第7話 組長様②
「そなたの腕前は如何程か分からぬが、妾もいきなり現地へ駆り出すほど鬼ではあらぬ。己自身を使いこなせるようになるまでそこで鍛錬を積めば良い」
皇が指を指した先には古風な外観の武道場があった。
働くならすぐにでも現地へ出向くと思っていた千花に皇は軽く説明を加える。
「一人前となるまでの間、そなたは訓練生として毎日鍛錬を積む。教育費等は取らぬから安心せい」
「訓練生……」
訓練生ということは仕事をするというよりそれまでの土台を作るということだろうか。
そうなると千花はどうしても聞かなければならないことがあった。
「あの……失礼ですが、お給料の方は……?」
不躾なのは承知の上で千花は怯まず尋ねる。
そもそもこの組に入会したのは他でもなくお金のためだ。
そこのところははっきりさせておきたいというのが千花の考えである。
千花の無礼にも皇は顔色一つ変えずに答える。
「訓練生は一等低い階級の者の半分ほどの給料を与えることとなっておる」
「そう、ですよね」
なんとなく予想はしていたがやはりいきなり三十万とはいかなかった。
茜も千花に説明した時にあくまでも最下級の人の給料だと話していた。
訓練生というのがあることを知らなかったものの茜は嘘を着いた訳ではないので恨めはしない。
とは言うものの今の、いや、正確に言えば前のバイト先よりか給料が良いのは事実だ。
これから頑張れば何も問題ないと開き直った千花に皇が予想外の言葉を口にする。
「しかし、そなたには最下級の者と同じ分の給料を与えよう」
え、と千花が目を輝かせたのも一瞬、すぐさま首をぶんぶんと横振りする。
「いやでもそれはさすがに申し訳が……」
「良い。生活に困っておるのだろう?」
千花はほんの一瞬だけ呼吸を停めた。
皇がどこまで見抜いているかは分からないが、千花の私的な事情のせいで迷惑を被っていることは分かる。
申し訳なさから千花は伏せがちに下を眺めながら正直に答える。
「はい……」
「ならば出世払いということにしようぞ。いつかこの恩返したまえ」
千花が顔をあげると心まで包み込むような暖かい眼差しがあった。
目元を緩めた千花は皇を見上げて心から感謝を伝える。
「はい。組長様、ありがとうございます」
「うむ」
ほっこりした空気が漂ったのも束の間。
先程千花の採寸をしてくれた使用人たちがいつの間にか少し離れたところに並んでいた。
「皇様、千花様のお召し物の用意が整いました」
「ご苦労。すぐに千花に着せよう」
千花は使用人たちに連れられ、和の詰まった屋敷の中へと入る。
奥の部屋へと通されると綺麗に畳まれた布を渡された。
「こちらは千花様専用の組服でございます。一人一人デザインが異なるのですが、今回、千花様の組服は皇様が直接手を加えて下さりました」
いつの間に、というかこんなにも早くできるものなのかと千花は驚きを隠せない。
よく見ると後ろに並ぶ使用人たちは先刻会った時よりもげっそりとしているような。
「ありがとうございます。組長様も……」
千花が礼を言おうとすると皇は首を横に振る。
「礼は不要。妾が勝手に首を突っ込んだまでじゃ。それよりも早うそれを着ておくれ。そなたの組服姿とやらが見たいぞよ」
千花がこくりと頷くと皇と使用人たちは部屋から出ていく。
作られたばかりの組服にそっと袖を通していく。
着替えを済ませ髪も結んだ後、隣の部屋で待っていた皇の前に現れるとどこか嬉しそうに優しい笑みを浮かべる。
「やはり妾が思うた通り、そなたによく似合っておる」
皇に褒められた千花は少し恥ずかしがりながら自分の姿を眺める。
茜が着ていたものと形の似たパーカーは白地で胸元には三日月のマークが刻まれている。
濃い桃色と黒色のラインや紐なども付いていてサイズは少し大きめだ。
千花のはズボンではなく膝上丈のスカートで長めのソックスがよく似合う。
サイドポニーテールにした暗めの髪は千花の予想通りこの格好にはうってつけだった。
千花はこんなにも可愛い制服をオーダーメイドで作ってもらえるなんてとついつい頬を緩ます。
「早速じゃが、そなたが今日から世話になる班に挨拶に行くとしようぞ」
「班、ですか」
「妾の組は組の中で幾つかの班に別れて編成されておる。一班につき五人程度で組んでおるのだがまだ三人しかおらぬ班があってなぁ」
丁度良いからそなたを入れようも思うてなと軽く言う皇とは反対に千花はただ不安が募る。
「ですが、私では足でまといになってしまうだけではないでしょうか」
「あくまでも千花は訓練生じゃ。任務には千花を抜いた三人で行かせる故、そんな心配はせんでも良い」
皇は千花を案ずるような声色で穏やかに話す。
「いずれ共に行動する仲間じゃ。日々の鍛錬だけでも共に受けた方が良いと思うてな。早い内に絆を固めることに越したことはなかろう」
千花は組に入ったばかりで分からないことも沢山ある。
故にいろいろ聞ける人が近くにいるのはとても有難い。
それにここにいる人たちはまだ千花のことをよく知らない。
もしかしたら千花にも友達ができるかもしれない。
学校ではもうできないであろう新しい友達が。
千花は心に小さな光を灯して、先を行く皇の後を追う。
少し進むと皇は一つの部屋の前で足を止める。
「ここにそなたの仲間を呼んでおる」
千花は小さく息を飲むと己の頬をパシパシと叩いて気合を入れる。
ふんと息を吐いた千花を皇は面白そうに一瞥してから襖を開けた。
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