第24話 心を渡す言葉
「ちゃんとわかってくれたならそれでいいんだから、もう大丈夫だから。そんなに謝らなくて大丈夫だから」
「でも、だって……ッ」
取り乱した状態からは何とか落ち着いてくれたけれど、困ったことにアリスが自責を止める様子がない。
私がエリスを顕現させた時も倒れたということを素直に話してしまったのが致命的なミスだったらしい。考えればすぐに分かることをやらかす私の馬鹿め……。
あれに関しては顕現させただけじゃなく、エリスから無理やりはじかれたことも原因の一つだと思ってるし、そもそも初配信の時から私が支えてあげることができれば発生しなかった事故みたいなものだ。
「アリスが責任を感じる必要はどこにもないのよ。というか、アリスの部屋に無理やり魔法で干渉したんだから、私の方が叱られる立場よ?」
「それは私が落ち込んでたから、エリスちゃんを私に送ったんでしょ!? 私のせいだよ……!」
「だからアリスのせいじゃないって。あぁ、もう……この話はこれでおしまい! アリスが納得しなくても、私が勝手にしたことだってことは紛れもない事実なんだから、それでいいの」
「そんなのダメだよ……! 私のせいで魔法を使わせてしまったのに、ユウが勝手にやったことだ、だなんて納得の仕方したくないよ!」
「……ッ、だからっ!」
ええい、このわからず屋……! 私が良いって言ってんだから、それでいいじゃない。私が倒れただけで、別にほかの実害は無かったんだし。私が話したかったのはこんなことじゃ――。
§
『喧嘩の、り、理由は、わかった。それで、ど、どうしたいんだ』
『……ぇ』
『
『……わ、わかんない』
『じゃあ、しっかり、か、考えた方がいい。じ、自分の意思が、はっきりしてないと、迷う。迷えば、自分が辿り着きたい、場所には、す、進めない。ただ、立ち止まって、傷つくだけ、だ』
§
ふと、茜とのやり取りが脳裏を過ぎった。
そうだ、こんな話をしたいなんて思ってない。
このままただ感情のままぶつかっても、お互いが傷つき合ったまま立ち止まってしまうだけだ。
それまでの経緯とか、理由とか、大切なのはそこじゃない。私が魔法の副作用を話したのは、誤解を解いてちゃんとアリスと向き合うためのプロセスだ。そこに関して責任を負いあっても進めない。
――私のしたいことは、辿り着きたい場所はどこ?
私が、アリスが、これからどうしたいのか。それが大切なことで、伝えなきゃいけないことだ。
「ねぇ、アリス。アリスは私とどうなりたいの?」
「……ぇ」
深呼吸を一つ。焦らない。暴れる感情のままではなく、大切にしたい感情を探して、整えて、ちゃんと素直に。
私の心を渡す――その言葉を見つけるんだ。
「私は、アリスともう一度仲良くなりたい。仲直りして、また放課後に話したり、たまに外に出かけたり……親友でいたい」
「……ぁ」
「どっちのせいとか、そういうのでまた喧嘩なんてしたくない。SNSを見るのが怖かったり、ふとした時に気軽に送れなくなる日々は嫌。寝る前に気軽に連絡が取れる日々がいい。昼休みに教室に居づらくて逃げるように食堂に行くのは嫌。アリスとまた喋りながらご飯を食べる時間が欲しい。思考を紛らわすために魔法の研究をする時間は嫌。放課後にアリスと席を半分こにしてお喋りして……またくだらない話がしたいよ。私は……」
私は、私はアリスと――。
「――ちゃんと、仲直りしたいよ」
§
ユウの魔法がどんなものなのか。それを知った時に、私はどれだけユウに対して酷いことをしてきたのかを分かってしまった。
ユウの魔法は、先史時代の古代魔法――代償魔法だ。
魔法歴以降でも使い手がごく稀に現れる、特異型の魔法使いよりもさらに希少な、魔法歴より前にあったと言われる魔素に依存しない魂を売り渡す魔法。
使い手も何故自分が使えるのか、そもそも理論も何一つ分かっていないのに使えてしまう、太陽変質より以前に人間が奇跡を起こすために使っていた狂気の産物。
先史時代の文献は殆ど残っていないけれど、全く残っていない訳じゃない。非常に希少なもので一般公開されていないものもあるし、一般公開されてるものも、あくまで一部分だけだったりもするけど、パパが遺してくれたものに原文の写しがあって私は読んでた。
だから、代償魔法がどれだけ怖いものなのか、私は知ってる。
それは、使えば使うほどに、人間の要素が薄れていく魔法。
魔法歴に入ってからの記録に残ってる代償魔法の使い手の最後は、全部、何もかも、世界に奪われてしまう――つまり
何が、あの魔法を使えば私なんて簡単に追い抜かせるのに、だ。
あの青緑の美しい光は、ユウの命の輝きそのものだったんだ。
それがわかってしまえば、私が願ったことも、ユウに言ったことも、ユウを壊してしまうものだって、絶対しちゃいけなかったことだって、そうわかる。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私がワガママ言わなければ、ユウに魔法を使わせるようなことは無かった。私がズルをしなければ、ユウを奪われる可能性が上がったりはしなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――。
強烈な罪悪感。自分の気持ちが人を死に近づけたことへの言いようのない嫌悪感と気持ち悪さ。視界がギリギリ嫌な音を立てて狭まっていくような感覚。
ユウのどんな言葉でも私は受け入れられなかった。
「ねぇ、アリス。アリスは私とどうなりたいの?」
「……ぇ」
でも、その言葉は自責の念に潰れていく私の心に、鋭く入り込んでくる。
ユウと、どうなりたい……?
そもそもの始まりは、私がユウと恋人になりたいと願ったことから始まった。
でも、今は? 私の気持ちがユウを苦しめたと知った私がそんな願いを持っていていいの?
ユウが話す、嫌なこと、取り戻したいこと。
それは私にとっても辛かったことで、とても大切だったことだった。
送ったメッセージを読まれないのが辛かった。またお話がしたかった。
一緒にご飯が食べれないのが辛かった。おかずの交換とか、分け合いっことかをまたしたかった。
キラキラした気持ちで魔法に向き合えないのは辛かった。またユウとイヤホンを分け合って、好きな曲を一緒に聞いたりしたかった。
「私はちゃんと仲直りしたいよ」
私だってしたい。私だってこのままじゃ、やだ。
でも、でも……私は、私は……。
「私には、そんな資格……ないよ」
私はその言葉を受け止めきれない。顔をあげられない。
出来ないよ、もう、ユウのこと苦しめたのに、前みたいに出来ないよ……!
酷いことをしてたって、わかってしまったのに、同じ気持ちになんかなれない。なっちゃだめだよ。
「だ、だから……」
「――違う。違うよ、アリス。資格とか、そういうのどうでもいい」
ユウがテーブルを回り込んで、私の顔を両手で包んで持ち上げる。目を無理やり合わされて、今まで見たことがないくらい真っ直ぐなユウの目線が私を貫いた。
私の魔眼が伝えてくる。ユウの中にある、私に向けた感情を。
「教えて。理由とか、良いこと悪いこととか、そういうことじゃなくて、アリスの気持ちをちゃんと教えて」
「……わ、たしの」
「私はアリスと仲直りしたいって思ってます。大切な親友とこれからも一緒に楽しく過ごしたいって心から思っています。だから、教えて? ――アリスは、私と仲直りしたいって思ってくれる?」
ユウの色は、一度も見たことのない色だった。
青緑の、あの日見たとても美しい色。
ユウの命の輝きと同じ色。
間違いなく初めて見る色。でもその輝き方を確かに知っている色。
§
『アリス、大好きよ』
§
それは――ママが私に向けてくれている『大切』の色。
その穏やかで、暖かくて、胸の中に飛び込みたくなる色に、言い訳なんて出来なくて。
「仲直り、したい……私も、またユウとデートしたいよ……!」
思わず泣きながら言ってしまった。
§
いや、あれはデートでは無かったと記憶してるんだけども。
私の記憶が間違いじゃなければ、ショッピングに出かけただけではないですかね……?
ああいや、そういう話ではないよね。
「よかった。じゃあ仲直りしよう。また一緒にデートしましょう。ね?」
「うん……うん……っ!」
私は、涙を流すアリスを出来るだけ力強く抱きしめた。
その感触に、普段のショートした思考が訪れることはなく、ただ穏やかで愛おしいという感情だけが溢れたんだ。
こうして、私たちの初めての喧嘩は無事に仲直りという結果に辿り着けたのである。
その後アリスが泣き止むまで隣に座ってお喋りをしてから、アリスから『その魔法だけは絶対に使わないで。ちゃんと約束してくれないと仲直りできない』と念を押され、しぶしぶちゃんと約束の言葉を結んでから学寮に戻る。
そして、気が付いた。
「あれ、キスの件は……?」
※作者による読まなくてもいい設定語り
危険なことをしているとき、知識のない子供は平然として、知識のある大人は慌てふためくものである。
アリスの魔眼は自分に向ける感情を色として認識するものだが、必ずしも同じ感情が同じ色で見えるわけではないし、色は一つしか認識できない(混じり合った感情の中で最も強い色が見える)
特にその人特有の感情や、解釈が増える感情は個々人で大きく変わる。アリスの母がアリスに向けて見せる『大切』の色は柔らかいオレンジ色。
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