第26話 アンシー・ウーフェン上層
「ああ、もう……」
ウィルはカナリアの背に掴まりながらぼやいた。
「なんで毎回こいつなんだ!」
騎乗竜がアンシー・ウーフェンに向かって全速力で駆けていた。
ウィルの文句はダカダカという音にあっという間にかき消されてしまっている。
カナリアが運転する後ろにウィルが乗り、その少し前方をトウカが走っている。キラカは後ろにヘイウッドを乗せて、勢いよく騎乗竜を走らせていた。ヘイウッドはこの揺れをものともせず、アンシー・ウーフェンの写真を撮り続けている。
その後ろからも、騎乗竜に乗った集落の男達が何人かついてきていた。
ゴーグルをつけたカナリアが振り返らないまま叫ぶ。
「今度はグロッキーになるなよウィル!」
「ちゃんと乗ってるから大丈夫だ……」
あの時は落ちそうになったからバランスが取れなかっただけで、今度は大丈夫だと思いたい。
それに前回より距離も短いはずだ。たぶん。
――しかし、なんだこの音……。
ヘイウッドが言ったように、アンシー・ウーフェンからの音が僅かに聞こえる。
低い、壊れた弦楽器にも似た、小さな遠吠えのような音だ。だが遠吠えと違って高くなく、どこまでも低い。
――これは、もしかして……。
竜の声なのか。
だがいま考えても仕方なかった。アンシー・ウーフェンに着けばすべてわかることだった。騎乗竜はその目的地に向けて、全力で走り抜けた。
巨樹が近づいてくると、警報音が鳴り響いていた。
鉄道警備隊があたりに居たが、警報音に混じる低い音に困惑しきっていた。おかげで難なくアンシー・ウーフェンまで近づけた。途中でトウカが騎乗竜から杖を持ったまま飛び降りた。続いてキラカとヘイウッドが、そしてカナリアがウィルのマントを掴みながら飛び降りた。おかげで首が絞まるところだったが、なんとか着地には至った。
「こっちだ」
樹の裏側へとたどり着くと、キラカは迷うことなく穴の開いた場所へと向かった。
ここまでついてきていた集落の男達は騎乗竜から降りず、アンシー・ウーフェンの表側へと向かっていった。一人がトウカに近づいてきて言う。
「こっちは陽動に回ります。気をつけて」
「ああ」
トウカが頷くと、キラカは既に荷物からホチキスの針を取り出していた。
そうしてウィルを案内した時と同じように、樹に開けられた小さな穴に針を差し込んでいく。そして強度を確かめると、そのまますいすいとホチキスに足をかけて登っていく。登りながら素早く針を差し込み、あっという間に上に上がっていった。トウカがそれに続く。
カナリアは目を輝かせていた。
「こういうアトラクションっていいな!?」
「やめとけ」
せめて今はそういう発想はやめてほしかった。
トウカに続いてウィル、カナリア、ヘイウッドがホチキスを伝って上まで登り切る。以前来た時と同じように穴の隙間から中へ入り込むと、急いで樹に開けられた穴を進む。行き止まりへとたどり着くと、地面に設置された鎧戸を開けた。
今度は前のように慎重にではなく、一気に開いた。樹から響く奇妙な音に混じり、警備隊の声がした。だが今は構っている暇はない。
キラカとトウカは次々に飛び降りて、整備された廊下へと降りた。
「へええ。上の方ってこんな普通の廊下が続いてたのか」
唯一この空間を見ていないカナリアが、物珍しげに周囲を見回す。
「ここだけは一応、整備されているようだな」
「おしゃべりは後だ、行くぞ」
トウカが先導し、先へと進む。
それでもできるだけ戦闘は避けたい。五人はキラカとトウカの二人のやりとりで、廊下の隅へと身を隠した。走っていく警備隊をやり過ごしながら廊下を進む。
やがて、はじめて見る廊下へとたどり着く。ここからは完全に二人の先導が無ければ無理だった。
警備隊をやり過ごし、トウカの合図で階段を駆け上がる。
階段は途中で折り返しながらまだ上へ続いていた。もしかして樹の最上段まであるんじゃないかと思うほどだった。
「ど、……どこまで続くんだ、これはっ……」
カナリアとヘイウッドの前を上がっていたはずのウィルは、完全に出遅れていた。いつの間にか最後尾になっていた。
「もうちょっとだ。頑張ってくれ、魔法使い!」
「くそっ……、お前らの、体力が、……飛び抜けてんだよ!」
ウィルだって決して体力が無いわけではない。ただ他の四人がそれを軽く上回っていただけである。
「えー、いま、私たちはアンシー・ウーフェンの内部に侵入しています。なんということでしょう。ここは一般公開されていない貴重な場所です」
ヘイウッドは完全に記者としての執念でついていっていた。記録媒体のようなものに声を入力しながら階段を飛び越えていく。
「……あいつはマジでなんなんだ」
さすがのウィルもそこまでとは思わず、呆れたように見上げた。
そしてぜえぜえと肩でしていた息を整えると、大きく深呼吸をしてから後を追った。
ついに階段の上までたどり着くと、トウカとキラカは歩みを止めた。
カナリアが「さんばーん!」といいながらその後に続く。
階段を覗き込むと、ウィルが二つほど下の踊り場から近づいてきているのが見えた。どうやら大丈夫そうだと判断する。目線を戻したトウカが、声をかけようとした瞬間だった。
「!? 誰かいるぞ!」
「侵入者だ!」
警備隊の声だった。
「まずい、見つかった!」
トウカの叫びは、下にいるウィルにも聞こえた。
「兄さん! ウィルさんと先へ!」
「よし、じゃあオレもやるか!」
「戦えるんですか」
「にししし。物理なら任せろ!」
カナリアが親指を立てたのと、ウィルがその小綺麗な顔を崩しまくって階段の最後にたどり着いたのは同時だった。
「行こう」
「ああ、もう……」
ウィルは文句を言いかけたが、やめた。呼吸を整え、走り出したトウカへと続く。
「任せたぞ、カナリア!」
「ばっちこーい!」
カナリアは荷物袋からスパナを取り出すと、宙に回転させながら投げて目の前でぱしっと受け取ってみせた。
「さあ! かかってこーい!」
スパナを両手装備で構える。
声をあげて飛びかかってきた警備隊の懐に入り込んで交わすと、みぞおちと股間へ強烈な一撃を食らわせる。ウッ、と声をあげて男が倒れ込んだ。その後ろから走ってきた別の男へ、キラカが飛び上がって顔面を横から蹴りつける。飛び上がったキラカを捕まえようとした男に、投げられたスパナが直撃した。
次々に倒されていく隊員達を見ながら、後ろにいた男たちがピーッと笛を吹いた。
後ろからも警備兵が駆けつけてくる。
「やるじゃん」
「そっちこそ」
二人は背中合わせになると、互いの前にいる警備隊へと視線を向けた。
そうして一気にかたをつけるべく、同時に動き出した。
「うひょー! すごいすごい!」
その様子を、頬を紅潮させながらヘイウッドは写真を撮り続けていた。
まさか新人作家がここまで戦える人間だったとは思いもしなかった。それだけでネタになる。もはやここは極上のネタの宝庫だった。いつの間にかヘイウッドの中では、敏腕記者を飛び越えて局をあげて表彰され、同僚や上司にありったけの賞賛を受けている自分を妄想していた。
「えへへへ、そんな。私が新聞局長にだなんて。私は一介の記者ですから」
妄想がだんだんと口から出始めた後ろから、彼女も拘束しようと警備隊がそろりと近寄る。だが警備隊がぐっと両腕を伸ばした瞬間、彼女は勢いよくしゃがみこんだ。体を支えきれずバランスを崩した警備隊は前につんのめり、更に前方から彼女を捕まえようとした警備隊と頭をぶつけあってぶっ倒れた。
目を回した警備隊の山ができあがろうとしていた。
「ああ! いい! いいわ! いま私、最高に輝いてる!!」
そんな警備隊の山の上で、ヘイウッドは二人の写真を撮り続けていた。
*
がつんと扉が殴りつけられた。
手が痛くなっただけで、ウィルの拳ではびくともしなかった。
トウカとウィルの二人がたどり着いた先には、三メートルはあろうかという巨大な扉が鎮座していた。扉は両開きで、真ん中を中心に文様が掘られている。
「行き止まり……なのか?」
「いや。この先には、アンシー・ウーフェンの心臓部があると言われているんだ。それこそが真の竜の秘宝だと」
「秘宝ねえ」
それからウィルは肩を使って全身で扉を押し開けようとしたり、逆にぴったりとくっついた扉の真ん中に指を引っかけて引っ張ってみようとしたが、やはり駄目だった。
「体力不足か?」
「違うわ!」
さすがに体力不足で開かないわけではない。
トウカが首を捻る。
「だけど鍵穴も無さそうだし、取っ手も無いとなると……。どうやって開けるんだ?」
「こりゃ認証式だ。おそらく関係者しか開かねぇようになってんな……、おっと!」
軽く自分の魔力を流してみたが、ばちっと音がしてはじかれてしまった。僅かな痛みを払うように軽く手を振る。
「壊すのは無理そうか?」
「無理だな、こんなでかいもの」
「そんな。ここまで来て!?」
トウカは扉を殴りつけた。ごん、と小さな音が廊下に響いただけだった。
「やめとけ、手が痛くなるだけだ」
「そんなこと言っても……」
「……」
ウィルはふと、トウカの持っている杖を見つめた。
杖が本来の力を取り戻した時、本当の意味でアンシー・ウーフェンを砕く事ができる。もしかしてそれは、心臓部に入れるという事ではないのか。
「……そうか。ここを作ったのが魔法使いなら……」
ウィルは無理でも、この世界の魔力なら。
「おいトウカ。お前が開けてみろ」
「は!?」
さすがにトウカも驚き、聞き返す。
「いま破壊でも無理だと――」
「物理で壊せって言ってんじゃねぇよ。お前にはそれがあるだろ」
ウィルはいまだに大事に持っているトウカの杖を指さした。
「杖……? この杖がどうかしたのか?」
何を言っているのか理解できず、困惑した顔をする。
「どうもこうもない。その杖はどう見ても魔法使いの杖だ」
びしりともう一度トウカの杖を指さして続ける。
「おまけに首領が命令を下す際の言葉は詠唱そのもの。もしかしてお前たちの一族は、もともと魔法使いが作ったんじゃないか? こういう事があった時に、いつでもアンシー・ウーフェンを壊せるように」
「……」
「だけど長い間に安定しすぎて、本来の意味が失われてしまったんだな」
「でも俺は、魔法なんか習ったことは無い! 詠唱も知らないし、教えてくれなかった!」
例え杖があったとしてもだ。トウカは杖を握りしめて言う。
だがウィルはそれを制した。
「トウカ。魔法ってのはな、強い願いだ。自分の願いを、魔力を借りて形にするものだ。お前はいま、どうしたいんだ。この先に向かって心臓部を破壊したいんじゃないのか。だったら、祈れ。願え。命令しろ。詠唱なんざ後からついてくる」
「……」
「やれ。まあ、駄目ならそれまでだ」
ウィルは笑う。
「わ――わかった」
トウカは杖を握りしめ、集中を高めた。
「俺がどうしたいか……」
呟き、いまこの場で相応しい言葉を探し出す。
それは見つかったのと同時に言葉となって飛び出した。
「……我が、トウカ・ペチカの名において命じる! ――開け、扉よ!」
夕暮れ色の魔石が光りだし、光は扉の認証式へと吸い込まれていった。扉に掘られた文様がオレンジ色に光り、その線を形作っていく。ごうん、と音がした。
ごうん、ごうん、と音は続き、ゆっくりと扉が開かれていった。
「あ……、開いた……」
「できんじゃねぇか」
ウィルは目元を少しだけ歪ませた。
はっとしたように、トウカは不敵な笑みを見せた。
「……そりゃ俺は、首領だからな」
「よく言う」
互いににやりと笑うと、扉を越え、中へと入っていった。
扉をくぐると、中は巨大な空間になっていた。
足場は手すりがあるものの下も暗い吹き抜けになっていて、落ちたらひとたまりも無さそうだ。
周囲はひどく暗かったが、中央で赤く光るものがあたりを照らしていた。組まれた足場はその光を囲むように円形に続いているが、真ん中からは光の下に行けるようになっていた。
「あれが、竜の秘宝? だけどあれは……」
「これは……、心臓?」
光の中心にあったのは、どくん、どくん、と鼓動のように動いていた。いや、まさしく鼓動に間違いなかった。形は心臓そのものだが、表面上は赤い水晶のようで、周囲を赤い光で満たしている。
それが壁のあちこちから筋肉の筋のようなもので繋がり、宙に浮かされている。
筋を補佐するように更に管やチューブのようなものが繋がれ、壁に沿って暗い奈落へと続いていた。その合間から見える赤く照らされた壁は、ときおり隆起しながら蠢いていた。もはや竜の形なのかどうかさえ怪しい。なにしろ水晶の後ろには更に巨大なまぶたがあり、うっすらと開けられていた。虚ろな目が少しだけ見える。
「そうか。竜の秘宝ってのは、竜の心臓のことだったのか。そりゃこんなバカでかいエネルギーの中心にもなる」
アンシー・ウーフェンの心臓部とは言葉通りだったのだ。
「……その通りです。魔法使い殿」
進む先。足場の中央。
竜の秘宝のほとんど真下に、一人のトカゲが立っていた。
トウカがはっとして立ち止まる。
「よう、駅長」
ウィルは軽く手をあげた。
駅長フリードマンは、陰鬱な顔をして振り返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます