第15話 裏切り
「あーあー。よし、これで聞こえるか」
喉の調子を確かめるように発声練習を終えると、目の前の少女が指を鳴らす。黄金の椅子が空中に現れ、少女は腰掛けた。
「うそ……」
「ん? 何をそんなに驚いている?」
ありえない。今のは魔法だ。それだけじゃない。肉声で喋っている。
自立思考ルーチンによる会話は過去にも実現されてる。でもそれはあくまで前もって用意されたデータを使ったもの。
そして、魔法。これだけは言える。魔法が使える魔画は異常だ。
だって他者への魔法資質の付与。それは、聖女様の領域なんだから。
「エリスちゃん……なんだよね?」
声が震える。ユウは天才だと思っていた。けれどここまでだとは思っていなかった。私は今、恐怖を覚えている。
「そうだ。先程まで君がこの身体を使って配信していた、紛れもなく宙才エリス本人だよ。しかし名前はもう少しどうにかならなかったのか? 捻りもなく天才。それでいてアリスと一文字違い。そう遠くない内に周りにバレるぞ」
そう言ってから、まるで嘲笑うように――いや、明確な悪意を持ってエリスちゃんは嗤った。
「いや――ないか、だってその前に君は誰に気づかれることも無く底辺Vtuverとして姿を消すだろうからね」
「――――」
「はっきり言ってやろう。君にはVtuverの才能がないよ、
そうやって私の親友の手で、誰よりも一緒にいたいと願った大好きな人の手で生み出された少女は、容赦なく私の心を引き裂いた。
「あ……」
「我は主の記憶を少々引き継いでいてね。たしか、女ならば持て囃されるだったかな? ククッ、勘違い甚だしい。その程度で金が貰えるのなら誰も苦労はしないだろう。ママに教わらなかったのか? お金を稼ぐのは大変だ、と」
「…………」
嫌味たらしい口調。神経を逆撫でされる感覚。心の不快な部分をかき回されている感覚なのに、私の口は固まったまま動かない。私にとって大事だったのはそこじゃない、ユウとの時間のためだった。Vtuberを甘く見てたわけじゃない。そう言いたいのに何も反論できない。
「君はコミュニケーションの能力が低い。見えている地雷を踏み、取り繕う
「……それはユウと一緒に居たいから。友達は、数じゃないよ」
何とか絞り出した声。でもそんな言葉はまるで通じず、エリスちゃんは見下すように嗤っている。
「良い言葉だな。だがそれは君の言葉ではない。馬鹿の一つ覚えで軽薄な友人関係を積み上げてきた君が言ってよい言葉では決してない。だいたい君――魔眼持ちだろう?」
「――ッ!?」
なんで!? なんでバレたの!?
「主の記憶を引き継いでいると言っただろう。君は少々察しがよすぎるのだよ。何故主が意気消沈している時に自身への嫉妬、などとピンポイントに当てられたのか? 考えられる要因などいくらでもあるのに、それはいくら何でもやり過ぎだろう。効果は感情か思考の視認と言ったところか? その魔眼があればさぞ楽に友達を作れただろうな。しかし踏み込めばあっさりと壊れると知っていたから深入りすることが出来なかった。だから主に依存した。外部入学で孤立している主なら深入りを許してくれそうだったか?」
「…………ち、ちが」
「言い訳はいい。君は下駄を履いた状態でのコミュニケーションしかまともにしてこなかった。自分にとって都合の良い人間を選んで日々を過ごしてきた。ただでさえ悪人のいない学園生活だ。さぞ居心地が良かっただろう。そんなぬるま湯に浸って過ごしていた人間が相手の姿が見えない配信など、端から無謀だった――これが事実であると、先ほどの配信で理解したのではないか?」
「……ちが、ちがう、よ」
「知識がなく、学びもせず、才に溺れ、世を舐めている。魔法の才能は確かにあるのだろうな? だがそれ以外は常人以下だと自覚しろ」
「ちがう……ちがう……」
視界がぼやける。頬が濡れる。
痛い。胸が、頭が、四肢が刃物で切り裂かれたように痛い。
身体が上手く動いてくれない。思考が止まって、ただ違うと言い続ける人形になってしまったようだ。
「――もう一度言おう、聖陽アリス。君にはVtuverの才能がない。ぬるま湯でしか生きられない、ただの子供だ。とっとと身の丈に合わぬ夢など捨ててしまえ」
§
《ちょっと! 言葉が強すぎるわよ!?》
同期したエリスの魂の中。
目の前で呆然と泣き出したアリスを見て、私は選択を間違えたこと痛感した。
《主が望んだ事だろう? 本気で傷つける覚悟というのは嘘だったのか?》
《嘘じゃない! ……嘘じゃない、けど》
エリスの言葉でボロボロにされるアリスを見ていると、胸が張り裂けそうな痛みがある。なんで、私は桔梗先生をこの子の性格モデルにしてしまったんだ。あの性格じゃ容赦が無いことなんてわかってたじゃないか。
アリスにVtuberを辞めてほしかったのは、必要じゃない傷を負わせないためだ。こんなふうに傷つけてしまったら何の意味もない。
《――ククッ、甘い甘い。主も聖陽アリスも、あまりにも幼い》
《なんですって?》
《未だ自分を偽りながら我と接している時点で想定が甘い。主が如何に強者の振る舞いを心掛けようと、主が心弱き者であることなど遠に知っている。弱者は弱者らしく
《お前……!》
彼女を
《それが出来ぬ臆病者だから我に頼ったのだろうに、自分の弱さを棚上げするのは見苦しいぞ? ……む? ハハ……ハハハハッ! だがしかし、主の予想は外れたみたいだな? アリスは主が思うほど弱いわけではないようだ》
《なにを言って……ぇ》
エリスと共有された視界の中心。今まで呆然と涙を流していたはずのアリスは、いつのまにか見たこともない顔をしてこちらを睨みつけていた。
§
「やめないよ、私は」
涙をぬぐう。心を奮い立たせる。強張った顔に意思を宿す。ここで心が折れたらだめだ。私は絶対に後悔する。
「ほう……?」
「確かに私はズルをしてた。子供のころから人と仲良くすることが下手で、怖がってた。魔法だけあればいいって努力してこなかった」
エリスちゃんの指摘通り、私は努力を怠ってきた。私の魔眼は”自分に向けられた感情を色として認識する”というもので、暗い色からは逃げてきたし、温かい色だけの人と接してきた。だから……ユウが暗い、嫉妬の色をしたときにどうすればいいかわからなかった。
「でも諦めたくはない。Vtuberとして頑張って――ユウと一緒に居るのっ!」
今までダメだったからって、これからもダメなんて決まりはない。
私はユウと一緒に居るためなら、いくらでも頑張れるんだから。
「……? なぜそこで主? 金稼ぎが目的ではなかったのか? というか、主と共にいるだけならばわざわざVtuberである必要はないだろう。頑張る方向が間違ってないか?」
「だって、喧嘩しちゃったから。Vtuberとして活動していれば契約があるからまだ繋がりが残るの。ここで諦めたらユウとの関係が終わっちゃう」
「契約に縋るのか。普通に仲直りすればよいだろうに……いや、それが出来ないからこのザマだったな」
「ウッ……」
はい、私はいくらでも頑張るといいながら仲直りするために会うのが怖いです……。だってそれで拒否されたら立ち直れないもん……。
「なるほど。なるほどなぁ……ふむ……よし、ではこうしよう」
顎に手を付けて少し考え込んでいたエリスちゃんは、一つ頷くとまた指を鳴らした。音と一緒にエリスちゃんから魔力が一部分減った気がする……?
「主とのリンクを切った。ここからの会話は主に漏れることはない」
「……え!? さっきまでのユウに伝わってたの!?」
せっかくVtuberになった目的を隠してきたのに!? というか魔眼のこともバレた!? やばいよ~!?
「そうだが? そもそも主がVtuberを辞めさせるために我を顕現させたのだから当然だろう?」
「え……」
Vtuberを、やめさせる……? それってつまり、私との魔法契約を終わらせようとしたってこと……?
ユウは私との関係を、本気で終わらせようとしてるの……?
「だがそれはもうどうでもよい」
「ど、どうでもいい……」
私にとっては一大事なのに……。
「聖陽アリス、君は主に惚れているな?」
「へ……あ、あわわわわわ!?」
ば、バレてる~!?
「当たりか。だろうとも――だがそれでいい。そもそも君がVtuberを辞めてしまったら、我の存在意義がなくなってしまうのでな。先ほどまでは主の命もありやめさせようとしていたが、それはやめだ。せっかく生まれた以上は楽しめなくては損。Vtuberをやりつつ、主との関係も良好にする。大変結構ではないか。ゆえに、聖陽アリスよ」
――共に主を
落ち込んだり慌てたりと感情を忙しくしている私なんてどうでもいいらしく、慰めの言葉も宥める言葉もなく、自分の言いたいことだけをとても悪い顔でエリスちゃんは言った。
「ろ、篭絡……?」
「あぁ、つまり――主を君から逃げられない状態にしてしまえばよいのだろう?」
こうして主を裏切ったエリスちゃんと共に、私とユウが仲直りするための――百合営業に巻き込む作戦は始まったのである。
※作者による読まなくてもいい設定語り
元のプロットではここから本編だったりする。
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