他の人に話さないでよ。

美麗は、大人しく隣でビールを飲んでる。


「飴ちゃん」


「なんだ?」


「飴ちゃんの昔の話、誰にでもしないでよ」


「たいした事ないだろ?事務所の人も知ってるし」


そう言った俺に美麗は、悲しそうに目を伏せながら言う。


「そうだけど、嫌なんだよ。もう、これ以上飴ちゃんを知る人が増えるの…」


「なんだよ、それ」


いつもなら嬉しくて幸せな美麗の焼き餅が今は悲しい。


「飴ちゃん、何もしないから胸貸してよ」


「それぐらいなら、いいぞ」


美麗は、俺の胸に顔をうずめる。


細身でスラッとしてかっこいい見た目の金森翔吾に比べて、美麗は身長が低めではあるが綺麗な顔立ちで、見た目は可愛い雰囲気を纏ってる。


ハリーさんは、30歳になっていく美麗を可愛いいから脱却させようとしている。


身長は、もう、これ以上伸びる事はない。


出来ることは、色気を出す事しかないのだ。


その為には、笹森梓と同じだ。


本気の恋を手離す。


それが、危うさと色気にかわるのだ。


美麗に色気が加わると、佐古十竜に近づくのは目に見えてわかるのだ。


「飴ちゃん、俺、飴ちゃんがいなくなったら生きてけないよ」


美麗は、俺の胸に手をおいて服をギュッと握りしめながら言う。


「そうか」


「飴ちゃんは、生きていけるの?」


そんなの無理に決まっているけど俺は、「生きていくしかない」とだけしか言えなかった。それが、今の俺に言える精一杯の言葉だった。


「飴ちゃんも、金森の方が好き?」


「いや、興味ない」


「世の中の女子は、金森みたいなのが好きなタイプが多いよ」


「高身長、イケメンだもんな」


「それだよ」


「金森に、一度や二度負けたぐらいで弱ってんじゃねーよ」


「飴ちゃんだけは、とられたくない」


「会う事ないから」


「フフフ、確かに会わないか。飴ちゃんは、もうこの世界の人じゃないもんね」


「そうだな」


俺は、ビールを飲み干した。


「飴ちゃんに、この先も愛され続けてるって勝手に思い込んでた」


美麗は、そう言って俺をギュッーと抱き締めてくる。


「そうか」


俺もこんな日が来るなんて思わなかった。


「笹森梓とはね。共演した映画の打ち上げで話してね。お互い恋愛対象が同性だってわかって仲良くなったんだ。まさか、さーも。笹森梓の本名は紗綾なんだけど。さーも俺もこんなに一気に売れるって思ってなかったから…。週刊誌に撮られて驚いたんだ」


「売れる時は、一瞬だからな」


俺は、あたりめをとって食べる。


美麗を抱き締めてやりたいけど、腕を回せない事がもどかしい。


「さーも、心底愛してた彼女と別れたんだよ。社長命令。俺と飴ちゃんみたいだろ?」


「でも、俺は、身を固めたくなったからそっちとは違うな」


ハリーさんを悪者にしたくなくてそう言った。


「同じだよ。さーも相手は結婚したいって言ったって」


美麗、俺は、その相手をよく知ってる。


「そうか」


「飴ちゃん、俺。この先もずっと飴ちゃんが好きだよ。わかるんだよ。これ以上の人に出会わないって。だって、飴ちゃんと俺は、心も体も一つだったろ?だから、俺。飴ちゃんには何しても許されるって思い込んでた」


「そうか」


「飴ちゃん、禁煙頑張ってするから…。成功したら、もう一度だけ会ってくれない?」


「出来るのか?」


「わからない。できたら」


「できるなら、一度ぐらいなら構わないよ。ただし、常さんの店でだけどな」


美麗が煙草を辞めれないのはわかってる。でも、俺の為に禁煙してくれようとする気持ちだけが嬉しかった。


「それでいいよ」


美麗は、俺の背中に回した腕に力を込めて抱き締めてくる。


もう、俺は、泣きそうだった。


俺の胸の音、聞いてんだろ?


痛いって、泣いてんのわかってんだろう?


「ビール飲むよ」


そう言って、美麗は俺から離れた。


俺は、必死で涙を堪えた。


のに、何で流れてきちゃうかな…。


「俺、トイレ行ってくる」


美麗に顔を見られる前に、俺はさっと立ち上がった。


トイレに行くフリをして、洗面所に入る。


キツイよ。キツイよ。神様


俺、どうしょうもないぐらい美麗あいつが好きだ。


愛してるや好きなんて、言葉じゃ表現できないぐらい好きなんだ。


涙が、止まらない。


全身が、痛くて苦しい。


俺は、洗面所の床に座って泣く。


上手く出来ない。


俳優目指してたんだから、ちゃんとしろよ。


雨宮千歳!ちゃんとやれよ!


なのに、うまく出来ない。


酒を飲むんじゃなかった。


涙が止められない。


見つかったら、ヤバいだろ。


雨宮千歳、泣くなよ。


男だろ?


しっかりしろよ。


あの時、みたいに泣くなよ。


もう、子供ガキじゃねーだろ?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る