第3話 盗賊団:無銘なる黙示団
最後の個室からトカゲが出てきた後、当然のように彼は二人へと視線を向けた。
「お客様」
「すまない、添乗員か車掌か……」
ウィルはできるだけ困ったような雰囲気を醸し出す。
こんな事態になったのは俺たちのせいじゃないと言う雰囲気だ。
「車掌はわたくしでございます。何か問題でも?」
「あー、切符だよな。わかってる」
落ち着いて聞いてほしい、と言いたげに両手を前に出す。
「すまない。その肝心の切符を無くしてしまったようでな」
トカゲの鋭い目線を感じた。
「前の駅で財布ごと落としたか、すられたかしてしまったようなんだ。入れていた切符ごとおじゃんだ。困ってどうしようか廊下まで出てきてしまった」
よくこうもそれっぽい理由が出てくるなぁ、という目でカナリアは見上げている。
「ふむ……?」
トカゲの車掌はまじまじと二人を見た。
とはいえ、二人は旅人にしても奇妙な格好だろう。
「次の駅で工面するか何かしたいんだが、どうにかならないだろうか」
「どこで無くされたのか覚えてはいませんか」
「あーっと、それもちょっと定かじゃなくて」
「誰か怪しい者がいたなどは……」
「そのあたりも記憶が曖昧で」
「お乗りになった駅の名前でも良いのですか」
「それもちょっと……」
「……」
「……」
リズミカルな音だけがこだまする。
カナリアの目線が、もうちょっとがんばれよ、と言いたげになっている。
「困りましたな、お客様」
「……俺も困っている」
ウィルはなんとかそれだけ言葉を紡ぎ出した。
もうちょっとがんばれよ、という目線は継続していた。
「まさか無賃乗車というわけでは……」
ぎくりとした。
かといって、次元の扉を開けてきたらここでした~、なんて早々信じてはもらえまい。次元の扉の存在はあまり知られているものではないし、滅多に開かない「殻」の堅いところもある。
どうすんだよこいつ、というような目線をしていたカナリアは、ふと奇妙な音がしているのに気付いた。リズミカルな列車の音に混じり、何かがドカドカと走っているような音だった。目線をウィルから外して、音のするほうへ足を向ける。外からだった。窓の外を見る。やはり何かが列車を追っているような音だった。
近づいてくる。
何か、巨大な生物が走ってくるような音だ。
さっきドアを開けた時にはいただろうか。それなら、ものすごいスピードで近づいてきている事になる。
「おい、ウィル。列車に何か近づいてきてるぞ」
「は?」
突然何の話だ、と言おうとした瞬間だった。
「うわっ!」
車両が左右に揺れ、トカゲですら驚いたように壁に手を当てた。突然の事だった。
ウィルは大きくバランスを崩しかけたカナリアの肩を掴み、窓の外へ視線を向ける。外から何かがぶつかったのだ。コンパートメントの中からも小さな悲鳴があがっていた。
更にもう一撃、強い衝撃が加わった。
「くっ……」
マントの中にカナリアを引き入れ、次に衝撃が与えられた方角を見る。最初と同じ方向だ。外から何かで狙撃、というより破裂させられている。
トカゲは膝をついて、なんとかバランスをとろうとした。
視線を窓の外に向けたとき、列車と平行して走っている何かに気付いた。
「なんだれは……!?」
「あれは……まさか……」
爬虫類の小さな目が見開き、窓にしがみついた。
もはや二人のことなど眼中になかった。
「 『無銘なる黙示団』!」
走っているのは、体長二メートルほどの小型の竜のような生物だった。
見た目は爬虫類めいた泥色の皮膚で、ダチョウのように長く湾曲した首の先に小さな頭がついている。その割に目玉は大きく、口元もくちばしのように伸びている。体長は四、五メートルほどあって、尻尾がバランスを取るように伸びている。列車に追いつくほどの脚力の後ろ足に比べて前足はひどく小さかった。
そんな小型竜には鞍と手綱が付けられている。騎乗竜なのだ。
乗っている騎手は全員、立ち襟で裾と袖の長い衣服を着ていて、頭にはターバンを巻いていて、列車を追っている。
その中で、騎乗竜二匹によって引かれている荷車が一つあった。列車に向けられた大砲を腕で抱えた者が乗っている。大砲の口からは白い煙が尾を引いていて、ここから何かが発射されたのが見てとれた。
「あれだ。あいつが何か撃ってる」
「ああ」
背後では個室の扉が開き、中から乗客が飛び出てきた。
「一体なんなんだ、この騒ぎは!」
説明を求めてトカゲに縋り付く。
「きゃーっ!」
黄色い声が響いた。悲鳴ではなく、歓喜に満ちた声だ。
「すごい! 特ダネよ、スクープよ、明日の一面はこれでいただきだわ!」
記者らしき女が、カメラを構えた。パシャッパシャッと音がしている。
「落ち着いてください、個室に戻って!」
「ウィル! このままじゃ列車が破壊されちまう! どうにかなんねぇか!?」
カナリアは叫び、ウィルを見上げる。
「くっ……仕方ない!」
ウィルは列車のドアめがけて飛びついた。勢いよく開く。外に出て手すりを握ると、風がウィルの全身に吹き付けた。バタバタとマントが翻った。乗客とトカゲの視線がその背中に一斉に注がれる。
「お、お客様。いったい何を――」
一体何をするつもりなのかと、いくつかの視線が集まる。
列車の最後尾には、凄まじい勢いで騎乗竜に乗った集団が追いかけてきていた。まるで的のように現れたウィルを見上げたような気がしたが、それだけだった。ドカドカと駆る音が響いている。騎乗竜の数は七。列車についてきてくれるのならば、やりやすい。
腕をクロスさせ、魔力を集中させる。風に混じって、冷気が周囲に満ちていく。風のせいではなく、ウィルのマントと髪が揺れる。
「穿て――」
魔力をこめた言葉を紡ぐと、ウィルの背後に巨大な氷柱が九片、次々に現れた。どれも両端の先が細く鋭く刃のように光り、くるくると旋回している。
ぎろりと金の瞳が開くと、照準を合わせて指先を向けた。
「"氷刃の牙"!」
標的を定めた氷柱が、一斉に騎乗竜の集団めがけて飛んだ。集団が向かう先の草原の中に一つ、二つと突き刺さる。
騎乗竜たちは驚いたように声をあげ、体を起こして暴れ出した。いななきをあげて巨大な氷柱から逃れようとする。騎乗していた者達も、なにが起きたかわからないようだった。なんとか走らせようと、手綱を握って操ろうとする。大きく氷柱を迂回しても、次々とスピードを落として脱落していく。
残ったのは一頭だった。
僅かにその前足に付いた羽のような毛が、虹色に染められた騎乗竜だった。唯一怯むことなく追いかけてくる。
騎手は女とも男ともつかなかったが、するどい眼光は何処か面白がるようにウィルを見ていた。右へ、左へと素早く移動しながら翻弄してくる。染められた毛と同じ、様々な色を使ったターバンから、二本の布がたなびいている。騎手は片手を手綱から離すと、ゆっくりとその手を背後の弓へと回した。二本の手が完全に手綱から離れると、弓矢を構えた。
ウィルが掌を差し出すと、先ほどと同じ氷柱が一片だけ現れた。
掌の上でくるくると回転し、指示を待つ氷。
騎手はキリキリと鳴る弓矢を手に。
にらみ合う時間は永遠のようで、それでいて視線が交錯したのはほんの僅かの時間だけだった。
指先を向ける。
弓矢が放たれる。
ほぼ同時だった。
飛んでいく氷柱と弓矢がちりっと音を立てて互いをかすめる。
髪をかすって、鋭い一閃が壁にぶち当たる。
一撃の牙は騎乗竜の足のすぐ先に当たった。虹色の騎乗竜はバランスこそ崩すことはなかったが、鳴き声とともに横にそれた。次第にスピードを落とす。列車はそれを好機にスピードをあげて、襲撃者たちから逃げ去った。脅威から逃げ切ったのだ。
だが、虹色ターバンの視線はじっとウィルを見たままだった。列車の最後尾で僅かに睨むように立ち尽くし、風にさらわれるマントの男を見ていた。
*
小さな舌打ちは、風の中に消えていった。
遠ざかっていく列車を見ながら、射手は口元の布をずらした。
列車を逃したのは痛いが、代わりにとんでもないものが見つかった。我知らず、笑っていた。
金色の目に、一部だけ黒い色をした灰色の髪。そして濃紺色のマントをはためかせた奇妙な男。その人物像を記憶にたたき込む。
しばらく列車を見ていると、背後から騎乗竜の音が聞こえてきた。ほーい、と仲間を呼ぶ声がする。射手はそれに応えるように、ほーい、と返事をした。やがて騎乗竜が近くまでやってきた。口元の布を戻す。
「大丈夫ですかい、首領」
「ああ」
どことなく楽しげな返事に、騎手は怪訝な顔をした。
「妙な奴がいましたね。なんだったんですかね、あいつは」
ターバン越しに頭を掻きながら言う。
「あの氷はどうした?」
「消えちまいました。一つだけ確保できましたが、それも時間の問題かもしれやせんな。ますますわけがわからねぇ」
騎手の男は肩を竦めた。
虹色ターバンの射手は、少し考えた後に続けた。
「もしかしたらあいつ、魔法使いかもしれない」
「……なんですって?」
「何もないところから氷を出した。ありゃあ間違いなく、魔法使いだ」
「あ、あれが魔法使い? だって魔法使いは……」
「全員いなくなったはず、か?」
騎手の男は大きく頷いた。
「でももし、生き残りがいたとしたら? 無い話じゃない。まだ生き残ってたんだ」
「こ、こいつは大変だ。すぐにオババに報告しねぇと!」
「ああ。疾く、疾く頼むぞ」
男は慌てて騎乗竜の手綱を取ると、一目散に走り去っていく。
他の騎手たちの目線は、虹色ターバンに集まっていた。
「みんな、聞いたな? 狙いはあの魔法使いだ!」
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