夏生さん

朝になって京君は家に帰って行った。


俺は、京君が帰るとすぐに夏生さんに電話をしていた。


美麗を知った俺には、もう耐えられそうになかった。


夏生さんは、相変わらず、すぐに電話に出てくれた。


『久しぶりだね、飴君』


「お久しぶりです」


『突然、連絡をしてくるなんて…。私に何か、聞きたいことがあるのかな?』


「はい、久しぶりに夏生さんにお会いしたいです」


『わかった。じゃあ、待ってるよ。住所はメールする』


「わかりました」


俺は、夏生さんとの電話を切った。


俺は、服を着替ると、すぐに夏生さんの元へ向かった。


教えられた住所にやってきた俺は、扉をノックした。


コンコンー


「どうぞ」


「夏生さん、お久しぶりです」


「久しぶりだね、飴君」


「痩せましたね」


「ハハハ、そうだね」


俺は、夏生さんのベッドの近くに座った。


「いつからですか?」


「飴君に声をかけたのは、初めての癌が見つかった後なんだ。出会った時には、治療を終えて、もう完治していたんだけどね」


そう言って、夏生さんは懐かしそうに笑っている。


「再発を知ったのは、飴君が美麗くんと出会って私の元を去ってすぐの頃だった」


そう言って、また夏生さんは笑ってくれる。


「夏生さん、教えてくれたら、よかったのに…」


「幸せを手に入れた飴君を引き留める理由は、なかったよ」


夏生さんは、そう言って首を横に振った。


「それで、今また入院ですか?」


「先月からね。騙し騙しやってきたのだけれど、もう何も出来ないようだ。ここは、最後の余生を過ごしてるって感じの所だよ」


「夏生さん、俺に連絡してくれたらよかったのに…」


「最後に会いたかったのは、飴君だったから会えて、とても嬉しいよ」


夏生さんは、そう言って、俺に柔らかい笑顔を向けてきた。


「あの仕事は、今もまだ続けてるんですか?」


「そうだね。私の下で働いてる人が続けてくれてるよ」


「そうなんですね」


「飴君、何か、聞きたいことがあるのかな?」


そう言った夏生さんを俺は見つめていた。


夏生さんは、痩せた。


あの頃より、凄く痩せてしまった。


「あの、俺、美麗と別れたんです」


「それは、なぜ?」


「これから、佐古十龍になる男だからですよ」


「そうか、佐古さんにね」


そう言って夏生さんは、机の上の雑誌をめくっている。


「それで、私に何の話があるのかな?」


「ラムネって知ってますか?」


「今、若者の間で流行ってるようだね」


俺は、金森のスマホから転送した動画を夏生さんに見せた。


「宗方だな」


「知ってるんですか?」


「ああ、薬物を使って遊んでる。神楽かぐらと一緒にやっている。警察でも尻尾を掴めない薬物を私に探させるのか?」


「いえ、宗方道理に会いたいだけです」


「会って、殺すつもりか?飴君」


「わかりません」


俺は、そう言うと涙が止まらなかった。


「この動画で、誰かに脅されている。そんな自分を許せない。それで、私に会いに来たって事かな?飴君」


夏生さんは、涙で答えられない俺にそう言った。


「誰に脅されているのかな?」


「金森翔吾です」


「へー。あの俳優君か」


「はい」


「わかった。宗方道理を見つけてもらうよ。そして、その画像や動画を利用できないように話をつけてあげる。だから、少しだけ時間をくれないか?飴君」


「そしたら、俺はまた美麗に会えますか?」


俺の頬の涙を夏生さんは、拭ってくれる。


「私が、教えた全てをもう他の人には使いたくないんだね。でも、よかったよ。美麗君を失っても、誰かが君を支えてくれているみたいで…」


夏生さんは、そう言って笑ってくれた。


俺の脳裏に、恋と京君の姿が浮かんだ。


「飴君の望みは、なに?」


「もう二度と、俺にも、美麗にも近づいて欲しくない」


「わかった。宗方道理を見つけたら、必ず連絡する。飴君、どうかそれまで頑張って欲しい。出来るかな?」


「はい。俺は、夏生さんを信じてますから…」


「約束は、必ず守るよ」


そう言って、夏生さんは俺の髪を優しく撫でてくれる。


「夏生さんの願いは、何ですか?」


「もう、叶ったよ」


そう言って、夏生さんは笑った。


「嘘ですよね。俺と夏生さんの関係は、そんなプラトニックじゃなかったですよ」


「それでも、私はもう出来ない。治療を繰り返して、機能もしない。ただ、飴君と話せるだけでよかった」


「だから、キスだけはできますか?」


そう言って俺は、夏生さんにキスをした。


夏生さんには、いろんな事を教えてもらった。


だから俺は、夏生さんを最後まで見届けたいと思った。


ゆっくりと俺は、唇を離した。


「前よりも、ずいぶんうまくなったね」


そう言って夏生さんが、笑って俺の頬を撫でてくれる。

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