本当の本当に逃げ切れないか検証してみる 1
ここはI県T村。世界でも有数の放射線の実験施設が立ち並ぶ場所である。
原子炉、粒子加速器、中性子のビームライン。物質の成り立ちを理解するための最先端の技術の粋が結集している。
間違っても、呪いを解くために訪れる場所ではない。
しかし、”十和子”の呪いの仕組みを解き明かすため、鈴が白羽の矢を立てたのがこの村であった。
海沿いに向かって軽の乗用車がのろのろと走る。次々と車に追い抜かれ、あまつさえ原付にまで抜かれていく始末だった。
田舎道をゆったりと走るその姿は何とも牧歌的だが、その速度を維持しているのには意味がある。
一つ目は、速度を出しすぎても結局は意味がないこと。鈴にかけられた呪いはどれだけスピードを出しても、常に一定距離を保ちながら追い続けてくる。
二つ目は、鈴がそろそろ限界に近づいていたこと。限界とはいっても、黒髪の悪鬼にどこまでも追いかけまわされる現実に耐えきれなくなったわけではない。
不幸にも呪いのメールを見て、”十和子”の呪いを受けてから3日が経過していた。
その時点で、鈴はすでに3日徹夜で実験の計算をしていたのだ。
その後もカフェや大学構内、遊園地まで出張って様々な実験に走り回っていたため、ほとんど睡眠をとれていない。
早く移動したとしても無駄だったため、移動時間をせめて睡眠に費やそうという珠江の提案だった。
「……久しぶりにまともな睡眠にありつけたわ……」
「随分とぐっすりとお休みでしたね」
とろとろとアクセルを踏みながら、のんびりとした表情で珠江がほほ笑む。
速度も低く横を向く余裕があったらしく、かわいらしい鈴の寝顔を堪能していたらしい。
「そろそろ目的の場所に着くみたいね」
「そうですね……それにしても、こんなところに来てどうするつもりなんです?」
「さっき言わなかったかしら?ここには、世界でも有数の放射線の施設がそろってるのよ」
放射線といわれても、珠江には漠然とした知識しかなかった。
何やら人体に有害であることと、眼には見えないこと。その程度だ。
そんな乏しい予備知識から鈴の意図を推測すると、珠江はゾッとした表情になる。
「まさか先輩……放射線のビームで”十和子”を退治するつもりなんですか!」
顔をこわばらせながら大真面目に背後を指さす珠江。
指さした先には、車と全く同じ速度でこちらの後をつけてくる、ズタボロの白衣を身に纏った長くボサボサの黒髪の女性があった。
震える指をそっと押さえながら、鈴は可愛そうなものを見るような目で優しく珠江を諭す。
「そんなことできるわけないでしょ?放射線や粒子加速器の制御は極めて厳重に管理されてるの。一介の研究者であるあたしにおいそれと扱えるものじゃないのよ?」
「……その口ぶりだと『権限さえあればやってみたい』とも取れますけど?」
「物体に干渉しないとはいえ、あたしたちに実像を見せている以上、空間に何らかの干渉しているのは間違いないわ。確かに高強度のX線あたりを浴びせてやれば何らかの変化が確認できるかもね」
大真面目にブツブツと検討を始める鈴だったが、その様子にふと次の疑問が浮かんだ。
「そういえば、先輩ってあの”十和子”本体についてはあまり興味がなさそうですよね?どうして私達だけに見えるのか、とか……見える以上は何か仕組みがあるはずじゃないです?」
「いい質問ね。でも、愚かな質問でもあるわ」
褒められたのか呆れられたのかいまいち要領を得ず、珠江はどういう表情をすれば分からなくなった。
こういう時は、お決まりのこのセリフを言うに限る。
「と、言いますと?」
「検証できないものは検証しない。アレの正体については、今のところなんの仮説もたっていないわ。仮説もなしにむやみに実験するのは、嫌いなの」
「そんなもんですかね?」
「普通なら何か月かけても仮説をひねり出すところだけど、流石に今はそんな時間がないもの。わかるところ、重要なことから検証してくしかないでしょ」
「でも、ビームを浴びせる以外に、こんな場所にどんな用事があるんです?」
フッフッフ、と不敵な笑みを浮かべて、両の手を直角にクロスさせる。
まるでスペシ〇ム光線を打つような仕草で珠江に振り向く。
「試すのはビームじゃないわ」
両の手を解くと、今度は四角い枠を描くように上から下に指をなぞっていく。
「試してみるのは、バリアの方よ!」
「どうでもいいですけど、その仕草、歳がバレますよ?」
苦笑いする珠江に、珍しく恥ずかしそうに頬を赤らめる鈴であった。
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