本当に除霊できないか検証してみる 3
「逢沢先生、待ってください!」
店を出て車に乗り込もうとしていた二人を、修二は慌てて呼び止める。
なぜかしきりに自分の背後を気にするような仕草で、鈴は修二に視線を戻す。
「川村君、あなたの用事はもう終わったの?」
「ええ、もっと別のところに相談に行ってみようかと思いまして……」
「そうなの。あの霊媒師、そんなに当てにならなかったかしら?」
「先輩……あんなにボロクソにけなしておいて、そんなこと言います?」
運転席の珠江も、視線を背後に向けたままそわそわしている様子だ。
「業界では結構有名な人らしいから、実力はあるんじゃないの?あたしには合わなかったけど」
「合わないって、どういう意味です?」
「ロジックがないのよ。少なくとも、自分が扱っている力がどういうモノなのか相手に納得させられるようでないと、あたしは信用しないわ」
「あんな剣幕で迫られたら、誰でもしどろもどろになると思いますけど……」
実体験を交え、修二がぼそりとつぶやく。
彼も、指導員である鈴には何度となく同じ目に遭わされてきたのだ。
「あれくらいで言葉に詰まるようでは、そもそも自分の中にしっかりした理屈が構築できない証拠よ」
憤慨するように鼻を鳴らし、助手席に乗り込もうとする。
やはり、何か焦っているようであった。
「先生、これからどこに行くんですか?」
「次はスピリチュアルカウンセラーの井下直美って人のところよ」
「井下直美!?ちょうど良かった。先生、実は僕もそこに行こうと思ってたんです!もうすぐ予約の時間だったし……」
「川村君、あなたカウンセリングの予約をしているの?」
鈴の眼の色が怪しく輝く。
「はい。紹介してくれた人が、一緒に予約まで取ってくれて……」
「先輩、これはラッキーですよ。さっきの霊媒師と違って、人気カウンセラーは予約でいっぱい。なかなか面会もできないんですから」
「確かにそうね……」
(きっと先生は、さっきみたいに無理やり面会するつもりだったんだろうなあ……)
心の中でそう呟いて、修二は鈴にこう提案する。
「良ければ、僕と一緒に行きませんか?」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
渡りに船とばかりの提案に、無表情な鈴の顔も少しだけ綻ぶ。
大きな青い瞳に覗き込まれ、思わず修二が赤面する。
そんな彼の様子を見て、珠江はなぜか気の毒そうな表情になっていた。
(先輩も罪な女です。自覚がないだけ、余計にね……)
「それなら、一緒に行きましょうか。後ろに乗りなさい」
「は、はい!」
嬉しそうに声を弾ませ車に乗り込む。見かけ以上に高級な座席にすっぽりを身を沈めると、車はすぐに発進した。
運転者は清楚でおとなしそうな印象だったが、予想外にアクセルワークが荒いようだ。
「それじゃあ、次の検証に移りましょうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スピリチュアルカウンセラーとして名高い井下直美は、さきほどの霊媒師とは対照的に穏やかで落ち着いた雰囲気の女性であった。
カウンセリング室として通された部屋も、内装はこざっぱりとしており、どちらかといえば病院の診察室を彷彿とさせた。
細かな調度品で彩られ、ほのかに花の匂いが漂っており、落ち着きを与える造りになっている。
そんな部屋の雰囲気に浸りきった修二は、極上のソファに身を沈め、すっかりリラックスしきっていた。
直美はそんな修二の顔をにこやかに見つめ、向かいの椅子にそっと腰かけた。
ただし、修二の後ろに立つ二人の女性にだけは、少し鋭い視線を向けてこう告げた。
「ご予約はお一人と聞いていましたが、そちらのお二人はどういった御関係でしょう?」
「付き添いです。せっかくだから私たちも先生に診てもらおうかと思いまして……」
珠江の得意な曖昧な笑顔と、無意味な言い訳で、どうにかその場を乗り切る。
若干眉をひそめたが、気を取り直すように視線を修二に向ける。
「それでは、カウンセリングを始めましょうか」
「あ、お願いします」
ソファの心地よさに、ついウトウトしかかっていた修二。
そんな彼に、直美はそっと紙を差し出す。
「カウンセリングにあたって、あなたのオーラを見させてもらいます。この紙にあなたの名前と生年月日を書いていただけますか?」
「え?予約の時に教えてたと思うんですけど……」
「これはあくまで儀式です。名前と生年月日はあなたの分身、ホーリーネームです。あなたのインナーチャイルドを具現化させるためにも、あなた自身の手でそれを書くことが重要なの」
「わ、分かりました」
本当にわかっているのか、言われるままにカバンからペンを取り出そうとする修二。
一方、背後の鈴は訳の分からない単語が次々と飛び出してくるので、次第に不機嫌なオーラを放ち始めていた。
霊感も、人の表情を読むのにも長けた、加えて言えば鈴との付き合いの長い珠江は鈴の”爆発”までのおおよその時間を読み始めていた。
(本当にオーラが見えるんなら、この先輩の憤怒のオーラが見えないわけがないんですけどね……。まあ、いいか)
「あれ、おかしいな……たしかここに……あったあった」
カバンの中をまさぐりながら、ようやくペンを取り出す。
さらさらと名前を書き終えると、それを直美に手渡す。
渡された紙をじっと見つめる。直美の焦点は、紙を通してどこか遠くを見つめているようであった。
(全然紙を見てないじゃないですか。あれじゃ、紙に色々書いてもらった意味がないと思うんですけど……)
心の中でそう突っ込みを重ねながら、隣の鈴の様子を同時に観察する珠江。
やがて、直美は憔悴したように深々とため息をついてこう言った。
「……博識そうな高齢の男性が見えます。これは、おそらく……なにかサイエンスに携わっている人でしょうか?」
「え!僕、予約表にはただ学生としか書いてませんでしたよね。どうして僕が化学を専行していることが分かったんですか!?」
驚く修二に、直美は優しく微笑みかける。
「あなたに書いてもらったホーリーネームを通して、私はあなたの内面、つまりインナーチャイルドを見ることができるんです。前世にも有名な科学者がいたようですね……。もっと他にも見えるんですよ?例えば……」
言いながら再び目を閉じる。
「高齢の男性はしきりに腰をかばっています。また、何か探し物をしているようなそぶりも見えます」
「す、すごい!僕が原因不明の腰痛でここに来たことや、しょっちゅう無くし物をしているところまで当ててしまった!」
「意中の女性がいますね……?」
「そうなんですよ~」
眉根を寄せ、困ったような表情を浮かべる修二。
「お辛かったでしょう?」
同情するように、気遣いの言葉をかける。
修二は胸を押さえるようにその言葉に黙って頷く。気のせいか、ちらりと背後の女性に視線を向けたようであった。
「なかなか振り向いてもらえない……」
「わかるんですか!?本当に何でも見えるんですね……」
次々と内面を言い当てられ、修二は早くも直美を神格化し始めているようだった。
「先輩。今度は本当に能力者みたいですよ」
「さて、どうかしらね?断定するには、まだ情報が足りないわ」
背後でボソボソとつぶやきあう二人をよそに、直美の高説は緩やかに勢いを増していた。
「腰痛の問題は、実は複雑なようで単純です。これまで何度もマッサージなどに行っても、一時的に良くなってはまた悪くなるの繰り返しだったでしょう?それは、腰にたまった悪いオーラを一時的に開放しても、あなた自身が再び悪いオーラを呼び込んでしまっているからなんです」
(先輩、またオーラとか言っちゃってますけど……)
(この場合は、単純にオーラを『血行』に読み替えれば理屈は通るわ。事象の捉え方、呼び方は人それぞれですものね)
「不規則な生活や、不要なストレスを抱えることで、負のオーラはさらにあなたに蓄積されていきます。問題は、あなた自身がそういった状態から抜け出せるようになることです」
修二の眼は直美にすっかり吸い寄せられ、盲信の光に濁り始めていた。
「簡単なことから始めていけばいいんです。軽い運動や、音楽を聴くなど、体と心の負担を減らすことをコツコツやれば、徐々にあなたの中から負のオーラは消えていきます」
「そ、そんな簡単なことで良いんですか?」
「もちろんです。小さなことでも、積み重ねることであなたの纏っているオーラは確実に変化していきます」
「僕、ここに相談しに来てよかったです」
目から鱗をボロボロとこぼしながら、修二は感極まったように直美の手を取っていた。
そんな修二ににこやかに笑いかけ、直美はそっと机の上から小瓶を取り出す。
「こちらのフローラルメンディを使えば、その効果はさらに高まります。アロマオイルに花びらの朝露を混ぜ込み、私が特別に善のオーラを込めたものです。オーラの巡りをよくするためにはラベンダーが良いでしょう。これを毎晩寝る前に枕元に置くだけで、きっと困りごとのほとんどが改善してしまうでしょう」
「おいくらですか!?」
「はい、そこまで。次はあたしの番よ」
財布に手を伸ばし始めていた修二を押しやり、鈴が強引に直美の前に割って入る。
さすがに不快そうに眉間にしわが寄る。それでも根気強く温和な顔を維持しつつ、直美は鈴に向き直った。
「カウンセリングの途中に割って入るのは、いささか失礼ではありませんか?」
「大丈夫よ。どのみち彼はその小瓶を購入するつもりでしょうし。あたしは時間がないから手っ取り早く検証を終わらせたいの」
挑戦的な鈴の物言いに直美の眉根が跳ねる。
「検証とは、どういうことでしょう?」
「あなたに、あたしがかかっている呪いを解けるかどうか、ってことよ。本当に解いてくれるなら、後ろの珠江がいくらでもお礼を払ってくれるわ」
「私です!?」
突然引き合いに出せれて素っ頓狂な声を上げる珠江。
直美はその言葉に納得したようで、軽く息を吐くと鈴に向けてもう一枚の紙を手渡す。
「それでは、あなたのカウンセリングを始めましょうか」
修二に代わり、どっしりとソファに座り込む。
小柄な彼女は、柔らかいソファに体の半分ほどを沈ませたように見えた。
快適な座り心地にも一切表情を変えることなく、真正面から直美を見据える。
「それじゃあ、あたしも、あなたの霊能力の検証を始めさせてもらうわ」
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