第4話 逃げられない……!

それからというもの、隙あらば茜は千花に何かと話しかけてこようとする。


朝は校門の前で待ち伏せ、移動教室は隣りに座ろうとしてくる。

昼休みは一緒に昼食をとろうと誘ってくるし、放課後はやたらと話しかけようとしてくるのだ。


その度に千花は隠れて、逃げて、紛れてを繰り返し、話しかける余地さえ作らない。

そんな日々一進一退の冷戦状態が続いている。


「ねぇ千花。あんたもうそろそろ諦めたらぁ?」


昼休み、購買に並ぶ人集りに紛れ込み昼食を手に入れた千花は、星乃と共に屋上へと向かった。

疲労でうな垂れていた千花に星乃はコッペパンを頬張りながら話しかける。


「もうここまで来たら愛でしょ。千花ったらあんなイケメンに好かれちゃってぇ」

「だから、そういうのじゃないから…」


なぜ追われているのかを知らない星乃にはどうやらそのように見えてしまっているらしい。

千花は毎度否定するものの、原因であるあの夜のことだけは話せないため軽く流されてしまう。


千花が話さないのは茜に命令されたからではなく単に信じ難い出来事だからである。

この国では既に絶滅している狼に襲われたなど誰が信じようか。

下手をすれば即病院行きを促される。


茜の本性も場合によっては同等のレベルで信じてもらえない難問であると千花は思っていた。

しかし、茜の驚くべき悪いギャップを星乃は意外にもすんなりと信じた。

誰にでも裏はあるものよと悟りでも開いたのかと思うほど平然としている星乃に、逆に千花が驚いてしまったほどに。


「はいはい。でも本当にもうそろそろ決着をつけた方がいいんじゃない?イケメン君のファンに見つかるのも時間の問題よ」


確かに星乃の言うことは正しい。

今まで千花が上手いこと逃げ回っていたため、校内で誰も気づかない隠れんぼのような鬼ごっこを繰り広げていた。

しかし長期戦になれば話は別だ。

いつまでも見つからない隠れんぼなど存在しない。

一歩間違えればすぐさま肉食獣たちの餌食だ。


「分かってるけど……あいつの言いなりになんてなりたくない!」


買ってきた焼きそばパンを大きな口で頬張って闘志を燃やす千花を横目で見ながら、星乃は呆れたように軽いため息をついた。


「全く、頑固なんだから。悪化しても知らないわよぉ」

「悪化上等!絶対逃げ切ってやるんだから」


というかこの焼きそばパン美味しすぎる!とむしゃむしゃ頬張る千花は星乃の忠告を頭の隅へと追いやった。



***



「それでは今から前期の委員会を決めていきます」


さっき決まったばかりのほやほや学級委員長が黒板に委員会を書き込んでいく。

千花は前席に座る星乃の背をつついた。


「ねぇねぇ、星乃。委員会何にするか決めた?」

「うん。私毎年保健委員やるって決めてるから」


保健委員は掃除の時間に手洗い場の石鹸を補充したり体調不良の子の付き添いをしたりと仕事は簡単でなおかつ少ない方だ。


「星乃がやると保健委員っていうより保健室の先生って感じがする」

「白衣着て男どもをメロメロにしてやるんだからぁ♡」

「鼻血吹かせて貧血患者増やさないようにね」


白衣は委員じゃ着れないのではとはと思いつつ、二人はくだらない冗談を言い合う。


「そういう千花はどうするのよ」

「うーん、居残りがないやつならなんでもいいかな」


極力楽なやつがいいとは思うものの、そういうものは大抵人気が高い。

決める時に話し合いやらジャンケンやらをする方が面倒なので空いているやつにさり気なく入ろうというのが千花の考えである。


そうこう話しているうちに委員会決めは進んで行く。

星乃はじゃんけんへと出向くとあっさり勝ちをもぎ取って戻ってきた。


「それでは次。体育委員、やる人いますかー?」


クラス内に沈黙が漂う。


体育委員は体育の授業の準備をしたり体育祭の手伝いがあったりと重めの仕事が多い。

しかも男女1人ずつという規定もあり、友達同士でやりたい人たちは避けたい委員会でもある。


お前がやれよ、いやお前こそと目線で命じ合うクラスメイトたち。

彼らを横目に千花は仕方なく手を挙げる。


仕事は多いものの居残りがない体育委員。

しかも争うことなくすんなり決まるならそれでいいと千花は思った。


「では女子は橘さんで。男子の方は……」


スっと窓側の方から長い手が上がる。

どうやら千花と似たような考えの男子がいたようだ。


思いの外男女ともすんなり決まってよかったと千花が思っていると周りが小さくざわめく。

星乃も整えられた眉を上げてそちらの方を見つめている。

そんなに驚くことかと思った千花がざわめきの的に目を向ければ…空いた口が塞がらない。


そこには、千花が逃げ回っている根元が律儀に座っている。


(なっ……なな……)


千花は衝撃の余り言葉が出ず、ただただを凝視する。


「では、沖田くんに決定します」

「え!嘘!なんで?!」

「おきたんと一緒ならうちがやればよかったぁ!」

「最悪……運わるっ…」


(いやいやいや、いっちばん運悪いの私!)


面倒ごとに巻き込まれる前に誰かに譲ろうかと考えていると委員長がトドメの一撃を千花に食らわす。


「決定事項ですので変更は認めません」


にこりと微笑む委員長は千花には悪魔にしか見えない。

恐らく折角決まったのに振り出しに戻ってたまるかという思考なのだろう、委員長も楽じゃない。


眼鏡くんからの渾身の一撃を食らった千花の思考は無限に広がる宇宙へと飛んでいった。

そんな燃え尽きた灰のような千花を見て、言わんこっちゃないと星乃は肩を竦めるのだった。



***






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