第26話 エピローグ そのいち
私とアリスのドタバタが収まってからしばらく。あれから何回か配信も行っていて、着実に慣れてきていることを感じる日々。
最初は拒否反応を示していた『下僕』というファンネームも慣れてきて、アリスから配信の相談を受ける時に『下僕のみんなが〜』とか言うから、ギョッとしたりする(私が言い出したことなので、これに関しては私が悪いんだけど)
魔法雑談も数回行い、地味に私にとっても勉強になることが多かった。アリスに呆れられて、コメントが小馬鹿にしてくる流れもお決まりになってきている。
中間試験も無事に乗り越え、まもなくやって来るのは夏休み。入学以来、何だかんだと色々忙しかったが、やっと一区切りが見えてきた感じだ。
そんな時に、私は部室に呼び出される。
《ユウちゃんだ〜! ちょっと久しぶりだね》
「おはよ、なんだかバタバタしちゃって部活に顔出せなくってごめんね」
真っ直ぐに
空間に書かれた文字は元気いっぱいに見えるけれど、所作は非常に柔らかく、微笑みながら手のひらをひらひらと振る様子は深窓の令嬢という感じ。相も変わらず美人さんだ。
《配信、見てたよ〜。ほんと有名人になっちゃった感じ! 元々ユウちゃんは有名人だけどね!》
「み、見てたの……恥ずかしいんだけど」
《いやぁ、流石にSNSで告知しちゃったら、私もチェックしちゃうよ〜》
それは事故……というか悪辣な罠だったんだけどなぁ。まああれが無かったらアリスとちゃんと仲直り出来ていたのか怪しくもあるから、感謝……出来ねぇなぁ!? おぉ、エリスさんよォ!
《ほら、今だってスマホが通知で鳴ってるみたいだし?》
「あ、これは兄から。なんか配信してたこと知っちゃったらしくて」
もう、ね。心配してくれてるのはよーくわかるし、有難くも思うんだけどね? 正直ウザったいレベルにまで来てます。ほっといて、とか言うつもりは無いけれど、昼間の間はちゃんとお仕事頑張ってくれないかな……。
《ほうほう。お兄ちゃんにバレちゃうくらい大成功したんだね〜》
「そう、とも言える……のかな?」
アリスのチャンネル登録者数は着実に伸びてきている。六桁になるのもそう遠くは無いだろう。個人Vtuverとしてはかなり早いペースだ。一緒に配信してると、変化を間近で感じれた。
……あれから、アリスとの仲は良好になったと言えると思う。前よりも素直に自分の気持ちを伝えることが出来るようになった様な、やっぱりそうでも無いような。
そうだな、一つアリスへの気持ちが吹っ切れたって感じかも。キスの件はまだ話せてないんだけどね。吹っ切れてないじゃん。
でもそれ以外のメンツとは若干ごたついた。この言い方だとまた喧嘩したみたいな言い方だな。叱られたというのが正しい気がする。
《でもでも、忙しいのは分かるけど……全然顔を見せてくれないのはどうかと思うよ〜?》
「……はい、すみません」
はい、他の人達にも似たようなこと言われました。
§
「さ、流石に、どうなったのか、何も言わないのは、ど、どうなんだ」
「アッ、ハイ! すみません!」
茜と部屋の中で向き合って早々に私はお叱りを受けた。なんせ同じ部屋で倒れてからずっと作業集中モード(ベッド下の空間でカーテンを閉じてヘッドホンで耳を塞いで世界を閉じ切ってしまうので、他の人が入れない世界になる)に移行してしまったものだから、何が起きたのかとか、大丈夫なのかとかも全然説明してなかったのだ。
茜は多分、かなり気遣ってくれていたのだと今更ながら思う。心配だってしてくれていただろう。
ルームメイトが倒れて自分の世界に閉じこもったとしたら、困る。私なら触れられないし、一緒の部屋にいるのが嫌になるだろう。
けれど、あの期間、茜の態度が変わっていたような記憶は無い。朝になれば挨拶してくれていたし、時折休憩する時に茜が帰って来てた時はコーヒーを一緒に飲んだりした。大丈夫そうか? と優しく聞いてくれていたような記憶もある……。
いや私クズか〜〜〜?
いや、確かにあの時の私には周りを見れる余裕は無かったよ? 全くもって一ミリも、それこそミジンコが入り込む隙間すら無いほどにギッチギチのメッタメタに余裕さんは潰れていましたとも。
アリスとも喧嘩したままだったし、全く納得できないまま配信することになったし、体調が回復してないままに大量の作業を短い期間で終わらせないといけなかったから、かなり追い詰められてましたよ?
でも心配してくれてルームメイトほっといて自分の世界にこもりっきりってクズじゃん〜!?
「ほんっと、ごめんなさい……」
「そ、そこまで、気にしなくて、も、いい。ま、前よりは、顔色、悪くない、し。け、けど……だ、大丈夫、なのか?」
私の謝罪をサラッと受け止めて、また心配する声を届けてくれる。茜パイセン……! ホントいい人……。
「えっと、うん。アリスと仲直り出来たし、問題は解決した、よ?」
「な、なら……なんで、まだ、寝る時、震えてる、んだ」
「――――――」
身体が固まって、咄嗟に声が出なかった。
なんで、バレてるの。
声だって出してない。電気だって消してたし、音が鳴るような震えじゃなかった。
「き、気のせいじゃ――」
咄嗟に誤魔化しの言葉を紡ごうとして、失敗する。茜の真っ直ぐな灰色の目は、前と同じように私に誤魔化しを許さないと、そう私に訴えかける。
……敵わないなぁ。
「……茜って、よく見てるんだね」
「……そ、うかも、な」
私は、ゆっくりと茜に事情を説明していった。
配信者と関わりを持ったこと。
私も配信することになったこと。
私が、ネットが苦手なこと。
アリスの事なのは、バレているんだろうなとは思うけれど、でも個人名はぼかした。一応マナーだ。
「……そ、そう、か」
茜は、痛ましいものを見るように私を見た。
……配信は確かに成功した。それは間違いないだろう。
アリスとも仲直り出来たし、本来なら私が苦しむようなことはもう無い……でも、やっぱりネットの世界に身を乗り出すと、ふと過ぎる。
アリスはいつも私がスマホを触っていると言ってた。美智もネットスラングに通じてると指摘してる。別にどっちも間違いじゃない。ネット依存症の私は、未だにネットで更新され続ける娯楽も悪意もデマも情報も追い続けてしまう。暇があればネットに接続される時間に支配されている。
でも私は自分から発信することを、あの日を境に辞めているんだ。
SNSのアカウントは消していないだけで、ただの観覧用アカウントになってた。私の成りすましとか出てきていても、それを教えてくれる人がいても、特になんの反応もしてこなかった。
私という存在がネット中に流れていく感覚が、言いようもなく怖かったんだ。
言葉、時間、興味の方向、情報の扱い方、人との関わり方、己の見せ方――たかが文庫本一冊に満たない言葉の羅列で、人は人を測りうる。
あの時のことは人々の記憶から無くなっている。だから、そこまで怯えなくていいと理性ではわかっている。
でも、怖い。
ベッドで眠る時、ふと暗闇が怖くなる。手足が震えて、物音に異様に敏感になって、あの声が聞こえてくるような錯覚が消えてくれない。
茜の前だというのに、身体が震えてきてしまう。
怖い。怖い。本当に……怖いんだ。
「……だ、大丈夫、だ。す、少なくとも、ここで、お、お前を、傷つける、やつ、は、いない」
「……うん」
茜は私の手を優しく握って、震えが治まるまでずっと……ずっと、大丈夫、と言い続けてくれた。
※作者による読まなくてもいい設定語り
また分割になってしまった。エピローグは次話に続く。
茜の設定の掘り下げはかなり先になってしまうので、あまり語ることもできない。ベッドで震えていたことは魔法とか魔眼で知ったわけではなく、ユウのことを友人として見守っていたから気が付けただけ。
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