第5話 決闘?

「沖田くん。委員会のことでお話があるって先生が」


 人気の減った放課後。

 作った笑顔を張り付けて千花はこの前と同じ手口で話しかける。


「了解。ありがとう、橘さん」


 いつも通り少しの狂いもなく作られた笑顔は千花にとってはただただ腹立たしいものでしかない。


「場所はだよね。折角だから一緒に……」

「いえ、私は先に行くので」


 要件だけ伝えると千花は茜をおいてすぐさま空き教室へと向かう。


 今日は運良く先輩とシフトを交代しておりバイトは休みだ。

 折角の休みだ。早めに片をつけたい。


 少しすれば茜も空き教室へと入ってきた。

 既に待機していた千花を見るなり、千花にしか見せない嫌な笑みを浮かべる。


「あれ、もうギブアップか?初めから言うこと聞いてりゃよかったのに」


 勝ち誇ったように鼻で笑う茜に千花は眉根を寄せる。


「勘違いしないで。私はあんたに降参した訳じゃないから。ただ話を聞きに来ただけ」

「話?」

「そのなんちゃら組ってやつのこと。それをちゃんと聞いてからもう一度判断する」


 茜から目線を逸らすことなくぐっと見つめあげる。


「もう一度ちゃんと考え直すから、その結果がどうであってももう学校で絡んでこないで」


 千花は話を聞こうとは思うものの考え直す気はほぼない。

 己の心の中が読まれないだろうかと千花の額に汗が滲みかけた時茜が口を開く。


「……分かった。その条件、飲んでやる」


 至って真面目な顔で返答してきた茜にはどうやら千花の内心は見透かされていないようだ。

 ほっと息をついた千花に茜が問いかける。


「お前を襲った野獣が狼だってことは分かるよな?」

「う、うん」

「そいつらは普段、人の姿をして人間を襲う"人狼"ってやつだ」

「人狼って、あのゲームの?」

「ん、まぁ大方一緒だけど若干違う。一晩につき1人しか喰い殺さないっていうゲーム設定はない。あいつらは喰いたいときに喰いたいだけ喰う。しかも喰った人間の皮を着てその人間に成りすます。だからすぐ近くにいるやつが人狼だって気づかずに喰われる人間は多い」


 茜が嘘をついていないことは、その表情と実際に千花が見てきた狼の存在で確信する。


「え、でもさすがに身近の人だったら分かるんじゃ…」

「普通、人間がいつの間にか別のひとに成り代わると思うか?お前が倒した雑魚たちなら気づく人間もいるだろうがあいつらは人を喰えば喰うだけ力をつける。声はもちろん、仕草や癖まで完璧真似る奴もいる」

「そんなの、いつか人間が滅んじゃうんじゃ……」

「だから俺ら "討狼組" がいる」


 討狼組とはヤクザの集団ではなくて、人狼を討伐するためにつくられた団体だという。

 昼間は化けている人狼も夜になると化けの皮が剥がれ、活動が活発になる。

 そのときを狙って人狼を狩る、ゲームでいう"狩人"のような存在らしい。


「討狼組は誰でも入れる訳じゃない。少なくともセンスがある奴じゃないと無理だ」

「私センスなんかこれっぽっちもないと思うんだけど」

「いや、お前は今まで丸腰であいつらを倒してきたんだろ。普通の人間はどんなに強くても丸腰で挑めば間違いなく喰い殺される」


 千花は目を大きく開けて茜を見る。

 今まで千花が普通にこなしていたことは他の人にとっては普通じゃなかった。

 千花はようやく今になって自分が特別な存在だということに気づいた。


「それに、もしかしたらお前……いや、なんでもない」

「?」

「とにかく、限られた人間しか入ることができないゆえ、どうしても組員が不足している」


 お前は選ばれし人材だから文句を言わずに入れと言いたげな瞳から千花は視線を逸らした。


「その討狼組?っていうことについては分かった、けど……申し訳ないけど、私、忙しいから……」


 今は人助けよりも自分の生活が大事だ。

 千花が断ろうとした時、茜がぼそりと呟く。


「バイト代」

「え?」

「お前バイトしてんだろ。いくら貰ってんだよ」


 千花がバイトを理由に断ろうとしたのを見抜いたのだろうか、茜は唐突に千花に問うた。


「えっと、時給千円だから……月に十万円弱くらいかな」


 JKの大切な放課後を潰して働いている割には少ないお給料だが、何とか生きていけるくらいではある。


「三倍」

「?」

「討狼組に入れば月にお前の今の給料の三倍が手に入る」

「さ、んばい?!」


(三十万……!)


 その数字が千花の目に星を降らせる。

 目の前の極上の餌に千花はゴクリと唾を飲み込む。


「あくまで1番下の階級の給料だけど。年齢に関係なく階級が上がれば四倍、五倍、上手くいけば十倍以上に跳ね上がる」

「のった」


 千花は目を輝かせたまま茜をしっかりと見つめる。


「その話、のった」


 成果主義制度の職場にお給料も高額という超好条件、誰が逃すというのだろうか。

 己のプライドよりもお給料を取った千花はまんまと茜の言いなりになってしまった。

 と言っても、今の千花は餌に夢中である。


「よし、決まりだな」


 茜は満足気に鼻を鳴らすとん、っと片手を差し出す。


「スマホ、貸せ」

「なんで」

「いいから」


 渋々カバンからスマホを取り出して茜に渡す。

 茜は千花のスマホをスクロールして何かを探す。

 するといきなりどこかに電話をかけた。

 何コールかした後、向こうが応答したようだ、茜が口を開く。


「すみません。そちらでアルバイトしている橘の連れの者なのですが、都合により本日をもって辞めさせていただきます。よろしくお願いします」

「え、ちょ……」


 茜は失礼しまーすと通話を一方的にぶち切る。

 あまりの速さにぽかんとしていた千花にスマホが放り投げられる。


「辞めるならはやく伝えておいた方がいいだろ」

「いやいきなり辞めるっていくらなんでも失礼が過ぎるでしょ、ってかなんであんたが勝手にやるのよ、このせっかち!」


 有り得ないと千花は茜を睨みつける。


「は?たらたらしてるお前よりマシだわ」

「たらたらなんかしてないし。あとお前って言わないでって言ったでしょ!」

「別にそんなのどーでもいいだろ」

「良くない!」


 バチバチと火花を散らす二人の元にガラガラとドアの開く音が響く。


「あか、ここにいたの〜?そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ〜」


 千花が音のする方に目をやるとそこには片耳にピアスをつけた青年が立っていた。

 ツーブロックにしたマッシュヘアは毛先を遊ばせていてふわふわとしている。

 一見チャラついて見えるが垂れ気味の目に少し下がった眉は小動物のような可愛らしさがある。


 元気よくドアを開け放った彼は千花を見るなり指を指した。


「あ!もしかして君が例の橘千花ちゃん?」

「そ、そうですけど……」


 なぜこの人が自分の名前を知っているのか。

 千花が眉根を寄せてもピアスの彼は気にすることなく笑顔で話しかける。


「俺、あかの親友の京極梓月っていいます。よろしくね〜千花ちゃん」

「京極くんって……あの隣のクラスの?」


 京極梓月。

 この学年の三大王子と呼ばれる内の一人でその甘〜いスイーツフェイスにやられる女子が続出。

 そして実は家が超お金持ちの御曹司。

 ついたあだ名は "お菓子の国の王子" 。


「そー!せいかーい」


 嬉しそうに笑う梓月は茜みたいな近づき難い雰囲気はなく、どこかたんぽぽのような可愛らしさが滲む。

 すると梓月は何やら難しい顔をして茜に問う。


「むむ?この状況って、もしかして……?」

「あぁ、成功だ」

「はぁやっとか〜。もー無理だと思ったよ〜」

「は?これくらい余裕だ」


 胸に手を当て安堵のため息をつく梓月と腕を組んでどこか不満そうな顔をする茜。

 千花がいまいち状況を理解できないでいると梓月がにこりと微笑む。


「そっか〜ついに千花ちゃんはあかにあまーく口説かれちゃったんだ〜」


 梓月はいや〜ピュアだね〜と1人楽しそうに笑う。


「口説かれてないからっ!」

「口説いてない!」


 必死に否定する千花と茜は息ぴったりで余計に梓月を笑わせてしまう。


「ひゃ〜息ぴったり〜」


 ケラケラ笑う梓月に茜ははぁとため息をつく。


「おい梓月、時間やばかったんじゃねぇの?」

「あ、そうだった。やばい、怒られちゃうよ〜」


 茜の言葉にはっとした梓月はひぇ〜と声をあげる。

 千花はコロコロ表情の変わる梓月を内心少し面白いなと思いながら見つめている。

 すると梓月は千花の方へ駆け寄り手首を掴んだ。


「ほら行くよ〜千花ちゃん」

「え、どこに?!」

「いいから、はやくはやく〜」


 梓月は千花を掴んだまま廊下へ飛び出す。

 いきなり引っ張られた千花は梓月に連れられて訳も分からず廊下を駆ける。


(えぇぇ、ど、どこにいくのおおお?!)


 まだ何も始まっていないのに、千花は己の人生が大きく傾くのを感じた。



***

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