本当に死ぬのか検証してみる 1
「呪われたって……先輩、頭は大丈夫ですか!?」
「あたしは真面目に話してるわ。それに、呪いや呪術に関してはあなたの方が詳しいでしょ?」
「そりゃあ、実家の神社にそういうことを依頼しに来る人もいますけど……って、先輩の用事って、まさか私に除霊させるつもりだったんです!?」
都心の大通りを早歩きで進みながら、珠江と鈴は息を切らせながら会話を続けていた。
時折、心配そうに背後を振り返る珠江。
何度振り向いても、そこには覆しようのない現実があった。
あまりにも非現実的な、現実だ。
全身ずぶ濡れ、ズタボロの白装束を身に纏った黒髪の女性が、ひたひたと二人の跡を追い続けている。
もしも、その女性の手に包丁でも握られていたのであれば、まだ救いがあったかもしれない。
しかし残念なことに女性は手に何も持たず、急ぐことも諦めることもせずにただ淡々と二人の後を追い続けていた。
さらに残念なことに、その姿は二人以外には全く視認できていない。
改めてその事実を確認すると、珠江は盛大にため息をついた。
「巻き込んでしまってごめんなさいね。でも、おそらくアレはあたし以外の対象には無害なはずよ。試しにあたしから離れてごらんなさい?」
言われるままに鈴から少し横に離れて距離をとってみる。
すると、ずぶ濡れの女性は珠江には目もくれずに一直線に鈴を目指して歩き続けている。
「ほらね?見えるからといっても、要はそれだけよ。それに、アレは時速約4㎞で歩き続けるだけ。完全な等速直線運動よ。こうやって早歩きでいる限りは決してこちらに追いつけはしないわ」
「それって、言い換えれば歩き続けてないと必ず追いつかれちゃうってことですよね!?」
「そうなのよ……。そのせいで、せっかくの実験を中断する羽目になったんだから。大学のスパコンをバレない様に小まめにハッキングして、ようやく実験条件を見つけるまで1年もかかったって言うのに……!こんな呪いごときに邪魔されるなんて……!」
心底悔しそうに歯を食いしばる鈴を、呆れるように珠江は見つめる。
「そういう意味で言ったんじゃないんですけどね……。それに、もう3日も寝てないんでしょ?」
「あたしの計算が間違ってなければ、世紀の大発見までもう一歩のところにこぎつけているの。寝ている場合じゃないでしょ」
「……そんなもんですかね?」
適当な相槌を打つことしかできずに珠江が口ごもるのを見て、鈴はようやく話題が盛大にそれていることに気づいた。
話題の軌道修正は本来は珠江の役割であったはずだが、今は気が動転しているせいでいつものようにはいかない。
「昨晩、あたしのPCに呪いのビデオなるメールが送られてきて、それを見た者は呪われるって説明が書かれてたの。ご丁寧に、その呪いがどんなものかまで解説付きでね」
簡潔に鈴は説明を始める。
How to curse (呪い方)
一.このビデオの映像を見た者は"十和子の呪い"を受ける
二.呪われた者には十和子の姿が見えるようになる
三.十和子はどこまでも呪われた者を追いかけ続ける
四.十和子に触れられると、全身がじわじわと締め付けられて圧死する
「なんだか、どこかで聞いたような内容ですね」
「聞いたことのない斬新な呪いとかあっても気味悪いだけでしょ。そもそも、呪い自体が気味悪いんだからどっちでもいいけど」
「それにしても、先輩って本当に運がないですね。こういう意味のない不幸を引き当てる天才じゃないです?」
珠江の指摘に、いつもの無表情な鈴の顔にわずかに苦いものが混じる。
生まれてこの方凶運というものに何度も遭遇してきた彼女には、いつの間にか"天災科学者"という不名誉な称号が付くようになっていたのだ。
運気という、現代科学では証明しようのないものに翻弄されることは屈辱らしく、鈴はその呼ばれ方を好ましく思っていない。
しかし、事実は事実として、しぶしぶ受け入れる。
「まったく、その通りだわね」
「それで、私へのお願いってのは、アレを除霊してほしいってことですよね?」
「え?何言ってるの?」
信じられないものを見るような目で珠江を見つめる。
女性でも思わず頬を染めたくなるほどに奇麗な青い瞳に射抜かれるが、今はそれよりも言葉の内容の方が気にかかった。
「神社の娘である私に、呪われた人がお願いするって、普通はそうじゃないんですか?」
「せっかくだから聞いとくけど、除霊って実際にどうやってるの?」
「そりゃあ、祝詞を読み上げて祈りを捧げ、大麻(おおぬさ)で参列者を祓うんですよ」
「それで、実際にどんな効果が出たの?今まで何人に除霊を実施して、何人から効果の確認が取れたの?」
「そんなの、確認したことないですよ……」
でしょうね、といわんばかりに肩を落とす鈴。
「決してお祓いの効果を否定するつもりはないけど……。その効果を検証するのは、先送りにしておいてよさそうね……」
「それじゃあ、本当になんのために私を呼んだんです?」
「いくつかの仮説を検証するためよ。一つ目は先ほど実証されたわ。あなたがアレを視認できたことで、これがあたし個人に見せられた幻覚ではないことが証明できた。これが一番重要なことだったから、いわゆる"霊感"がある人間の協力が必要だったの。おそらく、脳の構造に特殊な波長の光を認識する機能を持つ人間をそう呼ぶんでしょうね。あたしの場合、ビデオを見たことで視覚を通して一部脳機能に介入を受けた可能性が高いわ」
ここまでを矢継ぎ早にまくし立てて、なぜかドヤ顔で珠江にコメントを求めるように間を空けた。
鈴との付き合いも長い珠江は、こんな時にどうコメントをすべきかはしっかりと心得ている。
「なるほど、確かに筋は通っていますね」
珠江の感想に満足そうに頷く。
「ここに来る途中で、いろいろ実験してみたんだけど、どうにもあたしの幻覚じゃないかという疑いが払拭できなかったの。なにしろ、あたし以外にはだれの目にも映ってないし、どんなことをしても何の影響も受けないんだもの。電磁石、強風にもびくともしないし、火で炙っても水に沈めても全然動じない。試しに濃硫酸をかけてみても平然としたものよ」
「ここに来るまで、一体何をしてきたんですか……。そんなことをして、危ないと思わないんです?」
「バーナーを扱う資格は持っているし、濃硫酸もきちんとゴーグルをかけて、厚手の手袋を嵌めたわ。もちろん、かける際にはラベルは上向きにしておいたわよ?そうしないとラベルに薬品がかかって試薬名が読めなくなるものね?」
「いや、そういうことじゃないんですけど……。なんとバチ当たりな……」
「何言ってるの。そもそも、あれ自身がバチの塊みたいなもんでしょ?」
「バチにさらにバチ当たりなことをするのって、むしろ丁重にお出迎えしてるってことになるんでしょうか?」
またも盛大に話題が逸れつつあることに、今度は珠江自身が気付いたようだ。
彼女も、次第にこの異常な状況に順応しつつあるようだった。振り向いた先には、相変わらず"十和子"と呼ばれる白い女がヒタヒタと歩み寄っている。
「そ、それで……。他に協力してほしいことってのは何なんです?」
こんな状況であっても、珠江は鈴を見捨てたりはしない。
元々情に厚く情け深い性格でもあるが、なにより鈴にはこれまで数えきれないほどの恩を受けている。
見たこともない不気味な女に後を付けられながらも、それでも鈴の助力となるべく行動を起こそうとしている。
そんな珠江に心の中でそっと感謝を述べつつ、鈴は二つ目の仮説と、その検証方法を彼女に告げたのであった。
「決まってるでしょ?二番目に重要な仮説の検証よ。つまり……」
背後の"十和子"を指さしながら、明日の天気でも占うような気軽な口調でこう続ける。
「アレに捕まったら、本当に死ぬのか確かめるのよ」
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