第8話「一触即発ディスタンス」

「やっぱり君には俺の事が解るんだ。隣の子もだよね? ちょっと反応が違ったみたいだったからね。そっちの子は」


「いやー霊感あるんですかね、わたしって」


「とぼけちゃて、知ってるんだろ、この力」


 思界力者の男は、ぐいぐいと来る。

 夢吽達は他の客達の流れの中、動きを止め、会話を始める。

 この時、夢吽は考える。

 今、周りにはどう見えているのか…… 誰も居ないのに話している変な姉妹に見えているのか…… 思界力者に絡まれているまずい状況だが、ついそんな事が頭をよぎった。


「これが出来るようになったのは三日位前かな。けっこう試してみて色々解ったんだけど、よかったら君達が知ってる情報を教えてくれないかな」


 意外にも、男からは合理的な話が飛んできた。

 が、一番意外なのは、この男は思界力に目覚めたばかりという事実。

 今はマーチの他に別の思界力者は居ない上、増えることはないと首藤から言われていただけに、驚きだった。


「あ、そういうことでしたか。え、えっとですね、わたしも力を知ったのはほんのミッカクライマエで……」


 阿衣の方は、安心感の方が強いらしい。強ばっていた表情も幾分か和らいでいる。


「あ、いきなりだから緊張しちゃうよね。じゃあ僕の方からいこうか、まずは――」


 男は、ろくに返事も聞かず話を進める。


 光を纏った今のこの状態は周囲から認知されなくなる事。さらに物をすり抜ける事。それらを興奮気味に語り出す。


「でも物をすり抜けるんなら、こうやって床に立ててるのは不思議だよね。ここにある壁だって、なんでかすり抜けられないし、そもそも服もすり抜けそうなのにそうならない。これは研究のしがいがありそうだよ」


「そういえばそうですねー あ、わたしたちそろそろ用事が……」


 と、阿衣がいかにも適当な相づち打った時、男の身体から光が消えた。

 変界の時間が終わったのだ。

 これ幸い。夢吽はチャンスとばかりに阿衣に合図を出し場を離れようとした。

が……


「お、ちょうどよかった。ちょっと面白いものみせてあげるよ」


 言うに早いか、男はフロアを仲良く歩く男女のペアの前に行き、声を掛けた。

 そして軽い談話をしていく中、ずっと手にしていた缶ジュースを口にする。

 途端、その身に再び、ワールドラインが作られた。

 缶ジュースを飲むのが変界のトリガーなのか、夢吽は思い、息を呑む。

 

「ほら、これこれ!」


 男がこちらに駆け寄り、さっきまで話していた男女の方を指さす。

 そこには、誰も居なくなった場所で会話を続ける男女の奇妙な姿があった。


「こっちを意識してる相手に前で、この光ってる状態になればどうなるか気になってね。結果はあれさ。おもしろいだろ。きっとあの人達にとってはあそこにまだ僕がいるんだよ。どういう訳だかね」


 この状態には、夢吽も思わず目を丸くする。

 面白い現象なのは確かだが、ここで男と会話を続けている状況は面白くない。なにより…… 


「この人たちにはさわれないけど、こういう楽しみ方は出来るよ」


 なにより、認識されない事を良いことに、女性のスカートを堂々と覗く行為は、面白くないを通り越し、不愉快だった。

 男の動きを見ていたら、妙に喉が渇いてきた。指先も、少し震えて来たのが解る。

 男から感じる不安からか―― と、震える手が、暖かい感触に包まれた。

 阿衣の手である。


(あいちゃ―― おねえちゃん……)


「では、わたしたちそろそろ行きますね」


 阿衣に手を引かれた時、喉の渇きも一緒に引いた。


「ちょっと、まだまだこれからだよ」


 うまく逃げようとしたが、すぐに否が返る。

 これからがメインだという男の口元は、心なしか綻んでいた。そして、阿衣に伸びる右の腕。


「な、なななにを!?」


 腕の先は、阿衣の胸元を事も無げにタッチした。


「凄い! 光ってる状態を認知してる相手にだったら触れるんだ! てことはこれもそうなのかな!」


 男は右の掌を、あたふたする阿衣の顔に向けた。

 掌の先からは頭一つ分くらいの、水の玉が発生する。

 まさかこのまま放つつもりなのか…… いや、そうに違いない。

 夢吽は、モバホを取り出し、考えるより早く行動に出た。


「え、あの、わたし濡れるのは……」

「おねえちゃん!」


 思わず叫び、ワールドラインの光を纏った身で、阿衣と男の間に割って入る。


「これ以上は…… これ以上は許さないから!」


 夢吽の前には、水の玉をそのままに不敵に佇む男がいた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る