第8話 宵の口

 皇が襖を開けると、そこに座る三人組に向かって声をかける。


「今日からこの童がそなたたちと共に行動することになった」

「橘千花と申します!未熟ですが、ど……」


 何事も初めが肝心だと気合いを十分に自己紹介を始めようとした千花だが、目の前の三人に思わず言葉が詰まる。

 そこにいたのはギョっとした表情の茜と心底驚いた顔の梓月、それと―――


「沖田くんに京極くん?……と一之瀬くん?!」

「たちばな……?」


 千花が一之瀬と呼んだ青年は目を見開いて千花を見つめている。


 切れ長の目に肩ほどまで伸びた髪をハーフアップお団子にしている姿はどこか


「どどどどうして……?!」

「あれ?澪と千花ちゃんって知り合いだったの?」


 ふわふわの前髪をポンパにして黄色のラインが入ったパーカーをダボッと着ている梓月が不思議そうに問う。


「う、うん。去年同じクラスで……」

「席も何度か隣になったことがある」


(お、覚えていて暮れたんだ)


 千花は思わず頬を緩ませてしまう。


 仏頂面で話しかけにくいと思われがちな澪だが実は優しくて思いやりがあることを千花は知っている。

 席が近くなる度に何度も目の当たりにしてきた。

 そして本当はかなりの天然だということも。


 そんな澪もまた学年を揺るがすほどの顔面の持ち主である。

 外見が少し近づき難い雰囲気なため、露骨なファンより隠れファンが多い。


 千花の心臓が大きく跳ね上がっているのは澪も組員だったことに驚き過ぎたからだろうか、それとも澪に会えたからだろうか。


「なに気持ち悪い顔してんだよ」


 前に会った時と同じ格好をした茜が眉根に皺を寄せて突っかかってくる。


「な……!別にいいでしょ、私がどんな顔してたって」

「周りが迷惑なんだよ」

「じゃあ見なきゃいいでしょ?いちいち突っかかって来ないでこの性悪!」

「見たくて見てる訳じゃねぇよこのメスゴリラ!」


 二人がバチリバチリも火花を飛ばし始めたとき、梓月がまぁまぁと間に割って入る。


「二人ともとりあえず落ち着いて〜。これから一緒に戦う仲間なんだからさ?仲良くしようよ〜」

「「誰がこんなやつと……!」」

「息ぴったり」

「組長〜、なんとかしてくださいよ〜」


 お菓子を買ってくれと駄々をこねる子供のような梓月の声に、微笑ましく見守っていた皇が口を開く。


「これもお主らの試練じゃ。乗り越えてみせよ」

「そんな〜」


 がっくりと項垂れたポンパ君だが、澪は気にせず千花の方へ歩み寄る。


「橘」

「は、はい」

「一応、自己紹介。討狼組 "宵の口" 副班長、一之瀬澪。よろしく」


 着崩した紺地に青のラインが入ったパーカーは千花と色違いで、その中には黒のタンクトップを着ている。

 ハイネックのタンクトップから見える鍛えられた腕は千花の乙女心をぎゅんぎゅん揺さぶる。


「ここここ、こちらこそよろしくね」

「じゃあ俺も!討狼組 "宵の口" 班員、京極梓月。あ、"宵の口"っていうのはこの班の名前ね〜」


 梓月は改めてよろしくねと朗らかに笑う。

 茜ははぁとため息を吐くと二人の後に続く。


「沖田茜。この班の班長だ。俺らの足引っ張んなよ」

「お、沖田くんが班長?!」

「なんだよ、悪いかよ」


 ぶっきらぼうに言い放った茜は髪型と服装のせいだろうか、学校とは違う雰囲気をもつ。

 もしここに女子がいたら茜のギャップで即死だろうなと安易に想像できるほど組服も着こなしている。


 千花も一応女子なのだが、生憎こんな性悪にはときめかない。

 それよりも千花は先程から綺麗な瞳で見つめてくるハーフアップ君のおかげで心臓が忙しなく跳ね上がっている。


(……というか私、これから学年三大王子たちと一緒に仕事するの……?!)


 右にも左にも前にも美、美、美。

 全くもって望んでいなかったハプニングにこれからの不安が募る。

 もしこのことがバレたら千花の学校生活は一瞬にして塵となる。

 今でさえ華とは言い難い日常を送っているのにこの三人と関わっていることが知られたらさらに悪化するだろう。

 千花は軽く頭を抱えた。


「よ〜し!自己紹介も終わったことだし、早速鍛錬始めよっか〜!俺ら日暮れたら任務行きなきゃだしね〜」


 千花の悩みは届くことなく梓月は一人、頑張るぞとガッツポーズをしている。


「それでは千花を頼むぞ、梓月、澪、茜」

「承知しました〜」

「承知しました」

「……承知しました」


 三人は失礼しますと頭を下げると部屋を後にする。


「ほら、千花ちゃんも早く〜」

「あ、う、うん」


 梓月に呼ばれて慌てて皇に礼をした後、三人の後を追った。



 部屋を出た4人を見届けた皇はふふっと笑いを零す。


「健闘を祈ろう、妾の可愛い華たちよ」


 皇が見つめる空は西の方がほんのりオレンジに染まろうとしていた。


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