第27話 エピローグ そのに

 茜との対話の翌日、私はアリスに断って学食に来ていた。相も変わらず広くて綺麗な食堂であり、端っこに座ってもまだ開放感を感じられる。


「いや〜〜〜〜〜、流石に報告、遅くないっすかね?」


「うっ……ごめんなさい」


 怒りのオーラをまとった美智のセリフで、その開放感は一瞬で閉じられました。罪悪感ってすげぇや!


 私がほったらかしてしまったのは茜だけではない。美智もまたアリスの初配信からほったらかしてしまっていた。


 美智はアリスと私の共通の友人だ。心配だってより深いものだっただろう。申し訳ないことをしてしまったと反省する。


「まあ、わかるっすけど。私はお二人と違ってありふれた友人枠でしょうし、親友同士の深い関係には入ることなんて出来ないにぎやかし担当なんで」


「そっ……そんなわけないじゃない!? 単に私が気が利かなかっただけで……! 貴方みたいなのがありふれてるなんてありえないわよ!?」


 美智の空気感が、普段とは違ってどこか皮肉げで、でも寂しそうで……私は、私が思っている以上に美智を傷つけてしまったのかもと、必死に弁明しようとした。


「いいっすよ? 慣れてるんで。普段はキャラが濃いとか、変態だ〜とか弄られるのに、こういう時だけ蚊帳の外でモブキャラになるの」


「……ごめん。本当にごめんなさい。だから、そんなに卑屈にならないで……」


 でも出来なかった。私が自分のことにかまけて、アリスとのやり取りの後は配信を失敗しないことに必死で人間関係を疎かにしたのは事実だ。言い訳の余地なんてどこにもない、私の責任だ。


「……あはは、まあいいっすよ。少なくともこうして謝りに来てくれたんで」


 苦笑いを浮かべながら美智がそう言う。


 私はその言葉が意味することを理解するのに、少し時間がかかってしまった。考えもしてなかったからだ。


「……まさか、連絡取ってないの?」


「ま、そういうことっすね」


 どうやらアリスから謝罪どころか連絡も来ていないらしい。その事実に私は素直に驚く。


 アリスは自分と違ってやり取りを怠ったりはしないと思い込んでいた。けれど、あの初配信以来……いや、それ以前から美智とアリスの交友は途絶えてしまっていたらしい。


 アリスと美智の関係は中等部から。つまり私よりも遥かに長い関係だった。アリスの“相談”の相手となると美智であって、実は私はアリスに相談されたことが少ない。


 美智は私とアリスの関係に入れないみたいな事を言っていたけれど、私からすれば二人の関係の方が余程入れないものだった。


 その二人が連絡してない……? なんで……?


「あ~……そのっすね?」


 私が混乱しているのが伝わったのか、美智がことの背景を説明してくれた。


 切っ掛けとなったのはアリスの配信。美智はアリスの初配信を辞めさせようとしていたらしい。


 元々の予定(つまり私とコンビで配信すること)が出来なくなっているし、ネットに慣れていない状態で誰の補助もなくやれば、悪いことが起こるかもしれない。


 その“悪いこと”が起きているのか、それを判断する能力すら身についていないのに強行するのは良くない――そうアリスに言い聞かせていたらしい。


 あの時の私はアリスが“傷ついていた“から“最悪の初配信“だと考えた。でも美智はそれよりも遥かに悪い結果が有り得たかもしれないと言う。


 ネットでの個人情報の扱いをあの時のアリスは把握していたのか?


 MagiTubeの規約やBANのラインは?


 悪質な人間が現れた時の対処法は?


 ネットの発言が法的な裁きに繋がる可能性すらあることを理解してたのか?


 ……言われて気がつく私もマヌケだ。単に自分が立ち直れる範囲で傷付く失敗だけで済んだ。これは幸運とは呼べなくとも、最悪ではない。


 あの時のアリスは私が考えていた以上に危険な状態だったんだ。


「まあ、そこら辺色々言ってたらちょっとばかし言い争い……にすらなってなかったすね。アリスさんが私と会わなくなって、メッセージも読まなくなって、そのまんまっす」


「アリスはそんな様子ぜんぜん……」


「そりゃあの人の・・・・意識が・・・全部・・ユウさんに・・・・・向いていた・・・・・からでしょ・・・・・


「ぇ……」


 それは、美智の声とは思えない、酷く冷たい声だった。


「あっ、すんませんっす。まあ、そんな感じだったんで、アリスさんとは喧嘩未満な気まずい関係なんすよね〜。なのでユウさんが謝りに来てくれただけでも良かったすよ。マジでこのまま私一人だけ、NTRビデオ送り付けられて見てるしかできない軟弱主人公みたいになっちゃったのかと思ってたんで。くそっ、くそっ、って言いながら興奮しちゃう癖に目覚めるにはちょっとまだ若いと思うんすよね〜」


 普段みたいな声、普段みたいな馬鹿なこと。余りにも普段通りで慣れ親しんだ江口美智らしさ。だからこそ、それはまるで普段の彼女すら嘘のように――。


「…………ね、寝とってないわよ」


 私は何とか普段通りにツッコミを入れないと、とモニャモニャした声でそう言うしかなかった。


   §


 茜と美智とのやり取りを思い出して、改めて反省する。秤のことも放っておいた私は馬鹿者だ。


《そ、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ〜? そもそもユウちゃんは用事のある時くらいしか部室には来なかったんだし! うん、忙しかったんだもんね! 忘れちゃっても仕方ないよ!》


 秤が慌てた様子でこちらを窺う。その仕草がまた私の罪悪感を引き立てた。


「それでもごめんなさい」


 ここ最近、どれだけ視野を狭めて失敗しているのだろうか。心配をかけてばかりだし、心配してくれた人を放ったらかすし、私って本当にダメなやつだ……。


《う、うーん……そ、そうだ! 私が部室に呼んだ理由をお話するね!》


「あ、うん」


 気まずさか、気遣いか、話題を無理やり変えてくれる秤に感謝しながら次の言葉を待つ。


《もうそろそろ夏休みでしょ? 夏休み中の活動をする場合は活動申告書を提出しないといけないんだよね。それでユウちゃんが活動したい日とかがあれば前もって聞いておきたかったの》


「あぁ、なるほど」


 特殊な環境であるこの学園だから忘れがちだが、至って普通な部活動に関することだった。中学の時も似たようなものはあった気がする。


 でも私はアリスとの約束で部活……いや魔法絵師として活動するのに問題がある。流石に秤には伝えないといけないだろう。


「えっと……」


《それと、合宿に誘われてるんだよね》


「あ、うん。合宿に?」


 自分の今の状況を説明する前に、話が進んでしまった。仕方が無いので私の現状の説明は後回しにして、合宿について聞くことにする。


《うん。バスケ部に私のお友達がいてね? 夏休み中に合宿で海に行くんだって。それで魔法絵師って色んな景色を見ることも大切でしょ? だから一緒にどうかなって誘われたの。日付がね――》


 提示されたのは八月の序盤で三泊四日。場所は海と聞けば学生でも思い浮かぶだろう、そこそこ聞いたことがある地名だった。


《って感じ。私個人なら勝手に着いていくだけになるけど、ユウちゃんと一緒なら部活動で合宿申請しちゃってもいいかなって》


「……なるほど」


 どうしよう。今の私は部活に集中出来るような状態じゃない。配信のこと、アリスのこと、美智のこと、魔法絵師としての自分のこと。油断すると頭がこんがらがってくるような有り様なんだ。


 こんな状態で合宿に行くのは失礼な気もするし、私自身時間を無駄にしてしまう気がする。そもそも魔法絵師としてのスタイルが私と秤じゃ全然違う。景色を見ても仕方ないんじゃないか……?


 でも合宿にならないと秤が個人で行くことになる。部費に出来るのに私の事情で自腹を切らせるのも違うんじゃないか。


《ユウちゃんは多分キャラデザ方面なんだろうけど、背景も描けるならそれに越したことはないと思うんだ。キャラ単体で完結させるんじゃなくて、どんなキャラをどんな場面で動かすのか、どういう仕草や服装をさせるのか。ちゃんと考えられる方が良いでしょ? 手数は増やせる時に増やした方が良いよ》


「まあ、それはそうだ……ね」


 秤の指摘は正しい。キャラがどんな場所で生きているのかを理解するために、知識の引き出しは多ければ多いほど私の力になる。


 今ならネットで調べれば大抵わかった気になれるけれど、実際に肌で感じたことがあるのかどうかは大きな差になってくる……気がする。実際に違いが出るのかは正直分からないけれど。


「でも私、今……その、スランプっていうか」


《……そうなの? でもなら、尚更環境を変えてみるのは悪くないんじゃないかな?》


「う、うん……まあ、そうかも」


《あ、もしかして予定とかある? 配信とかもあるもんね。無理はしなくていいからね!》


「あ、そういうんじゃないよ。大丈夫」


 そうして私の夏休みの予定が一つ埋まることとなった。アリスとのやり取りで何となくわかってたけど、私って押しに弱いのかもしれない。


「あ、でも。もし良かったら、なんだけど――」




※作者より

 エピローグは次話に続きます。

 この話で文字数十万字を達成いたしました! ひとえに読んでくださっている皆様のおかげです。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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