本当に打つ手がないのか検証してみる 2
夜通し車を走らせ、二人は"十和子"が生前住んでいたと思われるM県I半島にやってきた。
到着したころには日は登り切っており、聞き込みにはちょうど良い時間帯であった。
聞き込みとはいっても、コミュニケーションスキルに乏しい鈴の出番はほとんどなく、社交的で人当たりの良い珠江の独壇場であった。
言葉巧みに、とはいかずとも、天性の人懐っこさで次々と情報を引き出す珠江。
「あなたのそのコミュ力こそ、あたしには超能力に見えるわ」と鈴に言わしめたほどである。
普通の聞き込みとは異なり時間と場所が制限されているため、珠江のスキルはまさに天啓であった。
正午になる頃には、おおよその情報を掴むことができていた。
車の助手席に乗り込み、珠江は聞き込みの成果を鈴に報告する。
「一番大きな収穫は、確かに"十和子"と呼ばれる女性が実在したということです。名前は島谷(しまたに)十和子(とわこ)。50年以上前、ここで海女をしていたそうですが、不慮の事故で亡くなったそうです」
ステアリングを握ったまま、鈴は黙って続きを促した。
珠江が手にしたメモ帳を一枚めくる。
「当代に並ぶものなしとまで言われるほどの優れた海女だったそうです。海の深くまで潜れる肺活量。極寒の海に何度でも潜水できるほど寒さに強く、獲物を見つける嗅覚も天才的だったそうです。彼女が一回潜水するだけで、普通の海女さんの一日分の獲物を持ち返ったといわれています」
「当時はあくまで人間レベルの範疇だけど、今の"十和子"の能力に通じるものがあるわね……」
「海女さんの世界では『勝負の50秒』と言われていて、それだけの間に潜水、探索、捕獲、浮上を行うそうなんです。深さ5~20メートルほどまで潜るため、わざと重りを抱えて一気に沈むそうなんですが、十和子の場合はそれぞれ倍の時間と深さまで簡単に潜って見せたみたいです」
「素潜りの世界記録は、確か120メートル位と聞いたことがあるけど。彼女たちは潜るだけじゃなく、獲物を探して捕獲するという作業までこなしているわ。それに、何度も潜っていればやがて体温も尽きる。過酷な職業ね……」
今はすっかり変わり果ててしまったが、当時の"十和子"の姿に少しだけ思いを馳せる。
とはいえ、今の彼女の姿を直接拝むことはもう御免だろうが……。
「容姿も美しかったそうです。でも、そのことを妬んだ他の海女たちの反感を買い、事故に見せかけて殺されたのではないかという噂もありました」
「いつの時代も、人の容姿に対する嫉妬は理不尽極まりないものね……」
興味がないのか、そう呟く鈴の声には覇気がない。
そんな鈴に珠江が一言だけ添える。
「先輩も、身に覚えがあるんじゃないです?」
「あたしが容姿のことで他人から責められた記憶はないわ。こんな背の小さなネクラチビの見た目なんて、どうでもいいでしょ?」
「先輩って、本当に研究のこと以外はどうでもいいんですね……。自分のことも全くわかってないんですから……」
鈴は自分の容姿も含め、美的感覚が徹底的に欠如していた。
美しいとか可愛いとか、そういった非定量的な感覚が理解できないのだ。
故に、興味のないことに対する他者の評価には全く頓着しない。
「化粧とか、したこともないんですよね?」
「当たり前でしょ?実験中のコンタミ(不純物の混入)の原因になるし、香水なんか付けたら異臭にも気づけなくなっちゃうわ。危険極まりないでしょ」
「確かに、この素材に本気で化粧なんか施したら、一体どんな芸術ができあがるのか興味はあります。でも、余計な虫がたかるだけでしょうけどね……」
「話が逸れすぎよ。本題に戻りましょ」
鈴にそんな指摘を受けるとは思っていなかったようで、珠江が目をしばたかせる。
気を取り直して、メモを再びめくる。
「事故か他殺かはわかりません。私が聞いた"十和子"の声は、彼女が誰かに殺されたと語っていましたが、真相は不明です。いずれにせよ、彼女の遺体は上がってこなかったそうです」
ページをさらにめくる。
最後の1ページには、何よりも恐ろしい事実が記されていた。
「十和子が死んで以降、この付近の住人に不可解な死を遂げる者が続出したそうです。何かに握りつぶされたような凄惨な死に方に、町の人は"十和子の呪い"だと言って大層恐れたそうです」
「呪いとはいっても、あたしが受けたのとは経路が違うようね。ビデオの存在はまだなかったでしょうし、被害はこの町だけにとどまっていたんでしょ?」
鈴の問いに珠江が頷く。
右手を頬にあて、熟考する鈴。慌ててハンドルを握る珠江。こうなった鈴は、そう簡単に現実には帰ってこない。思慮の世界に没頭した彼女は、周りへの注意など完膚なきまでに霧散するのだ。
いったん車を止め、邪魔にならない程度にゆっくりと運転を変わる。
「呪いを鎮めるため、何度もお祓いをしてみたらしいんですが、それでも呪いは消えなかったようです」
「お祓いや除霊ってのも、なかなか怪しいものに思えてくるわね」
「……最後に……もう一つだけ……。重要な情報が手に入りました」
たっぷりと間をおいて口を開く珠江。
その様子だけで、鈴は何となく次に続く言葉が予想できた気がした。
「それじゃ、『そこ』に行ってみましょうか……」
珠江は、アクセルを踏み込んで速度を上げた。
なるべく"十和子"との距離を離しておく必要があった。
次に向かう場所では、たっぷりと時間をかけた検証が必要になるからだ。
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