思春様との朝
「我が良き人よ。今日は早いのですね」
朝。
私はいつもより早起きをした。
「ちょっとね」
「こういってはなんですが、良き人は、その、るぅず、とこの時代ではいうのですか。そういうところがあるものですから」
「私だって、たまにはちゃんとしてるもん」
「たまに、なには認めるのですね」
「……、あげ足を取る奥様は嫌われるよ?」
「では、私のことはお嫌いに?」
「なるわけないじゃん。ま、野暮用だよ野暮用」
がつがつと、思春様が作ってくれた朝御飯を食べる。
「お昼をちょっと過ぎた頃には戻って来れるから」
そういって、私は家を出て行った。
「まったく。どこへいくのやら」
思春様は呆れた顔で見送った。
「娘さん、元気そうですね」
「おかげさまで。お父さんが戦で死んだときいた時は、それはもうひどい荒れようだったんですけど」
「そりゃそうですよ。私だって、思春様が殺されたら、もう生きていけないでしょうから」
「あはは、見せつけてくれますね」
「本当ですよ。本当に、死んじゃうと思います」
「それじゃあ、なにがなんでも甘寧様には生きてもらわないといけませんね。だから、うちの人もあれでよかったんですよ。誇り高き錦帆賊として死ねたんですから」
「いやぁ、死んでもらったら困るんですけど……」
「いいんですよ。錦帆賊に入った時から、命は甘寧様に預けていましたから。それに、いちご様がこうやって来てくれたんですから、きっとあの世で大喜びしてますよ」
「だから、その、あの世で大喜びされても……。奥様だってさぞ……」
「私が?あはは、そりゃなんの冗談です、いちご様。武人の妻になったんですから、こういう日が来ることは覚悟の上ですよ」
ちょっぴり涙目になりながら、彼女は笑う。
私は、お土産のお菓子を手に持ちながら、どう言葉をかけていいのかわからなかった。
ちょっと前の戦は、多くの死傷者を出してしまった。私は、その戦で亡くなった方々の家々を回っていた。これが、錦帆賊の長の妻としてできる精一杯のことだと思ったから。
「あの、ええっと、また、伺ってもいいですか。今度は、思春様を連れて」
「いいんですか!?」
「いいもなにも、これくらい……」
「……、ありがとうございます……」
奥さんは、涙を流しながら頭を下げ、私の手を千切れるかと思うくらい強く握った。そこに、どれほど私たちへの畏敬の念が詰まっているか、正確に推し量ることのできない自分を恥じることしかできなくって。
だから、私は泣いてしまった。私のほうが、泣いてしまった。
こんなに思春様を想ってくれる人を、私は殺してしまったんだ。
その思いに、胸が張り裂けそうだったけれど、こらえて、こらえて、なんとか今日回らなければならない家は回り終えた。
町の一角にある立派な木の下で、腰を下ろして休んでいる。
「……生きるんだ。忘れちゃいけないんだ。こういう人たちのおかげで、私たちが生きていけるってことを」
ごしごしと涙を拭って、ふと見上げると、誰かが前に立っていた。
涙をいっぱいためた、思春様だった。
「すまない、いちご、すまない、すまない……」
そういって抱きつかれてしまったから、私はまた、わんわんと泣き出してしまっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます