本当に死ぬのか検証してみる 4


 渋滞のない国道を飛ばしながら、背後に視線を送る。

 大学にやってくる際にも確認したことだったが、さすがに時速60kmで飛ばすバイクには追い付けない。


 珠江の直感がようやく警報を取り下げてくれた。

 強烈な向かい風に、安どのため息をほどけさせる。


「どうやら、無事に逃げ切ったみたいですね……」


 自分と、そして鈴が生き残れたことを改めて実感する。

 緊張が消えて、入れ替わりに数分前の体験が再び脳裏をよぎる。

 スロットルを握る手が震えるのが分かった。


 無理もない。

 幼い頃から人に見えないモノを何度も目にしてきた珠江にとっても、今回ばかりは図抜けて恐ろしい存在だった。

 しかも、それを目の前にして、しかも目も耳も塞ぐことができなかった。

 今思い出しても、”十和子”の不気味な声が何度も脳内で再生される。ズタボロの和服からはみ出る腐れきった腕を思い出すだけで、なぜか嗅ぎもしなかった生臭さまで脳裏をよぎるほどだ。


「せ、先輩……これから、どうするんです?」


 声を振り絞って、サイドカーの鈴を覗き込む。

 小柄な鈴は、サイドカーのシートにすっぽりと埋まっており、その顔を見ることはできなかった。

 何やら前のめりになって、体を震わせているらしいことだけが分かる。


「……無理もありません。私と違って、先輩は直接”十和子”の呪いに触れてしまったんですから……」


 心から心配するように、そっと鈴の背中を見つめる。

 恐怖に震える鈴は、珠江の言葉に返答する余裕もないのだ。


 珠江は、数刻前の鈴の実験を思い出していた。


 エレベータの中に待機し、扉の隙間から髪の毛だけを外にはみ出させる。

 ”十和子”は鈴の体の一部である髪の毛に触れることで呪いを発動させたが、所詮は髪の毛。エレベータに引きずられれば容易く千切れる。

 そうすることで、”十和子”の呪いを安全に実証できる算段であったが、実際は計画通りにはいかなかった。珠江の決断が無ければ、鈴は呪いの力で死んでいたかもしれなかったのだ。


「さすがの先輩も、これで懲りたでしょう?もう、あんな危険なことはやめて、他の専門家の話でも聞きに行きましょう。私のお父さんも含めて、力になってくれる人はいます」


「……」


 珠江の提案にも鈴は沈黙を保ったままだ。

 こんな鈴の姿を、珠江は見たことがなかった。どんな時も、珠江の言葉に小気味良い突っ込みを返してくれていたのが、今は見る影もない。

 うずくまって体を震わせる鈴の背中を見ることもできず、視線を再び正面に戻す。


 目前に赤信号。慌ててブレーキを踏む。

 向かい風がやむ。すると、サイドカーから聞きなれない音が聞こえてきた。



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ



「せ、先輩……?」


「……フ……フッフッフッフッフ……グフ……グフフフフフフ……」


 鈴は恐怖に震えて縮こまっていたのではなかった。

 一心不乱にノートPCを見つめ、そして不気味な笑い声をあげていた。


「先輩……まさか、さっきの実験データの解析をしていたんです?」

「実験の後に解析、考察をするのは基本でしょ?何言ってるの」


「……心配した私がバカでした……」

「そんなことよりこれを見て頂戴!」


 嬉々とした表情でスクリーンをこちらに向ける。そこには、三つのグラフが表示されていた。

 一つ目は右上がり、二つは平たん、三つめは右下がりの単純な折れ線グラフのようだ。

 信号が青になったので、バイクを走らせる。視線を正面に向けたまま、単純な疑問を鈴に返した。


「それ、何のグラフなんです?」

「圧力センサの継時変化を追ったグラフよ。一つ目があたしの肌、二つ目は服、三つ目はエレベータ内の気圧の変化を表してるの」


「……と、言いますと?」


 下手に知ったかぶりをすることほど、鈴に対して危険な行為はない。わからないことは素直にわからないという。珠江が身に着けた鈴の扱い方の一つだ。


「呪いの効果は、どうやら触れた対象にだけ発現するみたいね。あたしの服には全く圧力がかかっていないわ。それに、エレベータ内の気圧が下がったということが重要よ。圧死させるといっても、周囲の気圧を上昇させて圧力をかけるわけじゃなく、あくまであたしの肉体の結合力を強めて押しつぶす作用みたいね。あたしの体積が減った分、エレベータの気圧が下がったのよ。おそらく、この呪いにかかり続けたら、最終的にはボール状に圧縮されて死ぬんでしょうね」


 自分がどのように呪い殺されるのかを、こんなに嬉々として話す人間がいるだろうか?

 とても残念なものを見る目で、珠江は持論を展開する鈴の顔を見つめた。

 何が残念かといえば、こうして自分の説に夢中になっている時ほど、彼女を美しく見せる瞬間はないということだった。


「珠江には感謝しないといけないわね。あなたが予定より早くエレベータのボタンを押してくれたおかげで、あたしは生き残ることができたわ。もう少し圧力が高まっていたら、きっとどこかに深刻な後遺症が残っていたでしょうね」


「やっぱり……私、嫌な予感だけは外したことがないんですよね」


「掴まれた瞬間、全身が動かなくなったの。きっと、結合を強める作用で筋肉も硬直させたのね。今回のようなケースじゃなければ、ちょっとでも触れられたらその時点でアウトよ……」


 身を震わせる鈴。

 普通ならば臨死体験をした恐怖に震えているところだろうが、顔面に狂気の笑みを張り付けたとあっては武者震いと解釈するしかないだろう。


「……珠江、あたしはやるわよ」

「なにをするんですか?」


 呪いよりも恐ろしいものを見る目で、珠江がそう尋ねる。

 決意を秘めた鈴の、宣戦布告が鳴り響く。


「この呪い、絶対に解明してやるわ!」


 天に向けて拳を高々と振り上げる鈴。

 こうなってしまえば、誰も彼女を止められない。何度もこうなってしまった鈴に付き合わされてきた珠江は、諦めたようにバイクのスロットルをひねった。


「とりあえず、いつものように最後まで付き合ってあげますよ」

「ちなみに、こういうのをあなた達の世界では”解呪”っていうのよね?」


「……意味が違います……」

 


―――十和子の呪いに関するレポート(1日目)―――


・対象者をどこまでも追い続ける

・対象者と一部の人間以外には視認できない

・対象者に触れることで、対象者の表面結合を促進して圧力を高める


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