契約成立(ハリーさんとの出会い)
俺は、両親と祖父母が、亡くなってから【絶望】の二文字しかなかった。
「千歳を、引き取るのはごめんよ」
「母さんを殺したのよ」
「無理だ、無理だ。あいつは引き取れない」
49日まで、毎日みんなが揉めていた。
煙草を吸わない両親に育てられたのに、父方と母方の叔父、伯母達、合わせて9人が毎日閉めきった部屋で煙草を吸った。
モクモクの煙の中、俺への攻撃がいつも始まる。
「あんたは、なんで、一緒に行かなかった」
「一緒に死ぬべきだった」
「千歳を引き取るつもりはないよ」
「さっさと、出てくんだよ」
「人殺し」
「人殺し」
「すみません、すみません」
俺は、その度に頭を下げるだけだ。
心も体も、ただただ空っぽだった。
骨であっても両親の存在は大きかった。
毎日、毎日浴びせられる言葉から守ってもらっている気がしていたから…。
49日の午前中、無事にお墓にいれられた両親を見た時に俺の中の何かがバリッと音を立てて壊れた。
あー、死のう。もう、それしか脳内を支配していなかった。
何を食べても、飲んでも、美味しくない。
何を見ても、聞いても、楽しくない。
二人が、いなくなってから、俺は、ずっとそうだった。
二人がかけていた生命保険は、一円も俺の手元にやってくる事はなかった。
金は、すべて巻き上げられた。
遺族年金があるから、高校に通ったりできるからね。中学の先生が親身に、話したけれど、通帳も取り上げられた俺にお金の入るシステムを教えてもらいたかった。
49日から、1ヶ月が経った頃、払えない家賃、払えない光熱費、それを抱えた俺は、死ぬつもりでこの場所に来ていた。
両親とよくきていた森だ。
中に入り、つり橋の上に俺は立っていた。
この素敵な景色に包まれながら逝けるのであれば、何の悔いも残らない。
ありがとう、神様。
ここに来るだけの、お金を残してくれて。
そう思って、橋から飛び降りようとした瞬間だった。
「絶景だからって、吸い込まれるなよ。兄ちゃん」
知らないおっさんが、俺の腕を掴んだ。
「何の用?」
「そこの崖でな、サスペンスドラマ撮影しててな。暇だから、つり橋にきたんだよ」
そう言いながら、おっさんが笑う。
「腕、離してもらえません?」
「えっ?無理無理」
そう言うとおっさんは、俺の倍の力で俺を引っ張って行く。
「離せよ、ジジイ」
俺が、叫んでも怒ってもおっさんは気にしない。
ズルズル引きずられながら、山を降りた先にある喫茶店まで、連れてこられた。
「また、上がるの大変なんだよ。ジジイ」
「ハハ、ジジイか」
そう言って、おっさんはコーヒーとオレンジジュースを頼んだ。
「後、ナポリタン2つ」
そう言って、おっさんは、煙草に火をつけた。
俺は、怪訝な眼差しをおっさんに向けた。
「煙草、嫌いか?悪かったな」
そう言って、おっさんはすぐに灰皿に煙草を押しあてて消した。
暫くすると、コーヒーとオレンジジュースとナポリタンがやってきた。
「食え」
俺は、ナポリタンを無理やり飲み込んで食べた。
「やっぱりな」
一口飲み込んだ後で、おっさんがそう言った。
「なに?」
「
俺の顔を見ながら言う。
「お前、名前ここに書いてみろ」
そう言って、おっさんは俺の前に紙とペンを差し出してきた。
俺は、名前を書いた。
「へー。今日からお前は、飴ちゃんな」
「は?」
おっさんの言葉に俺は何言ってんだって顔をした。
「雨宮の雨と千歳飴かけて、飴ちゃんだ」
おっさんは、俺の名前を指でトントンと叩きながらそう言った。
「そっちじゃなくて、今日からってのが意味わかんないんだけど」
俺の言葉におっさんの目に一瞬怒りが宿ったのを感じた。
「今日で
おっさんは、怒りを静めるように、コーヒーを飲んだ。
「ジジイに関係ない」
「そうだな。何も関係ないよな。でもな、出会っちゃったんだよ。昔の俺みたいな目をしてる飴ちゃんに…」
そう言って、柔らかく笑ったおっさんの笑顔に、空っぽの心が震えた。
「飴は、両親死んだか?親戚たらい回しか?天涯孤独か?」
「なんで?」
「全部、俺の話だけど。同じかと思って聞いてんだ」
そう言って、笑う顔を見つめてると、無音に思っていた心臓の鼓動を俺は、初めて感じとる事が出来た。
「両親が死んで、人殺しと呼ばれてる」
俺は、ポツリとその言葉だけを言った。
「契約成立だな」
おっさんは、俺の言葉を聞いてないのか…。
さっきの紙をヒラヒラ見せて笑いながら言ってきた。
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