本当に死ぬのか検証してみる 3
珠江の目の前を、”十和子”の腕が通り過ぎる。
想像以上に動きが素早い。そして、その動作には何の躊躇も慈悲もない。まるで機械のように一定の速度で、”十和子”が鈴に触れる。
(始まった……!)
心臓が跳ねるのを感じながら、落ち着いて手にしたスマホの画面を操作する。
鈴の指示では、ボタンを押すのは30秒後。それまで、”十和子”の目の前で息をひそめていなければならない。
ボタンと鈴の位置関係上、”十和子”は珠江の、まさに目の前に立っている。
目を閉じたらストップウォッチが見えないため、必死に視線を集中させる。
それでも、耳に入り込む”十和子”の声だけは防ぐことができない。
ブツブツとくぐもった不気味な声がぼさぼさの黒髪の奥から漏れ出てくる。
(早く終わって……!でも、まだ3秒しかたってないの!?)
祈るように画面を見つめるが、無情にも画面のカウンターは緩やかに時を刻み続ける。
(先輩は、大丈夫って言ったけど……。今、この瞬間にこっちを向いて『次はお前だ!』とか言い出すかもしれないんですよね……)
とんでもない想像が頭の中に膨れ上がり、一気に恐怖が爆発する。
恐怖をごまかすように、スマホの向こうの鈴に話しかける。
「先輩!まだ10秒です……。先輩は大丈夫ですか……」
『……』
電話の向こうからは、何の返答もない。
いつもの、ちょっと間抜けな甲高い声がスピーカーから聞こえることはなかった。
鈴の透明で涼やかな声は、スマホの機能では再現できないのだ。
「って、そんなこと気にしてる場合じゃ……!先輩!?返事をしてください、先輩!!」
目の前の”十和子“の恐怖よりも、鈴から返事が来ない心配が勝利した。
扉の向こうにいるであろう鈴に、直接声をかけるべく大声を張り上げる。
しかし、それでも鈴からは何のリアクションもなかった。
「嫌な……予感がする……!」
冷や汗が一気に噴き出る。
科学的根拠はない。しかし、彼女が生来備えた直感が全力で告げていた。
今、すぐに行動しなければ絶対に後悔する、と。
決断してからの珠江に躊躇はなかった。
スマホのストップウォッチが後何秒をさし示しているか見もせずに、ボタンを力強く押し込む。
重要なのはボタンを押すタイミングと、押すボタンの”上下”を間違えないこと。珠江は予定通り『↓』のボタンを押していた。
ゴウン と重たい機械音が鳴る。
それに従い、”十和子”が掴んでいた鈴の髪の毛が、地面に吸い込まれるように下がっていく。
“十和子”の指はまるで万力のように髪の毛を掴んで離さないが、それでも掴んでいるのは僅か数束。エレベータの隙間からはみ出た髪の毛は容易く千切れ、頼りなく宙にぶら下がった。
「後は、私が急がないと!」
ぼんやりとエレベータの行く先を見つめる”十和子”をよそに、珠江は全力で階段に向かって走り出す。
全力疾走で階段を下りると、一つ下のフロアに降りてきたエレベータの前に駆け寄る。
「先輩!」
「珠江……」
力なくエレベータの中に倒れ込む鈴を見て、絶句する。
しかし、彼女の直感はまだ警告を取り下げていない。小柄な鈴を抱きかかえると、すぐそばに控えさせていたバイクに無理やり押し込む。
繰り返すが、ここは大学の構内である。休日で人がいないのをいいことに、珠江は遠慮なくスロットルを全開にした。
エンジンの爆発音が廊下に鳴り響く。屋外とは異なり、室内でのエンジン音はあちこちに反響して一際やかましい。
「やっぱり、来た!」
背後を振り返ると、そこには階段を下りてくる”十和子“の姿。
先ほどと変わらぬ歩幅で、淡々とこちらまでの距離を詰めてくる。
「非常口はあらかじめ開けておいたわ……全力で飛ばしなさい……」
「掃除のおばちゃん、ごめんなさい!!」
場違いな謝罪の声とともに、車輪が空転して廊下の絨毯をこすり上げる。
焦げ臭い嫌な臭いを残して、バイクはあっという間に大学構内から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます