夏生さんの想い
「飴君、それ渡してくれる?」
そう言われて、タオルを渡してと夏生さんに言われた。
「いいですよ。恥ずかしいので、そのまま帰りますから」
「それは、駄目だよ」
「ビニールくれたら、捨てておくので」
「私が、捨てておくから」
夏生さんは、そう言って俺にビニール袋を渡してくれた。
「今のキスは、技術で愛を感じなかった事は飴君にはわかるかな?」
「はい、なんとなく。美麗の時とは違いました」
「そうだろう?それが、技術と愛情の違いだよ」
そう言って、夏生さんは頷いていた。
それならば、夏生さんは俺に100%のキスを出していないと言うことになる。
だとしたら、佐古さんは、果たして夏生さんを忘れられてるのだろうか?
俺の考えを遮るように夏生さんは、「袋にいれて、捨てておくから」と言った。
「わかりました。タオルは、後日買って返します」
俺は、夏生さんに申し訳ない顔をしていた。
「いいの、いいの。気にしないで。観月がいくらでも持ってきてくれるから」
そう言って、夏生さんは笑ってくれる。
「あの佐古さんとの話を聞かせてもらえますか?」
「構わないよ」
夏生さんは、また優しく俺の髪を撫でてくれる。
「佐古十龍と初めて会ったのは、雪がちらつく季節だった。私の元にハリーさんが連れてきたんだ」
俺は、その言葉に目を瞑りながら聞く。
夏生さんの過去の話ー
「お久しぶりです」
「あー。久しぶりだな、なっちゃん」
「お元気そうでよかったです」
「元気だよ。なっちゃんも、頑張ってるんだな」
「はい、今日は何かご用ですか?」
「今日は、なっちゃんにお願いがあってな」
「はい」
「こいつなんだが、佐古十龍って言ってな。今、俺が売り出してる俳優だ」
「はい、初めまして。
「夏と夏で、なっちゃんだ」
「初めまして、佐古十龍です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。それで何をすればいいのですか?」
「今度、佐古の人生を変える映画を撮るんだけれど…。ラブシーンがあってな。でもな、佐古は、色気が全くないんだ。年齢が若いからってのもあるんだけどな。それだけじゃない。だから、なっちゃんと過ごして、どうにか佐古に色気をつけてやってくれないか?」
「わかりました。やってみます。いつ、撮影ですか?」
「半年後だ。それまでに、頼むよ。なっちゃん」
そう言って、ハリーさんは帰っていった。
それから、半年間。私は、佐古十龍に演技指導をした。
キスシーンのやり方、どうすればセクシーに見えるか、女優さんと抱き合うシーンの練習をしたり。
それだけじゃない、たくさん話もした。
私にとっても十龍にとっても、濃密な時間を過ごした。
半年後、私と十龍の関係は終わった。
「夏生に、お礼をさせて欲しい」
映画がヒットした事で何度も連絡を受けたけれど、私は十龍には会わなかった。
会いたくなかったわけじゃない。
これ以上、深入りしたくなかったのだ。
夏生さんが、話終えると俺はゆっくりと目を開けて夏生さんを見つめていた。
「私はね、好きになってしまったんだ。佐古十龍を…。だから、もう二度と会わないって誓ったんだよ」
夏生さんは、そう言って寂しそうに目を伏せた。
「飴君、死ぬのがわかってから私はずっと十龍に会いたいんだ。でもね、自分から終わらせてしまったから…。どんな顔をして今更会えばいいかわからない。それに、こんなにも痩せた体で会いたくないんだよ」
夏生さんは、そう言って泣いている。
俺は、そんな夏生さんを抱き締めた。
「それでも、会いたいんですよね?」
「飴君、本当はとても会いたいんだ。会いたくて、堪らない。でも、怖いんだ。だから、どうしていいかわからないんだ」
「夏生さん、もし佐古さんから会いに来たらどうするんですか?」
「どうしたらいいんだろうね。わからない」
「でも、生きてる間に会わないと絶対に後悔しますよ」
佐古さんも夏生さんも絶対に後悔するのが俺にはわかる。
「わかってるよ、飴君。少しだけ時間が欲しい」
そう言って夏生さんは、ベッドに横になった。
「薬のせいかな?疲れてしまったよ。少しだけ休みたい」
そう言って夏生さんは、目を閉じた。
俺は、夏生さんが眠ったのを確認してから、病室を出た。
「飴ちゃん、夏生はまだ生きてるか?」
病室を出た瞬間に声をかけられた。
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