捨て猫…

俺は、家の近くのコンビニで、ビールやつまめるものを買った。


革靴の中が、濡れて気持ち悪い。ギュッキュッと音が鳴る度に早く家に帰って脱ぎたい気持ちがやってくる。


俺は、急ぐ気持ちを抑えながら、エレベーターに乗る。


エレベーターから、降りると黒い物体が家の前に座っているのが見える。


俺は、ゆっくりと近づいた。


眠っているけど…美麗だ。


プルルー


『はい』


「夜中にすみません。また来てますよ。ハリーさん」


『ああ、今日だけは一緒にいてやって欲しい』


俺の言葉にハリーさんは、落ち込んだ声でそう言った。


「えっ?無理ですよ」


『飴が、どうやって別れようとしてるかつねに聞いた。その覚悟決まってるなら、今日だけは居てやってくれ』


「どうしてですか?」


『今日、朝一ドラマ収録終わって映画のオーディションで、絶対に美麗がいいって相手役の女優さんが言ってたから二人のうち美麗に決まるって話しになってたけどな。笹森梓の事が嫌いな女優で、週刊誌に熱愛が載った美麗みれとは共演したくないって言い出して、二分の一で落とされて。金森翔吾かなもりしょうごが選ばれた』


「金森って、あの金森ですか?」


俺の質問にハリーさんは、頷いてから話す。


『ああ、金森と美麗は昔、男取り合って、仲が悪くなっただろ?それから、金森にだけは負けたくなかったから、相当ショックで凹んでる。飴も気持ちわかるだろ?だから、今日だけ、よろしく頼む。明日の10時には迎えに行くから』


金森の話を聞かされたら、俺は美麗を無下には出来なかった。


「わかりました」


そう言うとハリーさんは、電話を切った。


プープー


俺は、スマホを切ってポケットにしまった。


「起きろ」


俺は、そう言って声をかける。


「飴ちゃん」


びしょ濡れの捨て猫を家にいれてやった。


美麗を玄関に座らせて、バスタオルと美麗の服をとってくる。

 

美麗は、自分で服も着替えれない状態だった。俺は、服を脱がせる。


酒臭いな。


夜は、冷え込むから、びしょ濡れの美麗の体は冷たい。


何時から待ってた?


「服脱げよ。風邪ひく」


俺は、頑張って美麗の服を脱がせる。


身体中を、拭いてやる。


風呂はいるのが、一番な気がするけどな。


「飴ちゃん、ダメだよ」


「じゃあ、自分テメーで拭けよ」


「やだよ。飴ちゃんが拭いてよ」


うっすら目を開けて美麗は、俺を見つめながら言ってくる。


俺は、仕方ないから丁寧に身体を拭いてやった。


「服、着せるからちゃんと立てよ」


俺は、いったい玄関で何してるんだろうか?


ちゃんと立った美麗は、俺の顔にそれをくっつけてこようとする。


「テメーふざけてんならもうやらないぞ」


その言葉に、美麗は近づけるのをやめた。


俺は、下着とパジャマを着替えさせた。


そして、美麗をソファーまで運んで寝かせた。美麗は何も言わずに横になった。


俺は、玄関に服を取りに行ってから、洗濯機に持っていく。


ずっと脱ぎたかった。濡れた俺の靴下と足を拭いたタオルを一緒に入れておいた。


はあ、美麗あいつを家にいれるのは、想定外だったな。


ドラム式洗濯乾燥機の予約をしてから、俺は、リビングにもどる。


キッチンから、あたりめとビールを取ってテーブルの上に置いた。


俺は、美麗が眠る隣でビールを飲む。


何食っても、飲んでも美味うまくないのに美麗おまえが傍にいるだけで美味うまいんだよな。


厄介な味覚だな。


「飴ちゃんが、いる」


さっきまで眠っていたくせに、美麗が起きてきた。酷く酔っぱらってるのがわかる。


「ビールちょうだい」


俺は、美麗の言葉にビールを渡した。


「ほらよ」  


「ありがとう」


美麗は、嬉しそうにビールの缶を開けると何かを思い出したようにハッとした顔をして俺を見つめながら話してくる。


「飴ちゃん、今日ごめんね。好きな人の前で彼氏なんて言って…」


「ああ、別にちゃんと誤解解いたから」


美麗は、その言葉にホッとした顔を向けた。でも、すぐに悲しい表情になって目を伏せる。


「飴ちゃん、俺、金森に負けたよ。二回目だよ。彼の時と今日。金森、俺を嘲笑ってたよ」


美麗は、そう言うと膝を抱え出した。


「そうか」


俺の言葉に美麗は、潤んだ目を向けて、「それだけ?」と聞いてくる。


「ああ、美麗と俺は、もう別れてるから」


俺は、そう言ってあたりめを食った。


「飴ちゃん、優しくしてよ。いつも、見たいに…」


美麗は、目の中の涙をポロポロとこぼした。


「別れたやつを家にいれただけでも、充分、優しいだろうよ」 


俺は、美麗の涙を無視してビールを飲んだ。


あたりめのいつまでも口にもごもごと残って噛めない感じが、俺は堪らなく好きだった。


「飴ちゃん」


「うん?」


「ちょ、やめろよ」


美麗は、いきなり俺の唇に唇を重ねてきた。


「ほら、ちゃんとなる」


そう言って、下半身にれてくる。


「やめろ、もう、別れてんだよ」


「やめない。飴ちゃんは、俺が欲しいんだよ。ちゃんと…」


そう言って、ズボンを脱がそうとする美麗を止める。


「やめろ」


俺は、その手を掴んで振り払った。


「飴ちゃん、何で?」


美麗は、ポロポロと泣き出した。


「一緒にいる約束はしたけど、体の関係を持つ約束はしていない」


俺は、美麗を見ないようにビールを飲んだ。


全身に五寸釘を刺されたような痛みが、身体中を走る。


苦しい。


辛い。


悲しい。





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