ちゃんとしなきゃな

ハリーさんとの思い出を思い出しながら、コーヒーカップを洗い終わった。


俺は、ソファーに座りに行く。


美麗の事が、大好きだけれど…。


それ以上に俺は、ハリーさんが大切だった。


俺と出会った時のハリーさんは、まだ今みたいな額を稼いではいなかった。


大きな一軒家を、都市部から離れた場所に買っていた。


ハリーさんは、俺みたいな人間ひとを連れてきて住まわせる為に一軒家を買ったと話していた。


俺は、20歳の誕生日に最小限の荷物と共に、ハリーさんの家を出たのだ。


25歳で、俺が事務所を辞めた後もハリーさんは心配してちょくちょく様子を見に来てくれていた。


俺が、体を売る商売を始めたと知った時、ハリーさんはすごく悲しんだ。


それでも、俺の決めた事を尊重してくれた。


美麗と出会った頃には、その仕事でもうすでに億は手に入れていた。


いつだって辞めれたのに、辞めたくなかったのは、誰かに必要とされてるのをダイレクトに感じられたからだった。


だから俺は、その仕事が好きだった。


美麗に、俺の給料を払うと言われた時、こんな子供がきに俺の稼ぐお金が払えるわけがないと思っていた。


11歳も離れたクソガキ。


それが、美麗の第一印象だった。


正直、付き合うってのも意味がわからなかった。


俺は、ずっと恋人とくていを作ってこなかったから。


誰かと何かを築き上げる事も、誰かとデートする事も、全く興味がわかなかった。


それと同じで、食べ物や飲み物にも興味がわかなかった。


そんな俺に、ハリーさんは、いろんな食事を与えてくれた。

佐古さんや常さんも同じだった。


だけど、俺自身が食べる行為を苦痛に感じている以上、何を食べようが飲もうが美味しさは感じられなかった。


何を食べても、何を飲んでも、美味うまくない。無理やり、喉に流し込む。そんな日々を続けていた。


そんな俺が、5年前、初めて食事を美味しいと感じた出来事があった。


5年前ー


美麗と付き合って、9ヶ月目が経っていた。


「外で、ご飯食べたい」


「何を食べても同じだから好きにすればいい」


俺の言葉に美麗は唇を突き出しながら、

「冷たいな、飴ちゃん」と怒っていた。


「そうかな?」


「じゃあ、ここのサンドウィッチ買って帰るよ」


外でとは、サンドウィッチを食べる事なのだろうか?俺は、美麗の言葉がよくわからなかった。


美麗は、カツサンドとタマゴサンドを購入していた。


「ここは、タマゴサンドが本当に有名で手に入らないぐらいなんだよ」


「へー」


コーヒーとサンドウィッチを持って、歩き出す。


暫くして、だだっ広い、誰もいない広場のような公園にたどりついた。


「飴ちゃん、座って」


「ああ」


俺は、美麗の隣に座った。


「おしぼり」


「ああ」


そう言われて、俺は手を拭いた。


「はい」


「ああ」


俺の口に美麗は、タマゴサンドをいれてきた。


「………うまい」


「でしょう?」


胸の奥が、ジーンとして舌が味をダイレクトに受け取ったのを俺は感じた。


両親がいなくなって、初めて食事を美味いと感じた瞬間だった。


それと同時に、ああ俺は、この子を愛してしまったのだと強く感じてしまった。


この後、最後までした俺達は離れられない関係になってしまったのだ。


複雑に絡み合う関係


どこからが自分で、どこからが相手なのかがわからない関係


そして、現在いま


美麗とお別れしてからの痛みは、凄まじかった。


複雑に絡まりすぎた俺達の心は、ほどくのが難しい。


それをわかっているのに、手離さなくちゃならなかった。


俺は、美麗のお陰でハリーさんや常さんや佐古さんと食べる食事も美味しく感じるようになっていった。


だから、俺に美麗はもう必要じゃないだろ?


美麗のパーカーをなんで着たままいたかな


ハリーさんの煙草の匂い吸ってるじゃねーか。


俺は、パーカーを脱いで洗濯機に入れた。


「さよなら、美麗。もっと、絶望させてやるから」


そう言って、洗濯機のスイッチを押した。


俺は、仕事の準備を始める。


TVをつけると、笹森梓が出ていた。


『今回は、今までにない色気を放っている作品になっているとファンの間では有名ですね』


『はい、今回初の濡れ場を演じる事になりましたので…。色気を勉強しました』


と微笑んだ。


確かに、惹きつけられてそそる。


絶望を手にした人間ひとの輝きは異常な程、美しいのがわかった。


俺は、TVを消した。

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