第17話 本気で協力するのはなかなか骨が折れる

 人気魔法絵師ミックスマシュマロまんじゅう48、Vtuverに!?


 現在フォロワー数八十万(二〇二三年六月現在)を越える人気魔法絵師のミックスマシュマロまんじゅう48先生(以下まんじゅう先生)がついにVtuverのデザインを手がけたことがSNSの発言により判明した。


 まんじゅう先生は魔法絵師としては珍しい”キャラクターを描く魔法絵師”であり、魔画が持つ再現能力で“キャラクターと触れ合える”ため、特にアニメファンからの人気が高い。


 また本人に関する情報が一切無いために謎めいた魅力がある、と一部からは熱狂的な支持を受けているようだ。


 去年の夏頃からSNSによる発信がなくなり、心配する声が上がっていたが、つい先日特大のニュースを引っさげて復活を果たした(発言URL:〜)


『私がデザインしたVtuberがデビューします。ゲーム実況をする現役女子高生の天才です! 私も一緒に配信するのでよろしければ見に来てくださいね! URL:~』


 おそらく彼女の製作の為に更新が止まっていたのだろうと推測される。


 名前は宙才エリス(チャンネルURL:〜)で、現役女子高生であるとのこと。悪戯な表情が非常にチャーミングなVtuverとなっている。


 また本人が配信に参加するとの事で、まんじゅう先生のことが知りたい人にとっては是が非でも見たい配信となるだろう。


 肝心の配信日は七月最初の土曜日とのこと。筆者もチャンネル登録をして期待を胸に待つこととした。




 みんなの反応(57)

・先生はVtuverになってねぇじゃん。見出し詐欺のクソ記事 Good78


・デフォルメキャラの詰め合わせのやつ、部屋の中がちっちゃくて可愛いやつらで埋め尽くされて幸せなすし詰め状態になるんよな。また描いてほしいよ Good59


・生きてらっしゃったのですね、先生! いつもお世話になっております! Good46


・まんじゅうせんせの子、くっそ可愛くて好き Good34


・魔法絵師って風景画ばっかりで(それも悪くは無いけど)、人描いてくれる人マジで貴重なんだよな。Vだとどんな感じになんだろ Good11


・絵師がVのキャラデザしただけで特大ニュースとか Good2


・魔法使いってだけでニュースになるとか、楽に注目されてていっすね Good1


………………


…………


……



   §


『えっと、ユウ……その……』


「いい。エリスに代わって。どうせ顕現してるんでしょう」


 私は勝手にSNSで発言されていたことを確認してすぐにアリスに連絡していた。喧嘩で気まずいとか、エリスを送り込んだ罪悪感とか、そういったものが全部吹き飛んでしまうくらいに、私は怒りを覚えている。


『その……電話に出る気は、ないって。直接来るか、同期しろって言ってるよ……?』


「――チッ」


『……っ』


 思わず舌打ちが出る。私の状態はどうせ記憶の同期によっておおよそ検討を付けているんだろう。わかっていて同期してこいというのだから性根が歪んでいる。


 だがこれで確信が持てた。アカウントを乗っ取って発言したのは間違いなくエリスだ。あいつが現状を作り出した諸悪の根源に違いない。


 あぁ、そう。完全に私を裏切るってことね。わかったわよ。


「アリス、月曜部屋に来なさい。作戦会議するわよ」


『え……いい、の?』


「いいもなにも、もうかなり拡散されてしまったから、今さら私は参加しませんとは言えないでしょう。なら最低限見れるものを作り上げるしかない。アリスの配信みたいな出来のままじゃまずいのよ」


 SNSが乗っ取られていたのは昨日だ。私が気絶してる間か眠っている間かはわからないが、既に結構な時間が経っている。ニュースになったというリプライまでもらっているし、ここまで盛り上がっている状態で本人不在なんてやらかせば間違いなくマイナスの印象が付くだろう。


 流石に体調不良なりなんなり理由をつければ炎上まではしないだろうが、面倒くさいやつが湧いてくる可能性は高い。私のことを男だと思っているのか、依頼にかこつけてJKを狙っているとかくだらないことを言い出す輩は既にいるのだから、これ以上エサを与えるのもしゃくだ。


『配信、見てくれてたんだ』


「……待ってるから」


 最後の言葉を無視して通話を切る。久しぶりの対話は、およそ真面まともな会話にはならなかった。


 それでも、アリスのホッとしたような声が荒れていた私の心を少し穏やかにしたのは、気のせいではないんだろうと思う。


   §


 月曜の放課後。私たちは予定通りに作戦会議を行う。アリスは少し気まずそうな顔で部屋に入ってきたが、こっちはそんなことを考える余裕がない。無理やりPCの前に座らせて作戦会議という名の勉強会が始まった。


 配信の方向性を定めることと、どういったスタンスでキャラクターを魅せるのか、そういったことをまず決める。これをあやふやにしたまま進めるのは危うい。途中で路線変更するにしても第一の指針は必要だ。


 また炎上対策にどういった話題に触れてはならないのかを教え、自分の素直な感想だとしても安易なネガティブ発言は禁止させる。人は自分が好きなものに関しては、単なる嫌いという発言すら攻撃に感じる。そう言った気を付ければある程度は防げる燃える原因は真っ先に減らす。炎上系Vtuberなどにさせる気は一切ない。


 次にMagiTubeにある悪意フィルターの有効化の仕方に、BANのやり方、NG単語設定、私が新規に取得したアカウントのモデレーター権限付与、タグの設定にSNS用のタグ作り……などなど配信者にとっての基礎知識をとにかく身に着けさせた。


 さらに配信画面のレイアウトの作り方も教える。コメントの反映の仕方、ゲーム画面の置き方、自分のアバターの位置、途中から見ても内容がわかる文章の作り方にそれを置く場所。タイトルの決め方に概要欄の常設文作り、サムネイルの作り方……ここまでくると徐々にアリスの目が回りだしていたが、徹底して仕込む。妥協は許されない。


 とはいえ最初は私が手伝うことにした。今後一人で作れるようになれば良いのだから、今は手伝っても良いだろう。私も配信に参加する以上、責任は生じるのだし。


 あとやるゲームは私が用意することにした。どうせもう逃げ道はないのだ。今後彼女がやるゲームは私が管理するとアリスに伝えた。自分でゲームが選べないのに、アリスが妙に嬉しそうだったのは気になるけど気にしていられない。配信の日まであと一週間を切っているのだから。


   §


 作戦会議を終えた後もひたすらに準備を進める。ゲームの事前調査。配信はOKなのか、OKだとしても全てなのか部分的なのか、また歌などの使用はあるのか。権利問題などはどれだけ慎重になっても慎重すぎということはない。


 ゲームが決まったら動作確認。アリスのアカウントにゲームをプレゼントシステムで送り付け、指示に従ってもらいながら動くことを確認する。代金のことはごり押しした。こっちが勝手に送り付けているのだから気にせず遊べばいい。


 次にマイク。アリスのマイク一本でもある程度問題はないだろうが二本あった方が良いと思って調べる……が、なかなか面倒くさいことが判明したので今回はパスにした。ここに手間をかけている猶予はない。


 新しい機材が必要なものは全てカット。今できる最大出力を目指していく。


 さらに配信用の素材作り。コメント欄を囲む縁や、ゲーム配信用の背景、雑談用背景、アリス……じゃなくて宙才エリスに似合う配色やフォントを選んでいく。本来ならばお金をもらってやるべき内容だ。でもアリスに妥協させないのならば、私にだって妥協は許されない。


 そして残る最大の問題。私のアバターだ。


 いくらかのVtuberの配信を見ていると、立ち絵で済ませていたり、MagiTuberなら写真だったり、そもそも声だけの人もいる。だがママとなれば単なる声だけ出演は少し物足りなさがあるだろう。


 しかし全身フルセットの立ち絵を今から用意するのは厳しい。なので簡易的でかつ魔法絵師らしいものを用意しなければいけないだろう。


「きっつ……」


 体調だって戻り切っていないのにこの忙しさ。最近ずっと追い詰められている気がする。なんで私がこんな目にあっているんだろうか……エリスのせいか。いやエリスを作ったのは私だから自業自得? でもそのきっかけはアリスだけど、教えたのは美智だしな……。というかエリスとアリスってわかりづらい。もう少しどうにかなんなかったのか。いやそれも私が相談に乗ればよかったのに放っておいたせいだし……。


 現実逃避に攻める相手を探し出してしまったが、そんなことを考えている暇があれば作業をしなければ。どれだけ苦しもうが努力しようが期限までに完成させられなければクリエイターとして失格。創作者に属してしまった以上は作り上げた人間が偉いのだ。愚痴る暇があれば手を動かせ、私。


 線を書く、素材を探す、色を付ける、フォントを探す、文字を打つ、線を描く、参考になる配信を探す、情報を調べる、SNSの反応を見る、優秀なタグを調べる、線を描く、作る、作る、作る――。


「出来たわよ、こんにゃろう……」


 地獄の果て、データの共有を確認して私はそのままPCの前で意識を落とした。





 ――こうして目の回るような忙しさを乗り越えて、運命の日は訪れる。




※作者による読まなくてもいい設定語り

 どれだけ苦しもうが努力しようが期限までに完成させられなければクリエイターとして失格――この文は特に私の考えというわけではないのだが、ユウというキャラクターの考えとして、つまり魔法絵師としてのアイデンティティに関わる非常に重い意味がある言葉であり、作者自身に深くぶっ刺さってダメージを受ける言葉である。やめてくれ、ユウ。その言葉は私に効く。

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