本当に逃げ切れないのか検証してみる 2
「おいおい、マジかよ!?」
「ちょっと、これはSSRクラスだな。滅多にいねえぜ」
「いいや、URだね。こんな可愛い娘、見たことねエもん」
遊園地の人気アトラクションである超巨大迷路は、通路の横幅だけで大人3人は優に通れるほどに広大だ。
その広大な通路をふさぐように、軽薄そうなファッションに身を包んだ若者3人が鈴の姿を認めてどよめきたっている。
「ちょっと小柄だけど、そこがまたいいね。金髪も似合ってるし」
「白衣なんか着て、看護婦コスか?」
「バカ、あれは化学実験とかで着るやつだよ。女教師コスだぜ、きっと」
どうやら、コスプレイベントの参加者と間違われているらしい。
こういったイベントの参加者目当てにナンパにくる男性たちも意外に多いらしく、彼らは想像以上の獲物を見つけてテンションが一気に上がっていた。
「その衣装、超似あってるね。ねえ、一緒に撮影してもらってもいい?」
「今一人?」
手慣れたしぐさで、あっという間に鈴の周りを取り囲んでしまう。
小柄の女性、しかも一人とあれば、こういった状況に追い込めば委縮してしまうことを経験で知っているのだ。
だが、今回の獲物は見かけだけではなく中身まで規格外だった。
底冷えするような青い視線をぶつけ、たった一言こう返事する。
「残念ながら、二人連れよ。もう一人の娘は今、物凄い勢いでこっちに向かってるわ」
生まれつき嘘の苦手な鈴は、正直に今自分が置かれている状況を説明する。
「ちょうどいいじゃん。もう一人の娘も君みたいに可愛いの?」
そう問われると、とっさに鈴は目を閉じて考え込む。職業柄、人から質問されると真面目に返事してしまう癖が染みついていた。
「髪の毛はあたしよりも長いかもしれないわ。性格は一途で真っ直ぐよ。一度抱きしめたら死ぬまで放さないでしょうね」
正直に答える鈴に、若者たちはさらに色めきだつ。
他にも呪いに興味を持つものがいるとは思わなかったため、彼らのリアクションは鈴にとっては新鮮な体験だった。
「それじゃあ、もう一人の娘と合流するまで何かして遊ぼうぜ」
「こんな格好してるんだから、何か講義でもしてもらおうかな」
若者の提案に、鈴の眼が怪しく光る。
予備校の講師のバイトもしていた彼女にとって、講義という言葉は実験に匹敵するほど魅力的な響きだった。
「いいわよ、量子力学から電磁気、有機化学まで何でもいらっしゃい」
自分が呪い殺されそうになっていることも、ここが遊園地の迷路の中であることもすっかり忘れ、講義を始めようとする鈴。
ノリの良いコスプレイヤーと勘違いした若者たちは、さらに調子づく。
「そんじゃあ、ナンパ成功のためのテクニックを教えてもらおうかな」
「おいおい、ナンパする相手にする質問じゃねえだろ」
ふざけた様子で勝手に盛り上がる若者たち。しかし、鈴は愚直に質問に回答しようと思考を巡らせる。
「ナンパの成功って、どういう状態を指すのかしら?もう少し具体的に説明して頂戴。定義が曖昧だと、回答できないわ」
「ナンパが成功するって……そりゃあ、最後にはお持ち帰りするところまで行くってことでしょ」
「お持ち帰りをして、どうするの?」
真剣な様子で尋ねる鈴の剣幕に、若者はニヤついた表情で話をはぐらかす。
人通りの多い、昼間の遊園地でそんなことを堂々と話せるほど、彼らも肝が据わっているわけではない。
「そんなの決まってるじゃねえの。なあ……?」
隣に立つ友人に同意を求めるように話を振る。
すると、鈴のターゲットはその隣の若者に移動した。
「しっかりと、具体的に説明して頂戴!」
次第に業を煮やしつつある鈴。口調が強くなり、美しい青い瞳が剣呑に吊り上がりつつあった。
彼女は、相手が何を言っているか理解できないことを最も嫌う。
「こんなとこで言えるかよ!」
顔を赤らめる若者を笑いながら、リーダー格と思われる背の高い男性が助け舟を出すようにこう答える。
「いわゆる、結合状態ってやつだよ。男女の結びつき、分かる?」
「なんだ、結合に関する講義を受けたかったのね?あんたたち、なかなか本質的な議論が好きなのね」
「そりゃあ、俺たちも若い男の子だしな。そういうことに興味を持つのは当然じゃね?」
「いいえ、最近の若者にしては感心だわ。いいでしょう、それじゃあ講義を始めましょう」
そういうと、懐から太めのペンを取り出すと、ためらうこともなく迷路の壁に数式を書き始める。
「そもそも、現代科学において結合をつかさどるのは4つ、もしくは3つの力といわれているわ。一つ目は重力。これはみんな知ってるでしょ?二つ目は電磁気力。磁石がくっつくのはこの力が作用するためよ。三つめが強い力。原子核を形成しているのがこの力よ。この力を解放するのが、いわゆる放射性核崩壊ね。最後が弱い力。ベータ崩壊を制御する相互作用よ。これは”電弱力”と呼ばれる統一理論で電子力と一緒に説明できることが判明しつつあるわ」
と、ここまでを一気にまくしたてると、鈴は熱を帯びた視線で若者たちを振り返る。
いつの間にか、背後には壁一面にびっしりと複雑な数式が埋め尽くされていた。
「ここまでで、何か質問はある?」
「「「……」」」
三人は、そろって棒立ちになっていた。揃いも揃って、頭の上に疑問符を浮かべたままだ。
「おい、なんかヤベえんじゃねえの、この女」
「見た目は抜群なのに、残念過ぎんだろ……」
ドン引きしたままこそこそと作戦会議を始める二人。しかし、リーダー格の長身だけは諦めていないようだった。
彼は、鈴の顔の半分を覆う、無骨な黒縁メガネに目をつけた。
「こういうキャラ作ってんだろ?コスプレする娘って、衣装に合わせて役になり切るって聞いたことあるからな。この娘の場合、眼鏡を取られると性格が一変するって設定なんじゃ……」
男の指先が鈴の眼鏡に触れた瞬間。
彼女の視線が一気に鋭くなる。
「あたしの眼鏡に、触らないで!」
小柄で腕も細い彼女にできる抵抗といえば、せいぜい腕を振り払う程度だっただろう。
しかし、実際に鈴がとった行動はもっと過激だった。
四本の指を逆につかみ返し、全体重を乗せてめいっぱい内側に捻り上げる。
右脇をすり抜けて背後に回り込むと、回転の勢いをそのまま前方に送り出してやる。
捻り上げられた痛みで体が持ち上がり、回り込まれた勢いで前かがみにお辞儀して、前方に投げ出された男の行く先には、当然ながら講義の内容がびっしりと埋め尽くされた固い壁が待っていた。
「ぶべっ」
間抜けなうめき声をあげ、長身の男が力なく床に崩れ落ちる。
そんな彼の背中を見つめて、ようやく鈴は正気に返った。
「ハッ……!そうだ、あたし大切な実験の最中だったわ。講義はまた今度にしてあげるわ」
「ふざけんじゃねえ!」
怒りに身を任せ、残った二人の男が襲い掛かってくる。
迎え撃つことも考えたが、流石にいろいろと問題があると考えたのか、鈴はすぐさまその場から退散したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます