第9話「戦いは五分間!」

 メロスは激怒した―― 中学の国語で習った一文が頭に湧いてくる。

 そう。今、わたしはそんな気分。

 国語は得意だから解る。これはそう、怒髪天ってやつだ。

 なにに怒っているかって? 胸を触られた事でも、目の前のにやけた顔にでもない。

 夢吽ゆうを不要に危険な目にあわせてしまったことにだ。


「もうあいちゃんには近づけないから!」

「お、君が付き合ってくれるってのかい、ならこれをどうぞ!」


 相手の手から水の弾が飛んだ。

 夢吽はぎりぎりで避ける。

 当たらないで良かった。

 でも、これでハッキリした。これはもう、宣戦布告、相手はもう完全に〝敵〟だ。

 てなれば、反省は終わり。こうなった以上、やるしかない。

 目の前のにやけた顔をすっ飛ばすために、気を切り替えないと。

 わたしはこうなる事が怖くて、相手を刺激しない事ばかり考えていた。

 でも夢吽は違う。そう、凄いんだ。

 ろくに動けなかったわたしのかわりに動いてくれた。その思いには応えなくちゃ。

 モバホを手に、保存しておいた夢吽の留守番電話メモを開く。

 いざ、変界。

 変界時間は約五分間。その間になんとか終わらせる。


 敵は床を滑るみたいに夢吽に近付く。その腕は、つららみたいになっている。あれで何をする気なのか、さすがにすぐ分かる。

 夢吽は、おとなしそうな見た目だけど、ハッキリ言って運動神経バツグンだ。後ろに下がって避けるなんて訳ない。


「あ、夢吽!」


 訳ないはず…… だったけど、夢吽は後ろを歩く人にぶつかるって思ったらしく、敵のつらら的なヤツをそのまま受けてしまった。

 夢吽の体の周りのワールドラインが、つららの衝撃を無くしてくれるからいいけど、それでも痛そうな場面はあまり見たくない。



「夢吽、今は周りに見えないし、他の人にも被害は出ないから大丈夫だよ!」


 わたしの呼びかけに、夢吽は小さく頷いた。

 よかった。ちゃんと冷静だ。

 わたしの声が届くなら、少しは〝わたしの力〟が活かせそう。わたしに作れる機械はショボいけど、それでも活かしてみせる。


「なるほど。身体から光が出てる間は、攻撃しても効かないのか! でもずっとそうなのかな?」


 敵は相変わらずニヤケ顔。夢吽から離れて、掌から水の弾を撃ちまくる。

 イライラするけど、夢吽はさっきと違ってきちんと避けていく。わたしは少し当たってしまう。痛くないけど、やっぱりイラつく。

 敵の後ろは、化粧室の壁。

 最低でも、見える範囲では人は居ない。

 もし無差別に攻撃しても、その攻撃はわたし達だけにしか影響しない。全部透き通ってしまうから。

 つまり周りを気にせず戦えるけど、今の夢吽には「人が見えるか見えないか」は精神的に結構大切な事だと思う。

 なぜなら……


「あいちゃん、わたし、やるよ!」


 夢吽は、右手を胸元に持ってきて、拳を作る。

 左手は右の拳よりも前に持ってきて、そこで拳を作る。

 よくいうファイティングポーズに似てるけど、これは違う。

 ドラマとかでしか見たこと無いものだけど、夢吽がやってる構えは、いわゆるマシンガンを持つ構えだ。

 と、腕が二本とも強く光った。

 ……来る。


「いっけえー! これはあいちゃんのおっぱいの分!」


 ズバババ、て感じのスゴい音と一緒に弾丸のようななにかが飛び出した。

 ついでになんかすごい発言も飛び出した気がしたけど、ま、いっか。


「うわ! そんなのってあり!? でも痛くもなんともないな!」


 向こうから来る水の弾もなんのその、夢吽のマシンガンの弾は敵にぶつかっていく。

 敵は、痛くないからって余裕そうにしてる。

 でもそれは〝素人〟の証拠だ。ってわたしも素人だけど…… 敵よりは知識がある。


『相手から何らかの攻撃を受けた場合、ワールドラインでほぼ無効化されるが、その時発生する素粒子ワールドリーノは、世界そのものになった変界の身に溜まっていく。貯まりすぎて飽和したワールドリーノは、変界した存在を急速収束、単純に言えば終わらせる』


 首藤さんの教えを思い出す。

 つまり、そういうことだ。溜まりっぱなしは良くないのだ。


「ま、流石にいい気はしないな」


 おっと、なにか嫌な予感でもしたのか、敵が逃げ出した。

 向かった先は、これから買い物予定の靴屋さんだ。

 商品、店員、お客さん、全てすり抜けて敵は逃げていく。

 あ、わたしの欲しい靴が飾ってある。

 でもそれも敵はすり抜けていく。なんか汚された気になって少しイラっとくる。

 と、追っていた夢吽が、また別の構えを見せる。

 親指を上に向け、人差し指を敵に向ける、これはよく見る拳銃のハンドサインだ。

 ここで決着…… と思った時、わたしは耳に違和感を思える。


「夢吽、右にステップ、次に左に!」


 叫んだ瞬間、夢吽は言った通りに動いた。

 夢吽が右に動いた時、元いた場所から水が凄い勢いで噴射した。

 次に、左に動いた時も、同じように水が噴射した。


「あれ? 避けられた」


 驚いた敵は及び腰。その間に、夢吽は遠慮無くピストルを撃つ。

 と、敵が水の玉を撃ちながら、また駆け足で逃げていく。


「あいちゃん、ナイスフォローだよ!」


 追いながら、夢吽の感謝を受け取る。

 ……夢吽の役に立てた。正直、嬉しい。

 身体の一部に機械の性能を組み込めるマシンナリーという思界力。その力を持つわたしは〝加速装置〟ってのを作れる。これがあれば聴力を加速して未来の音を聞くことが出来る。

 変界した瞬間から、特に何もしなくても内蔵されるらしい。だからいつでも力を使えるけど…… 夢吽みたいに戦えないから、やっぱりしょぼしょぼだ。


 移動しながらの水とピストルの打ち合いが続く。

 わたしはそこそこ水の攻撃を受けてるけど、大丈夫。……多分。


 敵はエスカレーターホールのエリアで止まった。

 ガラス張りの開(ひら)けた景色が眩しい。

 あれだけ攻撃しても、壁とか全部透き通るのに、変界者本人はなぜか壁とかは透き通れない。

 でもガラスとかは透き通れるはず。てことはそこから逃げる気…… かな。それならそれで別にいいけど。


 ――いや。

 考えるだけ、無駄だった。

 勝負の結末が今、見えて(きこえて)しまった。

 わたしは敵に背を向ける。


「夢吽、買い物行こっか」

「え? あ、うん、いいの?」

「もういいよ、それより靴だよ!」


 ピリピリとした気迫を出していた夢吽から、気の抜けた声がした。


 変界してから、体感時間でもうすぐ五分。どのみち五分が過ぎれば、ここには居られない。ちょうど良かった。


「え、君たち急にどうし――」


 敵が話す最中、その声はぷっつり消え、わたしと夢吽は、変界した場所である、レストルームの前に居た。


『変界した後は、そこからいくら移動しても時間が経てば元いた場所に強制的に戻される』


 これも、首藤さんから教えられていたことだ。

 さっきの人は、後三分くらいで戻ってくる。

 でも、多分二度と変界出来ないと思う。

 なぜなら…… もうやられちゃったから――

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