第23話 ちゃんと話し合おう
いやいやいやいやいや、まてまてまてまてまて?
何された? 私、アリスに何されましたよ?
キス? いや、ない。幻覚だよ。うそでしょ。
『いや、されていただろう?』
「エリスは少し黙ってろ」
『ククク……』
おおおお落ち着け。状況を、状況を整理しよう。
私はアリスと一緒に配信をした。この邪悪なエリスとかいうキャラクターのせいで、私は退路を塞がれて配信せざるを得なかった。
だから必死に準備をしたし、アリスがクリア可能かつ下手に知名度が高いせいでネタバレとか指示厨が出づらいゲームも選択した。アリスがネット知識がない分の補填を私がすることで、配信のバランスも取った。特別荒れるような気配はなく、十分に成功と言ってよいものになったはずだ。
今後も配信には出ないといけないだろうということを除けば、おおむね問題はなかったはずだった。なのに――。
「…………」
『思い出して照れるなんて、思春期だなぁ?』
「黙れって言ったはずだけど?」
アリスが私にキスをした。
アリスが私のゲームテクニックを褒めて抱き着いてきた時、可愛いと思ったのと同時に罪悪感に苛まれた。
アリスは自分にとって困難なことを簡単に成し遂げる人に対して、嫉妬や羨望に心を染めることなく、素直に褒めることが出来る人間だ。
それは本当に素晴らしいことで、誰にだって出来るようなことじゃない。褒め称えられるべきことで――そうだ。そうなんだよ。アリスはそういう賛辞を受け取るべき素晴らしい人間なんだ。
けれど、私という人間はそんな彼女に醜く嫉妬して傷つけて喧嘩した。
自分の感情にしか目を向けずに、相手の心に寄り添うような努力すらしなかった。
その変えようのない事実が私の心を暗くし、アリスの傍にいることが相応しくない――そんなことを考えてしまった。
そんな時に、前振りもなにもなく唐突にアリスからの口づけ。アリスの唇はどんなものよりも柔らかくて、鼻を擽る香りには普段抱きしめられているときとは違う、体温をまとった生温かさがあった。
正直、そのあとの配信内容をほとんど覚えていない。なんとか反応を返したりはしていたと思うけど、どんなことを言っていたのか記憶が酷く曖昧だ。
なんで? なんでキスなんてしたの?
「…………」
アリスには一旦飲み物を取ってきてもらっている。話しをしようと提案はしたけれど、私の中でもまだ飲み込み切れていない。私たちは親友であって、それ以上じゃない。私はアリスに対して友愛以上の感情を持っていない……はずだ。
胸が変に高鳴るのも、気が付けば指が唇に触れているのも、配信用にカスタマイズされたこの部屋の匂いが妙に頬を熱くするのも、全てトモダチから急にキスされて戸惑っているだけだ。恋愛感情なんかじゃない。
「えっと、ただいま……麦茶で大丈夫?」
「えぇ⤴ だ、大丈夫」
あ、ああ、あ。声ひっくり返っちゃった。バレてない? バレてないよね!?
「はい、どうぞ……」
「あ、ありがとう……」
麦茶の入ったコップを受け取り、勢いのままに全て飲み干していく。喉、口、胃の中……乾いたスポンジが水を吸い込むように渇きが癒されていく。想像以上に染み渡る水分に、いつのまにかこの身体がカラカラに乾いていたことを実感した。
は、あはは……まるで好きな人と話しをするのが怖くて緊張しているみたいじゃない。そんなわけないのに!
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が部屋を満たす。アリスと目を合わせることが出来ない。私の目は勝手に逃げることを選んで、部屋のインテリアを眺めだす。
へ、へぇ。こっちの部屋に黒猫のぬいぐるみを持ってきてたんだ。可愛いな。でもやっぱりちょっと目つきが悪い気がする。もうちょっと素直な可愛らしさがある猫の方がアリスには似合うと思うんだけど。
そういえば、あのぬいぐるみがあったベッドに誘われたりしたっけ。誘われ……あわ、あわわわ……。
いや、まてまて。思考をショートさせて現実逃避をしている場合じゃない。このままじゃ何一つ進まない。落ち着け……落ち着け……。
「ふぅ……」
「……っ」
息を吐く。落ち着け。整理して、慌てずに。
そうだ、まずはなにより配信が成功をしたことを……いやそれよりも喧嘩したことを謝る……いやいや、キスしたことを怒らないと? いやでも嫌ってわけじゃなかったし……ちがうそういうことじゃなくてなんで突然そんなことをしたのかって話でアリスの唇の感触が、がが、あぁ! だからそのことよりも先にですねもっと言うべきことがあ、あ――あ、あ、あわわわわ(全く落ち着けない)
「……ごめんね、ユウ」
「ぁ、いや、あの」
私が頭の整理がつかないまま脳内でわたわたとしながら押し黙っていたら、アリスに先に謝られてしまった。私の馬鹿! またやらかした……!
「その、ね。ずっと喧嘩してたから。だから……えっと、その」
目を伏せた状態。前髪に隠れてしまってアリスの表情は見えない。でもわずかに震えている声が私の思考を再起動させてくれた。ちゃんとしろ、私。ここで誤魔化すなんて選択はなしだ。アリスのそれは、きっと罪悪感に苛まれた声だから……だから、私が伝えなきゃ。
「……うん。私も、ごめん。あの時はアリスのことを考えずに、自分の気持ちだけでアリスを傷つけた。手を抜いたって話はまだ納得してないけど、でも勝手に嫉妬して勝手に落ち込んで、相手の言い分を理解しようとしないでアリスを拒絶しました。ごめんなさい」
「うん……」
人には言葉がある。真の意味で理解し合うことは出来なくとも、理解する努力を重ねることを可能とするのが言葉だ。だから、最後に決裂が待っていたとしても、言葉を拒絶するのは最後にしなさい――私に色々教えてくれた兄の言葉。
これを私は忘れてしまっていた……いや、覚えていたとしても難しいことなんだけどさ。でも、大事なことなんだ。
「一応確認しておくけれど、私の事天才って言ったのって皮肉?」
声を高く、気楽に。あえて冗談めかして、聞く。
「そ……ッ! そ、そんなわけ、ない! ユウは凄いって、本当に思って……!」
「あ、うん。大丈夫。わかってる、わかってるから。ちゃんとわかってたんだって、確認しただけだよ」
必死な表情を見て聞いたことをわずかに後悔する。アリスがそんな子じゃないのはわかってる……でも、ちゃんとそうじゃなかったんだって、アリス自身の言葉で聞いておかないと私もちゃんと心が整理できない気がしたから、聞くしかなかった。
「わ、私……ユウがね、入学試験の時に使った魔法、見てたの」
「……あ、あ~~~~……なるほど、ね……」
理解した。そりゃまあ、あの魔法を見ていれば魔法文字なんていくらでも書けるって思うわ。文字に成れと命令するだけで何千文字でも作れるもの。でもまあ、エリスを顕現させた一件でもわかる通り、一部を再現するだけで私はぶっ倒れるわけで、そんなの授業で使えって言われても無理なんだよね。
「アリスが見てた魔法って、あれでしょ? 学園長室まるごと変化させたやつ」
「う、うん。たぶんそう。部屋の中が青緑に光ってた」
「その魔法使うと、私ぶっ倒れます」
「……へっ?」
私はあの魔法の副作用を説明する。
あれを使えば私はほぼ万能になれること。学園長からも聖女様の領域に近い魔法だと言われたこと。ただし、魔法による負荷が尋常ではなく、脳を含む臓器や血管、魂にまでダメージが入り、長時間の使用は絶対にしてはいけないこと。短時間でも意識を失うくらいの反動があること。ほんの一部を再現するだけでエリスを遠隔顕現することが出来るくらい強力ではあるけれど、それだけでも意識を失ったこと。あくまでも試験の時は学園長がいたから使用が出来ただけで、普段の生活で使うことはまずありえないということ。
授業で良い成績を出すためだけに使えるようなものじゃない、ってことをちゃんとアリスに説明する。
「――まあ、こんなかんじ。一応使えばアリスが言ってた通り、アリスよりも魔法文字を書くことは出来ると思うけど、してほしい?」
「やだ。だめ。ぜったいだめ。二度と、もう人生で一回も使わないで。だめだよその魔法」
「おおう……すごい勢いで来るわね」
「私も良く知らないのに手を抜いたなんて言ってごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい。謝ります。許さなくてもいいです。二度と言わない。だからお願い。約束。約束して。その魔法は使わないで」
「……わかったわ。使わないわよ」
――可能な限り。
「というか、普通に許すから。そんな追い詰められたような顔しないの」
「だって……っ!」
思いの外アリスは気にしてしまったらしい。これ言わない方が良かったかなぁ。
※作者による読まなくてもいい設定語り
文字数が増えすぎて書きたいところまで書けなかったため仲直りは次話へ続く。
反動の重さは十六話で書いた通りである。ユウの魔法は使い続けると身体が解けて(溶けるではない)最終的に現実から消える。肉体も魂も全部持っていかれてしまう、代償がとてつもなく重いもの。八話で書いていた魔素の感覚がくすぐったい、というのはこの魔法の後遺症の一つ。仮にジャンルがラブコメ(と作者は思っている)ではなかった場合、割と悲惨な結果が待っているタイプの主人公である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます