第5話 カフェ室の一人と一羽
「……困ったわね」
最果て迷宮、カフェ室。
シラユキは真剣な顔をして唸っていた。カチカチと時計の秒針が時を刻む。それに混じって、こぽこぽと小さくヤカンが沸騰し始める音も。
眉間に皺を寄せて、両手を合わせて考える。
「よし、決めた!」
叫んだ瞬間、ヤカンが沸騰した。
シラユキはぱっと後ろを振り向くと、キッチンにヤカンを止めに行った。
それからいそいそと戻ってくると、カウンター席に置いてある止まり木を見た。
ウィルの使い魔である、名も無きフクロウがいた。
「『伯爵』君!」
「……」
フクロウは何も答えなかった。
「この間、カナちゃんが男爵イモからとって男爵って呼んでたから、今日は伯爵君にしましょ。伯爵君!」
「……」
それでもフクロウは何も答えなかった。
だが、それが一時的な自分の名前であるというのは理解した。
カフェ室は館の雰囲気と同じく、アンティーク調の調度品に囲まれていた、落ち着いた空間だ。迷い込んだ者にお茶を出したり、自ら次元の扉を通れる者がたまに人のいない空間を好んでやってくる事もある。そしてそんなカフェ室を預かるのがシラユキだ。ここは彼女の領域なのである。ここから異界のナビゲーターも行う。例え扉が閉じてしまっても戻ってこられるようにだ。
シラユキはもう一度キッチンへ赴くと、自分の紅茶を淹れてきた。
「伯爵君はさすがに紅茶は駄目よねえ」
「……」
フクロウは頭を羽の間に突っ込み、かしかしとかいていた。頭を戻すと軽く震える。ふんわりと広がった羽根が元通りに落ち着いていく。
シラユキはにこにこしながらそれを見ていた。
「そうそう、困ったことと言えばね、伯爵君」
シラユキはカップを置き、カウンターの片隅に置いてあったアンティーク調の小さなラジオを出してくる。下の方には五個ほどつまみがついている。シラユキはそのうちの一つをつまんで左にカチカチと動かした。ざあ、という音が流れる。
「二人の入った次元の扉が、閉まっちゃったみたいなの」
「……」
フクロウは僅かに首をかしげながら、その視線をラジオへと向けた。
「あの二人だったら大丈夫だと思うんだけど……」
動かしているラジオはただのラジオではない。
次元の向こうの、双子である自分の「片割れ」へと直接通じる、通信機なのだ。
「うーん。合わないなあ。カナちゃん、向こうでそれっぽいもの見つけてないのかな」
「……」
「伯爵君は? まだウィル君から連絡は来てなぁい?」
「……」
フクロウはくちばしでラジオを小さくつついた。
その様子に、シラユキは笑ってその頭を指先でそろそろと撫でた。
「今度また、カナちゃんにもっといいの作ってもらおうね」
チャンネルを合わせるには、まだ少しかかりそうだった。
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