あの場所へ

「飴さん」


京君は、俺から離れた。


「行って下さい!飴さんの大切な人の為に……」


「京君、ごめん」


「大丈夫です」


俺は、京君の言葉に深々と頭を下げる。


「気をつけて下さいね」


「ありがとう、じゃあ」


そう言って、俺は走った。


駅前で、タクシーを拾って、その場所に連れてきてもらった。


「ありがとうございます」


「はいよ」


タクシーの運転手さんに、お金を払って俺はその道を進んでく。


「ハリーさん……」


俺達が出会ったつり橋に、スーツを着た男が立っている。


「ハリーさん……」


「えっ!誰?」


そう言って、俺を見つめたのは知らないおじさんだった。


「すみません、間違えました」


「いやーー。いいよ!ここ、好きなんだよ」


「いい場所ですよね」


「そうだよなーー。凄く景色が綺麗でさーー。俺ね!時々、ここに来るんだよ」


ハリーさんと同じぐらいの年のおじさんは、ニコニコ俺に笑いかける。


「マイナスイオンが凄いよね」


「ですね」


「あっ、じゃあ!そろそろ仕事に向かわなくちゃ!じゃあね」


「はい」


その人は、いなくなった。


あっ、名前聞くの忘れてたな……。


ブー、ブー、ブー。


「はい」


『飴、今どこにいる?』


「それは、こっちの台詞ですよ」


その電話は、ハリーさんからだった。


『ハハハ、どこにいるんだ?』


「つり橋です」


『死んだりしないんだから、そんな場所にいるわけないだろうが』


「逃げてるって」


『あーー、色々あってな!でも、今から自首するから大丈夫だ』


俺は、その言葉に泣いていた。


「自首って、神楽を刺したんですか?」


『そんなの飴に教えるわけないだろ?』


「ハリーさん」


『じゃあな!美麗を頼むぞ!飴』


「待って、ハリーさん、ハリーさん」


プー、プー、プー


ハリーさんからの電話が切れた。


俺は、走って山を降りていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


スマホを開いて、タクシーを呼ぶ。


ここで、ハリーさんに出会った事とか……。


「飴よーー」って、俺を見つめてくしゃくしゃに笑う顔とか……。


「走馬灯みたいに思い出すんじゃねーよ」


俺は、デカイ声で叫んでいた。


まだ、開いてないけれど、視界に入ってる喫茶店で食べたナポリタンとか、気を遣って消した煙草とか、ハリーさんがあの日くれた言葉の一つ一つが頭の中をゆっくり流れていくから、涙が止まらなくなる。


「すみません」


タクシーが、目の前で止まった。


「雨宮さんですか?」


「はい」


俺は、涙を拭いながらタクシーに乗り込んだ。


行って欲しい場所を伝えるとタクシーは走り出した。


ハリーさんが、神楽を刺すなんてありえない。


タクシーの運転手がラジオを流している。


『先月から、公開された佐古十龍の映画が痺れましたねーー』


ラジオのDJは、佐古さんの映画の話をしている。


『本当に、僕と同い年か?って、疑いたくなる鍛え上げた肉体美とやっぱり整った顔立ちは今も健在ですよね』


そんなラジオを聞きながらタクシーが停まった。


「ありがとうございます」


「はい」


俺は、料金を払ってタクシーを降りて歩き出す。


ハリーさんが、自首をした。


本当の事を知ってる人は、この人しかいない気がしていた。


「やっぱり来たか!飴」


そう言いながら、お店の外を掃除していた常さんを俺は見つめていた。


「ハリーさんが……」


「何て酷い顔してんだよ!昔みたいによ」


そう言いながら、常さんは俺の肩を叩いた。


「コーヒー淹れてやるから!入れ」


「はい」


俺は、常さんの店に入った。


カウンターに座ると常さんは、コーヒーを淹れてくれている。


「ハリ坊の事務所は、これから大変になる」


「はい」


「ハリ坊がよ!俺と飴にとんでもない宿題を置いていったぞ」


そう言って、常さんはコーヒーを差し出してくれる。


「宿題ですか?」


「ああ!これだ」


それは、コピーされた膨大な資料だった。


「これは、何ですか?」


「ハリ坊の事務所の芸能人の一覧と寮に住んでる人達や今後の仕事のスケジュールとかだな」


そう言いながら、常さんは顎を擦りながら、その資料を見つめている。


「大変ですね」


「何、他人事ひとごとみたいに言ってるんだよ!飴」


そう言うと常さんは、煙草に火をつけながら笑っていた。

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