第25話 幕間 ユウの兄
僕は少々出来る子供だった。
大人となり冷たい人間だ、と言われることが増えたが思えば子供の頃から変わってなかった性格だ。指摘されなかっただけで、冷たい子供だと思われていたのだろう。
僕は親が嫌いだった。と言っても兄も妹も両親に対して嫌悪感を持っているのだから、僕だからという訳でもない。
毎日テレビを見て愚痴を吐き続ける母に、何も言わずに逃げるように酒を飲む父。魔法使いからドロップアウトした母はよく魔法使いはダメだ、腐っているなどなんだと言っていた。腐っているのはお前の心だろうと、吐き捨てたくもなる。
僕が九歳の時に妹は産まれた。
家はキンキンと耳障りな泣き声が響き続ける、うるさいだけの牢屋と化した。僕は心底嫌気が差していた気がする。学校も僕のように冷たく薄暗い人間は嫌だったのだろう。孤独であったために苦痛な時間を過ごしていた。こうして小学四年生にして
大人になって理解したことがある。
アレはなぜ妹を産んだのか? という疑問への答え。それはアレが“母”という存在でいたいからだろう。
何せアレは何にもなれなかった人間だ。
魔法使いになれず、まともな職にもつけず、親から授かった容姿だけで男を捕まえて寄生するだけ。およそ自分というものが無い。
だから“母”という存在であろうとしたのだろう。子供への過干渉もそれが原因だろうと推測できる。僕が学校という家以外の世界を知り、着実に変わっていくことで、母であれるタイムリミットを感じて足掻いた結果産まれた子供が妹だ。
言いようのない気持ち悪さをずっと感じていたのは、幼いなりにその
妹の存在はどうでもよかった。煩いし見ていると不快ではあるが、わざわざ干渉しようとも思わなかった。僕の代わりにアレの“母ムーブ”に付き合ってくれるだけ助かる程度の存在。
それが明確に変わった日を、僕はよく覚えている。
僕は魔法使いになりたかった。
魔法使いはエリートの証明であり、無事に成長すれば良き人生が約束されている。
こんな掃き溜めを抜け出して自由に生きて行きたかった。
けど、十二歳の聖約の日。僕の願いは叶わないことを知った。
そして、それを知った母から言われた。
『良かったわね、蛆虫の仲間にならなくて』
――良かった? なにが?
子供の夢が破れて喜ぶ親が何処にいる。
あぁ、無論口になぞ出さなかったさ。口に出した所で魔法使いを憎むアレには怒りの発散材料を与えるだけでしかないからだ。
だが魔法使いであることの価値を理解しておいて、ただ己の憎悪のためだけに『ならなくて良かった』などと口に出せる女が、僕を産んだ女であること。これがどれだけ憎いことだったか。
アレを親と感じることすら、おぞましい。
あの日の僕は荒れていただろう。元々冷たいと怖がられる人間が不機嫌な雰囲気を纏っているのだ。誰だって近寄りたくないはずだ。
だが妹は――ユウは、僕を慰めた。
怯えながら近づいてきて、よしよし、と頭を撫でた。やめろ、と声を漏らす僕の腕の中に潜り込んで、僕の身体を小さな身体で抱きしめた。
無気力のままに抵抗できずにいた僕を、心と同じく冷えきっていた身体を、ユウはどこまでもゆっくり温めてくれていた。
理由はわからない。ユウはそれまで僕を怖がっていたはずだった。怖い人が怖い雰囲気なら近づかないのが当たり前なのに、何で慰めてくれたのか。
それでもただ嬉しかった。生まれて初めて僕のことを見て抱きしめてくれる人がいたと感じた。僕は馬鹿みたいに泣いて、抱き締め返していたと思う。
時間が経ち僕の腕の中で眠りにつくユウは、とてもとても重たかった。重たくて――温かい。命の重さだった。
僕が“兄”になったのは、その日からだ。
§
「ユウ、どういうことだ、ユウー!? な、なぜVtuverなんてものに!? ユ、ユウの可愛さが世界にバレてしまうではないか!? だ、大丈夫なのか、お兄ちゃんは心配だぞユウー!?」
「……あの人、あのシスコンなところが無ければクールでイケメンなんですけど」
「あはは……まあ、ああいうとこ含めて先輩なんで諦めましょ。案外可愛いじゃないですか」
「えっ、あれが趣味なんですか……!?」
「はぇ!? あ、いや、そういうことじゃ……!」
「今日、飲みに行きましょう。逃がしません」
「墓穴掘った……!」
「ユウー!? お兄ちゃんに相談は!? 相談してくれないのかー!? ユウーーー!!?」
※作者による読まなくてもいい設定語り
ユウの両親は優秀である。そして、優秀なだけでは何かになれる訳では無い。そうして腐っていく両親の元に生まれた三人だが、現在は各々頑張って幸せに向かっている最中だ。
ファッション雑誌や音楽プレイヤーをユウに渡したのはこの兄。イラストやゲーム、PC等の趣味は長兄からの影響。長兄も次兄とは方向が違うが弟妹を愛する人。
言うなれば、心の逃がし方を与えたのが長兄。現実との戦い方を与えたのが次兄である。
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