捨てるなら、くれよ。(ハリーさんとの思い出)
おっさんの契約の意味がわからなかった。
俺は、眉を寄せながら首を傾げた。
「わからないか?ほらよ」
そう言って、おっさんは、俺に名刺を差し出した。
「
「ああ、俺は、芸能事務所をやってる」
「へー」
俺は、芸能に何の興味もなかった。
「どうせ捨てるんだろ?」
「何を?」
「
その言葉に反射的に俺は、頷いた。
「素直だな。ハハハ」
そう言って、おっさんは、またコーヒーを飲む。
「だったら、俺にくれよ。飴の命」
おっさんの眼差しに、また心臓の音が聞こえる。
「無理ですはなしだからな。たった今、飴はこの紙にサインしたんだ」
おっさんは、そう言って紙をヒラヒラさせて笑ってる。
「卑怯だね」
「ハハハ、命守る為なら俺は、どんな事でもする」
その言葉に、俺は、胸が苦しくなるのを感じた。
「あそこの撮影で、あのつり橋で、命を捨てるやつ拾ったのはお前で三人目だ」
そう言って、おっさんは、懐かしそうにしながら、コーヒーを飲んだ。
「なんで、助けるんだよ」
俺の言葉におっさんは、目を細目ながら笑う。
「本当に死にたいやつなんてどれくらいいんのかね?」
俺は、その質問に答えられなかった。
「飴が、本当に死にたいならあそこじゃないだろ?もっと、森の奥の奥、誰もこれない場所に行くんじゃないのか?」
そう言われて、ドキリと俺の胸が鳴る。
「飴は、俺に見つけて欲しかったんだよ」
また、おっさんは柔らかく笑った。その笑顔を見てるだけで涙が、スーと頬を流れてきた。
「やっと、泣けたのか?」
そう言って、おっさんはナポリタンを食べ始めた。
俺もナポリタンを食べた。
涙で、味がよくわからなかった。
ただ、俺は、この人に俺の命をあげようと思った。
オレンジジュースを飲み終わった俺に、おっさんが話した。
「いつ、引っ越せる?」
「なんでですか?」
「飴は、俺としばらく住むんだ」
そう言って、お会計をしておっさんは外に出た。
撮影が終わったのか、誰かがおっさんの元にやってきた。
「ハリーさん、先戻りますね」
「おう、俺はちょっと用事があるからよ」
「社長、気をつけてお帰りください」
「はいよ」
そう言って、おっさんはみんなに手を振っていた。
「お前の家、どこだ?」
そう言われて、おっさんはタクシーを呼んだ。
タクシーに乗って、俺はおっさんを家にあげた。
「くせーな。煙草くせー」
自分も吸ってるくせに、おっさんはそう言いながら、窓を開けた。
光熱費は、滞納してるせいで、全て止まっていた。
「いつから、こんな使い物にならない家に一人でいた?」
「1ヶ月かな」
「腐った家だな。空っぽで、会った時の飴みたいな家だ」
おっさんの開けた窓から風がはいってくる。
ふとおっさんを見ると、泣いていた。
「器だけが立派にあっても、中身がこれじゃあ意味ないな」
おっさんは、ごみ袋を取ってきて俺が生きるためだけに食った食品のゴミを拾いながら泣いてる。
それを見つめながら…。やっぱり、俺は、この人に命をあげようと思った。
「飴、今日から
そう言われて、俺の目からは涙が流れる。
「支払いの紙は、あるか?」
おっさんに光熱費と家賃の督促状を渡した。
「ちょっと払ってくるから、荷物まとめとけ」
おっさんは、そう言って出ていった。
俺は、部屋で荷物をつめていた。
しばらくして、おっさんが帰ってきた。
「もうすぐ、電気がつく」
「はい」
「引っ越し屋、頼んだから、いるものつめてもらえ」
「はい」
「いらないものは、どれだ?」
そう言われて、俺は全部いるとおっさんに言った。
「ハハハ、はいるだろうか?家に」
そう言って、おっさんは笑いながら泣いていた。
「一回持っていってみるか?」
おっさんは、そう言ってくれた。
引っ越し屋さんがやってきて、ゴミ以外の荷物を全部つめていった。
引っ越しのトラック2台分にはなった。
家の手続きは、後でするからとおっさんとタクシーでおっさんの家に向かった。
ついたのは、大きな一軒家で、そこがおっさんの家だった。
俺の荷物は、おっさんの家に何とか全部入った。
スッキリしていた、おっさんの家を、俺の家の物が埋めてしまった。
「生活感がでたな」
おっさんは、その光景を見て笑いまくっていた。
俺は、それから3年の歳月をかけて荷物の処分をしたのだ。
捨てたくない物だけを選ぶのは、本当に大変だった。
でも、家族と同じぐらい俺はこのおっさんが好きだった。
だから、おっさんの家を元に戻してあげたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます