ご指名

俺は、今日もルージュに出勤していた。


開店準備を始める。


「飴ちゃん、はい鍵。来週からは、先に開けてね」


「わかりました。」


ママに言われて、鍵を受け取った。


「あっ、そうそう。飴ちゃんを指名してくれる人がいたら色つけたげるから」


そう言って、ママは煙草に火をつける。


「俺を指名する方は、いませんよ」


そう言って、俺は、笑った。


「おはようございます」


ママは、そうかしら?と言いたげな顔をして俺を見つめていた。


扉が開いて恋が出勤してきた。


「飴ちゃん、今日も風鈴でよろしく」


「わかってるよ」


俺は、そう言って恋に笑いかけた。


「恋ちゃん、昨日フリフリスカートと帰ったって?」


ママは、俺と恋のやり取りを見つめてからそう言った。


「あーマスター、またママに言ったの。隠し事できないじゃん」


そう言いながら、恋はプンプンしながら服を着替えにいった。


スナックではあるが、裏に着替える場所が完備されている。


「おはようございます」


「おはようございます」


珠理さんが、やってきた。


また、今日も忙しい一日が、始まる。


「飴ちゃん、アイス」


「はい」


「飴ちゃん、お水」


「はい」


「多田さんのボトルだして」


「はい」


「飴ちゃん、ビール」


「はい」


開店してから、休む間などない店内。


夜中の12時を回った頃に、俺を指名するお客さんが初めて現れた。


「飴ちゃんと飲みたいのだけれど」


「あら、ちょっと暇になったから飴ちゃんついてあげて」


俺は、ママに言われてその人の所に行く。


「はい」


俺は、その人の前にやってきた。


「初めまして」


「ビール飲まない?」


「はい」


奥二重の切れ長の目に、ドキリと心臓がする。


「どうぞ」


「ありがとう」


その人は、ニコッと笑うだけで、醸し出される雰囲気がくるくると変わるのを感じる。


一体何者なんだろうか?


俺は、不思議に思いながらも、接客する。


その人から、最初に受けた妖艶さが、笑えばたちまち消え去る。


「まさか、俺を指名する人がいるとは思いませんでした。いただきます」


そう言って、俺はグラスを合わせた。


「ハハ、そうかな?君は、自分が思ってるより素敵だよ。申し遅れたね。私は、西城理さいじょうおさむだ。初めまして」


そう言って、名刺を渡された。


「よろしくお願いします」


そう言った俺に西城さんは、笑いかける。


「飴ちゃんは、昔、体売ってたよね?」


西城さんの言葉に心臓が波打つ。


答えられない俺に、西城さんは…


「私は、飴ちゃんのような個人ではないが、芸能人やお金持ち向けのデリヘルをやっている。繋げば、一回100万。すごい商売だろ?」


「そうですね」


西城さんが、何故この話を俺にするのかが、理解出来ずにいた。


西城さんが、煙草を咥えたのを見て、すかさず俺はマッチで火をつける。


「ありがとう。もう二度とやらないのか?」


「あの仕事は誇りでしたが、それよりも大切な人が出来ましたから…」


俺は、そう言って笑う。


「そう、大切な人ね」


何かを言いたそうな表情を西城さんは浮かべた。


「まあ、この話しはやめよう」


そう言って、西城さんは話を変えてくれる。


そして、他愛ないやり取りを30分程して帰って行く。


「じゃあまた、相手をしてくれ。飴ちゃん」


「はい、わかりました。ありがとうございました」


俺は、西城さんを見送り深々と頭を下げた。


「不思議な人に気に入られたわね。飴ちゃん」


ママはそう言って笑っていた。本当に不思議な人だった。


今日のお店も無事に終わり、恋と珠理さんは着替えをして帰っていった。


「じゃあ、お先に失礼します」


俺も片付けを終えて、ママに頭を下げる。


「恋ちゃんをよろしくね」


「わかっています」


俺は、もう一度お辞儀をしてから、風鈴に向かった。


カランカランー


風鈴にはいると、マスターが目配せであそこと言った。


俺は、恋の隣に座る。


座った瞬間に、何も言わなくても京君が、ビールを出してくれた。


「ありがとう」


「はい」


顔を真っ赤にしながら京君は、去っていった。


「恋、昨日は楽しめた?」


「飴ちゃんは、本命とやったんだ」


カッターシャツから、見える俺の鎖骨を恋は指差した。


「キスマークついてるよ」


そう言って、手鏡を渡された。


本当だ!全く、気づかなかった。驚いた俺の顔を見ながら、恋はニコニコ笑いながら…。


「最後だからつけたのかな?」


恋は、楽しそうに言いながら俺から手鏡をとる。


「そうなのかもな」


その言葉に恋は、俺を見つめて、「涙が止まらなかったんでしょ?」と聞いてきた。


「ああ」


「私も最初そうだったから、わかるよ。何度もその度に振り出しに戻った。だから、最後にあれ…」


そう言って、恋はカクテルを飲んだ。


そして恋は、俺に笑いながら話し出す。



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