第10話「余韻は三分間!」

「ねえ、あいちゃん。何が聞こえたの?」


 すっかり敵意の抜けた夢吽ゆうからの質問だ。

 不思議そうな顔がなんともかわいい。

 ちょっと足早に化粧室を離れながら、わたしは応える。


「別の変界した人が来たんだよ。マーチって名乗った声が聞こえたんだ。だからさっきの人はやられちゃうんじゃ無いかな。マーチって凶暴みたいだし、わたしたちも危なかったかも」


 手を繋いだ夢吽が、安心した笑顔で「良かった」と小さく言った。


 穏やかな笑顔がまたまたかわいい。やっぱり夢吽は、こういう顔の方が良い。


 トラブルはあったけど、後は変に意識しないで普通の客としていれば、やってきたマーチの人にも気付かれない。

 不愉快な目にはあったけど、なんか動き回ったらスッキリした。

 これで靴を買えれば、万事OK。


 店に入ると「いらっしゃいませ」の店員の声。なんだか凄く安心する。

 店内は、さっき動き回った場所だ。

 まださっきと同じ服を前にして悩むお客さんもいて、少し笑い出しちゃいそうになる。


「あ、これだよ、これ」


 気になっていた靴〝ヒールスニーカー〟を手に持つ。

 さっき、敵がこれをすり抜けた光景がふと脳裏をよぎる。

 ……と、なんとなく手で埃を落とす真似事を、無意識にしてしまう。

 サイズを確認、試し履きをして、立ち上がる。

 足もとに意識をやって、右足のヒール部分をそのままに、つま先を浮かせ、床に落とす。

 

「なにしてるの?」


 この仕草を二、三回した時、きょとんとした夢吽の声がした。


 これは、ライブとかで使うエフェクターボードの踏み心地のイメージだ。

 ライブでは動きやすいスニーカーをメインに履いてたけど、これからは色んな靴で挑戦したい。

 この靴はまだ慣れないけど、きっと大丈夫。

「いろいろ考えてるんだね」


 屈託の無い夢吽に、思わず鼻が高くなる。


 買い物も終わり。

 色々あったけど、目的も果たしたし、気も済んだ。

 あとは――


「……あいちゃん、わたし、やっぱり怪しい人はやっつけたい」


 来た。ゆうのおねだりだ。

 こうなることは解っていた。というか、夢吽は前から、ヒーロー願望のようなものがあった。

 それがさっきので火が付いたみたいだ。


「う~ん」


 わたしはというと、心配の方がどうしても強かった。

 たしかに、わたしたちが強くなるには誰かと今みたいに戦うのが一番早い。

 けど、少ないとはいえ危険はある。誰かと積極的に戦うってのは、やっぱり反対だ。

 ……積極的に、はだけど。



「ま、たしかにあの人は無いよね。スカート覗いたり、あれ、きっとトイレとかも覗いてたよ」


 さっきの人の不快な行動は、わたしとしてもいただけない。


「積極的に戦うってのは無しだよ。相手を見極めて、悪い人だったらやっつけよう」

「やった! ありがとう、あいちゃん」


 結局、夢吽に押される形でこのヒーロー活動は続ける事になった。



「でもあいちゃんには敵わないな。さっきだってせっかくあいちゃんが我慢してたのに、わたしってば先走っちゃって…… わたしももうちょっと我慢強くならないとね」


 と、夢吽から意外な言葉がやってきた。

 わたしは単に動けなかっただけだ。あの時動けた夢吽の方が凄い。 

 でも、今は夢吽の言葉を素直に受け取ろう。


 商業ビルを出て軽く腕を伸ばしてストレッチ。

 靴はコツコツと真新しい音を立て、帰路にく。

 隣には、疲れが見える夢吽。

 明日は夢吽の高校の始業式。今日はねぎらいの意味も込めて、帰ったらわたしがご飯を作ろう――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る