第6話 組長様①

「ここが、本家……?」


 千花の前にはどこか西洋の貴族でも住んでいるのかと思うほど立派な一軒家がある。


 黒塗りのハリウッドスターが乗るような車に乗って十数分、見えてきたのは立派な西洋風の門。

 自動に開いた門の中を進めば、彩り豊かな花が咲く庭園、鮮やかなバラ園、大きなプールに協会のような建物などその中はまるで楽園のようだった。


 ピタリと停止した車から降りた千花はおとぎの国にでも迷い込んでしまったのだろうかと本気で思った。

 目をぐるぐる回す千花に構わず梓月は建物の中へと連れ込むと、千花たちを出迎えた使用人たちが一斉に頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました。梓月様、茜様、お嬢様。」


 煌びやかな外見に比べると一見シンプルに見えるが、確かに洋らしい華やかさが現存している内装。

 その中心には小上がりの和室がある。

 天蓋のついたその和室は洋に包まれた内装の中で独特な雰囲気をもつ。


 その天蓋の中には和装をした女が座っていた。

 女の羽織る打ち掛けは華やかで長い黒髪はまるで平安貴族のような優美さを思わせる。

 片目を眼帯で隠したその顔さえも魅惑的で、千花は自然と見入ってしまう。


 女は千花たちに気づくとゆったりと声をかける。


「今日もよう来たな、童ども。その子がそなたの申していた娘かね」

「はい、左様でございます」


 千花と梓月の後を着いてきていた茜が口を開く。

 おっとりとした中に芯のある声色に、凛とした茜の声が答える。

 状況の読めない千花がきょろきょろしていると女は千花に手招きをする。


「もっと近うよれ、娘よ」

「は、はいっ」


 千花は我に返ると艶やかな女の元へと向かう。

 断ってから目の前に膝を着くと、今度は女の方がずいっと千花に近寄る。

 千花の頬に手を当て瞳をじっと見つめる大和撫子に少したじろぐが、千花は負けじと見つめ返す。

 すると女は少し目を見開いたあとふっと口元を綻ばせる。


「うむ、なるほど。気に入った」


 女は千花から手を離すと、茜と梓月の方を向く。


「後は妾に任せよ。そなたたちはもう行って良いぞ」

「承知しました」

「承知しました〜」

「え、まっ……」


 二人は女の命に応じると邸宅を後にした。

 助け舟を無くした千花が茜たちの背に手を伸ばしていると女は優しく微笑む。


「まだ名乗っておらんかったな。わらわすめらぎ。この組の頭を務めておる。そなたの名は何じゃ」

「橘千花と申します」

「ふむ、そうか。千花」


 皇は我が子でも撫でるように千花の名前を呼ぶ。


「そなたのことは茜から大方聞いておる。しかし、この仕事は給料が良い分、危険が伴う。苦しいこと、辛いこともこの先あろう。安易な考えならば辞めておいた方が良い」


 たおやかな、しかし威厳のあるその声は厳しく聞こえつつ、千花の身を案じているのが分かる。

 確かに千花は目の前の美味しい餌に釣られた魚のように深く考えずに食いついてしまったように見えるが、己の中で確固たる信念がある。


「ご忠告ありがとうございます。ですが私は自分の言ったことは最後まで責任をもつと決めておりますので、曲げるつもりはありません。それに、私はしあわせになるために生きているのです。しあわせのためなら何だって乗り越えます」


 若干大袈裟な気もするが千花の声に揺るぎはなかった。

 その声はしっかりと皇の心に届いた。


「やはり、妾が見込んだ通りの娘じゃ。今回は妾が直々に取り繕うとしよう」


 皇がすっと片手をあげるとメジャーやらものさしやらを持った使用人たちが千花の周りを囲みあれよあれよと寸法を測っていく。

 皇は何やらたくさんの紙類を持った使用人と話している。


 計測が終わり千花が突っ立っていると皇が手招きをする。


「着いてこよ」


 先を進む皇の後を追って外へ出ると館の裏へと向かった。

 そこには今まで見てきた世界と真逆のものが広がっていた。


 先程の豪邸の背に建っていたのはこれまた平安貴族の住んでいそうな屋敷。

 風勢のある日本庭園に、整えられた竹林、鯉の棲む池に武道場まである。

 今度は一瞬でタイムスリップでもしてしまったのだろうか。


 皇は世界観に圧倒される千花を気にすることなく寝殿造の隣にある小さな小屋へと千花を導く。

 この小屋の中には刀やら銃やらが壁一面にずらりと並んでいる。


「ここは武器倉庫じゃ」

「武器……」

「これからそなたは人よりも強靭な肉体を持つものと戦うことになる。己の身を守るため、不幸から誰かを救うための切り札は己自身で選ぶのじゃ」


 千花は顎に手を当てて少し思案した後、己よりも少し背の高い皇を見上げる。


「えっと……素手で大丈夫です」


 武器など使わなくとも今まで素手で戦ってきたのだからそれで良いのではと千花は考えた。

 そんな千花の考えに今度は先程よりも大きく目を見開いた皇はふっと吹き出す。

 カラカラと笑い出す皇に千花は首の角度を傾げる。


「そなたは本当に彼奴あやつとそっくりじゃなぁ」


 皇は笑い収まるともう一度千花に向き合う。


「素手では確実に人狼やつらを仕留めることは出来ぬ。ましてやより強い奴らならば武器を使うても厳しい時もある。故、皆組員になる時は自分の武器あいぼうを決めるのじゃよ」

「あいぼう……」


 千花は小屋の中をぐるりと見渡す。

 縁日の射的のような銃や茜が持っていたものよりも短い日本刀、怪しい丸い玉のようなものまでその種類は様々だ。


 数十種類ほどもある中でどう決めればよいかと頭を悩ませていた千花の瞳は半円のものに惹かれた。


「あっ……」


 長く緩い子を描いているそれを手に取ると皇がほうと興味を示す。


「弓か」

「はい、中学生の頃に少し弓道をやっていて。上手くはないのですが」


 剣道もできないし扱いが難しそうな銃や他のよく分からない武器を使うよりは良いだろう。

 弓道もできると言えど基礎程度で的も狙ったところにはなかなか定まらないのだが。


「そなたがそれに惹かれたならそれにするべきじゃ、が……そなたには少し大きいかもしれぬな」


 言われてみればこの弓は千花にとっては大きめである。

 重さもそれなりにあり、これを常に持ち歩くとなると結構邪魔だ。

 他の武器の方がよかっただろうかと千花が不安気な顔をしていると皇の手が千花の頭を滑る。


「そんな顔をせんでも良い。そなたに合う弓を作らそう」

「えぇ、そんな……」

「なぁに、心配せずとも難事ではない。ただ僅かばかり時間を欲するが良いか?」

「それは全然大丈夫ですが……」

「うむ。ならそれで良い」


 皇は満足気に口元を隠しながら微笑む。その姿はまるで白百合のようだと千花は思った。



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