を着せて、布を彼女の口に噛ませて猿轡にした。
「…お前が死んでも、ゾンビでも良いんだ、俺のエゴで悪いけど、一緒に着いて来てくれよ…」
一番、仲の良かった友達を、殺す気も放置する気にもなれなかったから。
俺は、千幸を連れてトイレから出ていった。
廊下を歩く。
見慣れた廊下は血に染まっていた。
学生だった肉片が周囲に転がっていて、複数のゾンビが死体に群がっている。
ナノマシンは細胞置換を目的に活動しているが、既に死亡した人間に噛み付いた所で意味など無いと、俺は思う。
いや、そんな事を考えた所で意味なんてないな。
俺は、千幸を連れて廊下を歩いていくと、ゾンビたちが俺の方に気が付いて体を起こしてくる。
面倒だな、死体にずっと食いついていれば良いのに。
バタフライナイフを構えようかと思ったが、俺は廊下に落ちている物を発見してそれを掴んだ。
木製のバット。血液が付着している所から、どうやら野球部か、偶然持ち合わせた生徒が、それを使用してゾンビを倒したらしい、丁度良いものを拾った俺は、接近してくるゾンビに向けてバットを振るう。
頭部目掛けて攻撃をすると、ゾンビの頸部が折れる音がして倒れる。
「…なんだ?」
思い切り振ったが、自分の予想以上の威力を叩き出していた。
「あのステータス…」
俺は、自分の肉体情報が掛かれた掲示枠…ステータスの事を思い浮かべた。
レベルが上がれば、自分自身の能力も上昇する、と言う事なのだろうか?
…初期値の強化率が100%だったから、それが通常状態で、筋肉強化率が173%、と言う事は、通常の筋力が1.73倍になっていると言う事か。
分かり辛いな。
どうせなら、%表記じゃなくて、単純に数値で表して欲しい所だった。
「…千幸、こっちだ」
千幸がフラフラと何処かへと行こうとしていたので、俺は千幸の手を掴んで引っ張る。
道中、ゾンビを殴りながら俺は二階へと移動した。
「…あ?なんだ、あれ」
俺が窓から校庭を見た時、グラウンドの中心に、大柄な体を持った生物が立ち尽くしていた。
黒に近い色合いをした肉体を持つその生物は、人間と牛を組み合わせたかの様な異質な姿をしている。
「ミノタウロス…?マジもんか?」
周囲のゾンビを、その腕に握り締める車を振り回して薙ぎ払っている。
その動きからして作り物ではない事が分かった。
「…外は一体、どうなってんだ?」
と、気になったからこそ、俺は屋上から外を確認しようと思った所だった。
二階へと上がった時、踊り場にうろつくゾンビを叩き殺して移動を続け、二階から三階へと動き、屋上への道を進む為に、俺は一度三階廊下を歩く。
屋上へ行くには、廊下を一度渡り、生徒が使用出来ない屋上用の階段を昇らないとならなかった。
「…あー、邪魔臭ぇ」
廊下には、大勢のゾンビが列を作っていた。
教室から、窓から、ゾンビが大量に、うじゃうじゃとしている。
これが生身の人間だったら絶望だったろうが、今の俺は、精神的にハイになっていた。
千幸を踊り場の前で、ゾンビのシャツを破いて手すりに括りつけて、俺は準備を完了させた。
バットを構えた状態で、俺は全員殴り殺す事に決めて、ゾンビの群れへと突っ込んでいくのだった。
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