第四章 帝国の暴風が吹き荒れそうなの 3

『お喜びください! 姫様の運河が完成しました!』

 使者が去って一時間もしないうちに、また使者が俺の下に届いた。

 といっても、今度は帝国からではなく、閘門式運河の工事の現場から。ご丁寧に開通式のご案内まで添えられている。

 冬までに完成させたかったのが、何とか間に合ったようだ。

 しかし、俺の心は晴れない。

 未だに心臓がズキズキと疼く。

 机の引き出しの中から鏡を取り出し、自分の姿を見ると、目はウサギさんのように真っ赤で、頬は熱を持って御餅のように膨らんでいる。

――……人を好きになるって、楽しいことだけじゃないんだなあ……

 わかっていたはずなのに。

 そう、頭ではわかってはいるのだ。

 今、目の前の鏡に映るのは、そんな風に泣き腫らしても美しい美少女。

 ジェイドは、今の俺の姿がこの鏡に映っている美しい美少女――ティフォだから優しくしてくれるのであって、俺が本来の姿――今の悠の国の皇子の姿に戻ったら、向けられるのはきっと嫌悪の視線なのだ。

「ね、姉さま、大丈夫なのですか?」

 リーラには前もって泣くかもしれないことは伝えておいた。

 が、その予想上の号泣だったのだろう。

 いつになく心配した面持ちで俺のことを見る。

 が、それを今の俺には素直に受け入れることができない。

『きっと内面の悪さがそのままが外面に出てしまったのです』

 彼女は本当の俺の姿を見て、そんなことを言っていた。

 こんなにリーラが優しいのも、もちろん、俺が美しい美少女の姿だからなのだ。

 と、その時。

「姫様ーー!!」

 ガンガンと部屋がノックされたかと思うと、返事をする前にガバッとドアが開けられる。

 が、今はその無礼を咎める暇も、そして落ち込んでいる暇もまたないようだ。

 ズカズカと部屋に入って来たのはグレゴーリだった。

 禿げあがった頭に汗を浮かべ、その表情は緊張に満ちている。

「出稼ぎに行っている者が、早馬で知らせに参りました」

 ステンベルクの傭兵達は大陸各地に散っている。

 彼らは貴重な情報源であり、帰国時に持ち帰ってくれる情報は王国のあらゆる戦略を立てる上で欠かせないものだ。

 しかし、それは副産物みたいなもので、早馬を飛ばすことはない。

 つまり、もたらされた情報はそれだけ火急の知らせということだ。

「姫様、帝国軍が――暴風の大鷲との異名を持つカニス元帥がこの地を目指して進軍中とのことです。速やかにご決断を!」

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