第四章 帝国の暴風が吹き荒れそうなの 2

 ポートイルマからザルツドレア帝国の帝都ガリまで続く街道。

 その帰り道を従者と共に馬を並べながら、帝国の使者は帰りの途についていた。

 結局、本国より授かった任務である三つの要求のうち、一つも具体的な案にまとめることができなかった。

「……もう私に出世の道はなくなってしまっただろうな」

 周囲が港町の喧騒から、芽吹き始めた青い麦畑に変わり始めた頃、ふと使者は呟いた。

 帝国を支える官僚組織は規模が大きく、整っている。

 つまり、それだけ自分の代わりはいくらでもいるということであり、ヘマをしてしまった自分は無能の烙印を押され、後輩達の邪魔にならない場所に異動させられることになるだろう。

 外交官といっても、敵国で斬られてもいいような下っ端であったが、それなりに今の地位に執着心はあったつもりだった。

 だが、今は不思議と晴れやかな気持ちだった。

「なるほど、シャルロット様がご執心されていたわけだ」

 今、思い出しても胸がドキドキしてくる。

 出迎えてくれた時のあの笑顔はもちろんのこと、民を思って泣いたあの姿――顔を真っ赤にして目を潤ませて、熱い吐息を漏らして、表情を歪ませたあの姿は、不謹慎だがもの凄く艶やかだった。

 庇護欲と保護欲といった、人に執着するあらゆる欲望に襲われた。

 もちろん、強い欲情に襲われたことも告白せねばならない。

 無論、ここに来るまでにいくつもの彼女に関するいくつもの噂は聞いていた、絶世の美女、ステンベルクの宝石、生きる女神の彫刻……。

 だが、実際に目の前で彼女を見ると、そのどれもが真実であり、嘘のように思えた。

 何故か、と考えれば、人の言葉ではその美しさを表現できないのだろう。

 真に神の寵愛を受けた者を言い表すには、神の言葉でないと無理なのだ。

「彼女に会うことができただけで、ここまで来た甲斐があった……そう思える人だった」

 未だにその余熱が残る胸を思わず手で抑える。

 と、その時――。

「ハイヤーー! ハイヤーー!」

 自分達の横を早馬がすれ違い駆け抜けていく。

 馬に蹴り上げられた泥が顔にかかり、使者は顔を顰める。

 が、今はすぐに許すことができた。

「……私の役目はこれで終わってしまった。だが、彼はこれからなのだろう」

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